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私の、創世記。  作者: 皐月リリ
第三章、許されざる怠惰。
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第六十八話、確定済みの未来。


僕は何度も、何度も、あの城で春夏秋冬を過ごした。

暖かな春の日も、暑い夏の日も、涼しくなった秋の日も、寒い冬の日も。あの、僕の中で何かが壊れてしまったあの日から、ずっと。


何度も日が昇り、沈んだ。


もう、全てがどうでも良かった。


次第に食事も喉を通らなくなってきた。

もうその頃には気づいていた。僕は死を望んでいるのだと。


そう気付いても僕は嬉しくも悲しくもならなかった。ただ、この運命の波に飲み込まれてしまいたい、そして僕自身でも死んだことが気づかないくらい消えるように死にたいと、そう願った。


そう願ったその日から、僕は未来が見えるようになった。


所謂、未来予知。この予知は僕が起きていても寝ていても、唐突に起こる。

この見えた未来が本当に起こるのか、僕は信じ難かった。というより信じたくなかったのだろう。


今までずっと悩み苦しみ決めてきた未来への道が、すでに確定されたものなんて、信じたくなかった。


これは本当は僕の妄想で、無意識的に僕がそうなって欲しいと願っているからそれが夢として出てきたんだ。だから、いくらでも変わるしこの通りになることなんてあり得ない。そうだ。きっとそうだ。


そんな淡い期待はすぐに打ち砕かれた。


見た未来と同じ天気、そして、本当に…


その未来は起こった。


最初に僕が見た未来は、昼間は太陽が消え、夜は星が降る奇抜なものだった。

大方、日食と流星群だろう。そう予想はできるが、二つともかなり珍しい現象であると言える。それが同日に起こるなど、奇跡としか思えない。


そう高を括り、僕はその未来を信じなかった。


だが、その日は本当に来た。天界でも大騒ぎになっていたらしく、多くの神が昼も夜も広い高原へ出向いた。

これも予め見ていた未来だった。


僕は恐ろしくなって布団に篭った。


しかし、未来はお構いなしにその有り様を見せつけてくる。


次の日になって一眠りして頭や心の整理がついた僕は、あれは偶然で滅多に起きない奇跡のようなものだと、そう信じ込むことにした。

そうでもしなければ頭がどうにかなってしまいそうだった。


その夜は早めに寝た。思いの外僕はすぐに眠りに落ちることができた。


だが、また未来を見てしまった。


天界の長である最高神・シグナス・ヴォン・グラリス様に悪魔の血を引く御子が誕生する。

夢で見た日は丁度二年後。


悪魔と神はその長い歴史の中で何度もぶつかり、何度も殺し合い、互いに多くの損害を出し合ってきた。


今は停戦しているとはいえ、元々敵対する関係である神と悪魔が婚姻関係を結べばそれは信用問題に関わる。最高神様は悪魔と内通しているのではないか。そして悪魔と手を組み我らを滅ぼす気ではないのか。そう思われても仕方のないことだ。


その矛先は婚姻した本人だけではなく、2年後生まれてくる御子にも向くだろう。とりわけその状況を許せないのは、悪魔に家族を奪われた者たちや仲間を殺された者たち。そういう者ほど歴戦の猛者である場合が多い。天界の主戦力である彼らが反旗を翻せば、天界はただでは済まないだろう。


