第六十五話、後悔。
…。
……。
………………。
…ここは どこなのだろう。
体が重いし怠い。 何もやる気が起きない。 何故?
…嗚呼 思い出した。 僕はベルに会ってそれで…。 …どうなったんだっけ?
…いや 今更どうでもいい。
ベルが来た。 あの子も来た。 筋書き通りだ。
やっと待ちに待った死が あの日見た未来が やってきたんだ。
どうしてこんなにも待たせたんだ?
僕はずっと待っていたというのに。
…いや これも怠惰な僕には相応の罰か。
後悔なんてない。
僕は約束を破ったんだから。
…ただ一つ 後悔があるとするなら ベル 君の前で死んじゃうことかな。
「…さようなら、僕の、待ち人…。」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
目の前に佇む大きな肉塊が、時折脈打って触手を四方八方へ伸ばす。
どこに触れるわけでもなく、ただ触手を揺らしているだけだ。時々触手が僕たちを襲うように突進してくるけど、長さは十分にあるはずなのに途中で静止する。何もかもが中途半端だ。
「…ねぇ、ベル。」
「…?」
「助けるって宣言しちゃったけど…どうやって助ければいいのかな?」
「…?あの肉の塊をズバーって斬れば桃太郎みたいに出てくるんじゃない?」
「そうかもだけど…。あの肉ってあの子…アル、だっけ?あの子の体から出てきてたから…攻撃して本当に大丈夫?あの肉もあの子の体の一部ってことはない?」
「それは安心して。あれはアルの魔力の波と似てはいるけどもっと根本的なところで違うの。あれを斬ってもアルが痛みを感じるってことはなさそうだよ。」
「よかった…。」
「まあ万が一あの子ごと斬っちゃってもそう簡単に神様は死なないよっ!」
「まあ…それもそうか。」
麒麟から受け取った刀をギュッと握りしめる。
戦うのは未だに怖い。ベルと出会うまで、つい数ヶ月前までいた世界は本当に平和だったんだなと思う。
ベルと会って、世界が変わった。平和の皮は剥がされ、戦う羽目になった。
…でも。戦うのは怖いはずなのに、平和な世界に戻りたいはずなのに、少しも後悔なんてない。
「…。」
「…?どうしたの、私の顔じっと見て…。はっ!もしかしてなんかついてる!?」
「ううん、大丈夫、気にしないで。」
「…分かった…。」
やっぱりベルがいるからだろうか。
初めてできた友達。
今までできなかったことが次々にできていく。
楽しく話をして、二人で笑った。二人だけで、旅も行った。一緒に修行した。
楽しさも苦しさも分かち合えた。
「…ありがとう。」
無意識にそう呟いていた。ベルは少しきょとんとしたが、すぐににっこり笑ってこう言った。
「どういたしまして!にへへ!」
この眩しい、太陽みたいな笑顔を曇らせたくない。そう思った。
…もしかしたら僕は――
「痛っ!?」
後ろから剣の鞘で突かれた。
振り返るとアリエが不満そうな顔で立っていた。
「何するのさ…。」
「いえ、何にも!お嬢様との会話はさぞ楽しかったでしょうね!」
「…なんか怒ってる?」
「いいえ!私を怒らせるなど百年早いです。鏡見てから言ってください。この人間風情が…!」
「…なんか言い方キツくない?気のせい?」
「はい、気のせいです。」
「そうですか…。」
何故かは分からないがアリエが怒っている。
何かしてしまったのだろうか?思い当たる節はないが…。
「どうします、お嬢様?一度に畳み掛けますか?私達は既に準備はできていますが。」
「そうだな〜…、アリエと黒龍さんとレイはここで待ってて。それで何かあったら助けに来てよ。一度にかかって全員同時にダウンするよりいいでしょ。」
「了解しました。ご命令のままに。」
亘希はふとレイの姿が見えないことに気付いた。門のところまでは一緒に来ていたはずだが、そういえばアルが現れたくらいからいなくなっていた。
「アリエ、レイさん知らない?姿が見えないけど…。」
「彼女ならあちらに。」
アリエが指差した先にレイがいた。少し離れた瓦礫の上にしゃがんで、風に吹かれながらアルの方を見ている。
城が壊れる前からあった瓦礫だ。それが地面に多く散らばっている。
「レイさん…。」
「何?」
レイはそう短く返すと冷たい目つきで亘希の方を見た。
「あの…その…僕とベルが最初に突撃するから、レイさんたちは…」
「そんなのさっきあなたが言っていた時に聞いていたわ。二度も言う必要はないはずよ。」
「そ、そっか…分かった…。」
「要件は以上かしら?」
「まあ…うん…。」
「そう。なら、健闘を祈るわ。」
レイは再び亘希に背を向けて城に吊り下がった肉塊を眺める。
レイとそれ以上、言葉を交わすことはできなかった。
「戻りましたか。何か言っていましたか?」
「特には何にも。健闘を祈る…とは言ってたかな。」
「そうですか。」
…レイもこの城への行き方を知っていた。もしかしたら何かしらの因縁が、レイとアルの二人の中にあるのかもしれない。
もちろんそれを直々に彼女に聞く勇気はないが。
でも亘希は、あの壊れた城を見ていた時のあの悲しみを含んだような表情が心の中で引っかかっていた。
「ねぇ、アリエ。」
「なんですか、また惚気話ですか?」
「全然違う。ていうかまたって何?」
「答える義理はありません。」
…やっぱり今日はアリエが何故か冷たい。
本当に何もしていないはずだ。何に怒っているのかさっぱりだ。
でももしかしたら無意識のうちに何か気に触る行動をしていたのかもしれない。それが何かまでは分からないが。
とりあえず謝ったほうがいいだろうか…?