そんなリスクがあるのにこれが現実になるなど誰が想像できようか。


当然僕も信じる訳がなかった。


そして、その日がやってきた。

それまでの二年間、僕が未来を見ることはなかったから、そんな未来を見たことさえ忘れていた。外が何やらザワザワしていたので執事であるじいやに頼んで見てきてもらった。


戻ってきたじいやの報告を聞き、僕は唖然とした。

シグナス様に悪魔の血を引く御子が誕生した。それも相手は大悪魔・ベルゼブブの娘。


その時やっと僕はいつかまた未来を思い出した。


また、当たってしまった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



その後、何度も未来を見た。


未来を見るたび、それは現実として起こり決して外れることはなかった。


『天界の英雄』が死んだ。


地獄が発展し、天界にも負けないほどの都市を形成した。


北側の地獄の入り口付近を龍の一族の末裔の一人・カンナカムイが占拠し始めた。


その全てが僕が既に見てきた未来そのものだった。


そして遂に、見てしまったのだ。

僕の、最期の未来を。


僕は赤い血の池に溺れていた。

何も聞こえないし、何も感じない。身体中の感覚が麻痺するような錯覚に襲われる。


そして意識は深い沼の底へ堕ちていく。


意識を失った後はどうなるか見えなかったけれど、僕はやっと待ちに待った未来が見えたと歓喜した。


…ただ、あの最高神様の御子、ベルが僕の死に目に会いにくることも見えた。

できれば僕独りで死にたかったのに。誰かに醜い僕の死など見せられたものではないのに。


見た未来と同じようにじいやが遠方へ出かけた。

僕の死はじいやが帰る前に起こる。じいやには悪いがこの未来を伝えることはできない。


こんな怠惰な僕でもずっと気にかけ続けてくれたじいやなら、僕が死ぬのを止めるだろうから。

それに死を目の前で見せて悲しみを味合わせたくもなかった。


そして本当に、あの子…ベルは現れた。

会うだけなら大丈夫だろう。そう思っていた。

だが、ベルの顔を見た瞬間、僕の中で固まりつつあった決心が一瞬にして打ち砕かれた。一瞬、死にたくないと思ってしまった。その笑顔は眩しくて、まるで太陽のようだった。


だからだろうか。僕は死に切ることができなかった。

一瞬でも生きたいと願ってしまった者に平穏に死ぬ資格などない。残るのはまだ長い寿命と独りぼっちの人生のみ。こんな僕にはお似合いだ。


そして僕は、あろうことか彼女に手をかけてしまった。


もしかしたら僕を救済するはずの存在だったのかもしれないのに。


もう僕には何も残っていない。


こんな世界、僕にとっては価値なんてない。もう潔く終わりにしたい。

ベルを手にかけた以上、残ったあの場にいる人ではおそらく僕を止められない。


僕はもう、あの人との約束を破ってしまっていたのだ。その時点で重罪なのに、ベルを手にかけるなど到底許される存在ではない。


こんな世界は、いらない。


もう滅茶苦茶にでも何にでもなればいい。

何が起きようが僕には関係ない。


破壊を認めた瞬間、僕の体に力が漲る。さっきまで暴発し、不揃いだった魔力が、一気に僕に従い綺麗に並ぶ。いつの間にかあの苦しみも痛みも消え去っていた。どこか心地よく、どこか懐かしく、どこか愛おしい。


生を受け止め、何もかも諦念することがこんなに気持ちのいいことだなんて知らなかった。

何かが体を遡り、全身を飲み込まんとしている。いいよ。好きにすればいい。僕はそのままその力に体を預ける。


力を受け入れるたび、記憶がまるで焼け落ちた映画のフィルムのように落ちていく。

懐かしいあの人の顔も、ベルの顔も、誰の顔も朧げになっていく。うん、それでいい。きっと忘れていたほうが楽だから。落ちた記憶は赤い液体の中に溶けた。まるで塩を水に入れるように跡形もなく消えていく。


…嗚呼。僕は生きないと。世界を…僕は…。



眠い。ただ眠い。疲れた。何もしたくない。帰りたい。働きたくない。…何で?思い出せない。


僕は誰だっけ?何しにここにきたんだっけ?

でも、いいか。…そうだった。僕はオシマイを捕まえにきたんだ。


昔々のお話は終わり、ハッピーエンドな結末を迎える。僕の、僕だけの物語。誰も立ち入ることはできないお話。僕が望むオシマイは何だったっけ?まあいっか。


僕の体が赤黒い沼に沈んでいく。あれ?何で懐かしいんだろう?何でどこかで見た気がするんだろう?


僕の意識はまるで糸が切れるようにプツンと途切れた。



怠惰な貴公子は自分自身が何者かも忘れ、ただその残存した思いのままに世界を破壊したのでした。


おしまい。



お終い。





お仕舞い。










オシマイ。














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