「ごめん。」
「なんですか急に。何について謝っているんです?」
「それは…その…うん、いろいろ。」
「いろいろ?」
「そう、いろいろ。」
「いろいろとは?」
「いろいろは…いろいろだよ。」
「意味がわかりません。」
当然だ。こっちが何について謝るか分からないのに、それを向こうに説明しろと言われてもいろいろとしか言いようがない。変に的外れな答えを言って怒らせてしまうのも忍びない。
「で、何か言いたいことがあったのでは?」
「…!そうそう!そうだった!」
こちらの考えに気づいたのか気付いてないのか、どちらにせよ話を変えてくれた。
窮地は脱した、と言ったところか。
「レイさんってさ、どんな人なの?」
「それを聞いて何になるんです?それに、なんで私に聞くんですか?」
「何になるって言われても…。…アリエに聞いたのは同僚として何か他の人が知らない何かとか知ってそうだなって…。」
「同僚とは言っても彼女は別働隊の隊長。特別な接点があるわけではないです。だから私だけが知っている何かとか、そんなものはないです。」
「そっか。」
「…ただ、一つ言えるのは、私に聞かれてもほとんど何も言えないってことですね。彼女は出身地から経歴まで、その多くが謎ですから。」
「謎…。」
「あんまり人と関わろうとしませんし、淡々と司令はこなしますが同じ任務の時以外で彼女を見ることはほとんどありません。本当に彼女のことが知りたいなら直接聞くほうが私はいいと思いますよ。」
「いや、今はやめておく…。」
また改めて本人に聞きにいくか…。
小さくため息をつき、ベルの隣に並ぶ。
「お、準備できた?私はできてる。」
「うん、もういいよ。準備ok。」
麒麟から貰った刀を抜いて構える。
「えー、そっち使うんだー。前まで私とおそろの鎌使ってたのにー。」
「鎌も使えたら使うよ。使える場面あるかは分からないけど…。」
「絶対使ってよー!鎌がかわいそうだよ!」
「分かった分かった…!どっかで使うよ…!」
そうベルを宥めながら刀をじっくりと眺める。
見た目は日本刀とほとんど同じだ。そしてやっぱり重い。
お父さんが模造刀を一本持っていてたまにこっそり持ち出して遊んだりしていたのだが、こんなに重くはなかった。
紛れもなく本物だということがわかる。
これを人に振れば死ぬ。本物の武器は人の生死でさえ左右するのだ。
冷や汗が頬を流れる。心臓の鼓動が速くなる。緊張が走り、手が震える。
しかしそれは背中への強い衝撃と共に消え去った。
「そんなに緊張しなくて大丈夫。何てったって私がいるんだから。頼ってくれていいんだよ。…ううん、むしろ頼ってほしい。契約っていうのはそういうものだからさ!」
「ベル…。」
「あっ、後、間違えて刀が誰かに刺さっちゃったりしても大丈夫だからね。神様にはそんなへなちょこな攻撃効かないよ!」
「へなちょこ…。」
「人間と神は…えっと…雲泥の差だからね。契約者は…雲と泥の間だから…空中?かな?」
「僕に聞かれても…。」
おかげで緊張が解けたみたいだ。
もう怖くない。
「ベル。」
「うん、じゃ、行こっか。」
二人は瓦礫を蹴り、空へ飛び出した。




