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私の、創世記。  作者: 皐月リリ
第三章、許されざる怠惰。
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第六十三話、終幕の始まり。


亘希たちが城への出発を始めた頃――


「…。言われた通り、あやつらと離れたぞ。いい加減説明しろ。」

「お手を煩わせて申し訳ございません。その訳は、今から説明します。」


八岐大蛇を背中に乗せたケツァルコアトルは霧の立つ森林の上空を飛んでいた。

雲は澱み、時折雷の音が鳴っている。


二人は空を直立して飛んでいる。何とも不自然な飛び方だが、落ちる様子は一切ない。二人は淡い光を発しながら暗い森の上を飛んでいた。


「この森を抜けた先に小屋があります。そこで少し話しましょう。」

「…分かった。」


二人は速度を上げて暗い空を進む。いつまで経っても森の端は見えなかった。


「どういうことじゃ…。ほれ、お主の出番じゃぞ。」

「先輩も少しは協力してくださいよ…。相変わらず興味のないことは他人まかせですね。でもまあ、変わっていないようで何よりです。」


そう言ってケツァルコアトルは暗い森に片手をかざした。するとどこからか手に光が集まり出した。


「我、天を治めし者なり。星々よ、日月よ、我に従いこの世に光をもたらし給え。極光星鱗!」


手から放たれた無数の針のような光が暗い世界を刺し、剥がしていく。次第に光が差し込んできて、霧は一掃された。


「…これでよし。行きましょう、先輩。」

「まだ詠唱などを使っておるのか…。地味じゃのう…。」

「し、仕方ないですよ…!最高神の力を失った今はこうでもしないと最高威力の魔法は出せませんから。」

「まあ、詠唱は魔力を強化する第一歩じゃからのう。力を失っとるなら一から鍛え直せばいい。吾が付き合ってやっても良いぞ?そのくらいの時間なら、吾は持ち合わせておる。」


八岐大蛇は歯を見せてニッと笑った。


「…ありがとうございます、先輩。さ、森を抜けましょう。」

「む、ああ、そうじゃな。」


霧が消えてからというもの、急に、森の端がもう見えるようになっていた。さっきまではそこには何もなかったはずなのに、小さな小屋が一軒鎮座していた。


二人は身軽に小屋の前に着地する。


「お茶を淹れてきますから、中で座って待っててください。」

「待て、ここは吾が淹れてやろう。吾の茶がそろそろ恋しい頃じゃなかろうて?」

「…あなたがいうお茶は、ただ葉っぱをすり潰してお湯をかけたものです。そういうのはお茶とは言わないんですよ…。っていうか一口も飲みたくありません。」

「なん、じゃと…!?」


絶望して固まっている八岐大蛇をよそ目に、ケツァルコアトルは小屋の鍵を回す。カチッと音がしてドアが開いた。


「ここは一応、私の拠点です。今はここから騎士たちに指示を出しています。」

「狭いのう…。もう少し広い家に住めば良いのに…。お主の功績なら、そのくらい可能じゃろう?」

()()()の扱いを甘く見ないでください。私が犯した罪は重罪。いくら輝かしい功績があろうと無意味です。」

「そうか…。」

「…そんなことより…。」


ケツァルコアトルは太い古ぼけた本を棚から取り出して机に置いた。


「本題に入りましょうか。」



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



一方その頃、一向は無事に城に辿り着いていた。

道中に迷路のような分かれ道がいくつもあったが、レイとベルのおかげで難なく抜けることができた。


「まさかベルがこの城に来たことがあったとはねー。おかげで助かったよ。レイさんもありがとう。」

「ふふっ、もっと褒めてもいいよ!」


ベルがえっへんと胸を張る。


「別に。私は見知った道を辿っただけよ。あなたたちは私に勝手に付いてきただけ。礼を言われる筋合いなんてないわ。」


レイはベルとは対照的にそう冷たく返す。


「私もお嬢様がこの場所を知っているとは驚きました。」

「アリエも知らなかったの?」

「はい、初耳です。」

「そういえばアリエには伝えてなかったね。さっきも言った通りここには私の友達が住んでるんだ。みんなもあの子の友達になってくれると嬉しいな!」

「司令官からの情報によれば、その人は男神、つまり男…。亘希さんの前にもう男性の友達ができていたとは…。はっ…!浮気…ですか?」

「ちちち違うよ!!!私とあの子はそういう関係じゃないし…あの子には他に好きな人がいたはずだし…そもそも亘希くんとは()()そういう関係じゃないし…。」

「…まだ?」

「ッ…!!い、今のは忘れて!!」


何とも気になる言葉だがここはスルーすることにした。


「さて、どうやって入りましょうか?中にいる方が敵意がないとは限りませんし、かといってこっそり侵入するのも…。遮蔽魔法により外から中は一切見えませんから警戒の仕様が…。」

「私、こういう時の対処法知ってるよ?」

「本当ですか!?是非やって見せてください!」


ベルは腰に手を当て、深呼吸をする。そして大きく息を吸い込んだ。


「ごめんくださーーーーーーーい!!!!!!!!!」


ベルの大きな声が遥か彼方まで響き渡った。

全員が何が起きたのかわからないという様子で黙り込む。


「ふぅ…。これでよし!」

「こ、これでよしじゃないですよ!!何てことしてくれたんですか!?」

「そ、そうだよ…!私も自分から会いに行くのは怖いけど…かといって門まで来てもらうのも悪いよ…!」

「もう起きてしまったことは仕方ない!あとは成り行きに任せるだけだよ!」

「他人事みたいに…。」


「誰ですか?」


そう声が聞こえた。

門の方へ振り返ると、緑色の髪の少年が顔を覗かせている。歳は人間基準で考えると12歳、つまり中1といったところだろうか。しばらく何も言わずに見つめ合う。


「用がないなら帰りますが。」

「あっ、ごめん!もしかして君がこの城の…!」

「はい、そうですが。何か?」

「私たちはあなたに用があって来たんです。司令官…ケツァルコアトル様から頼まれましてね。」

「そうですか、じゃ。」


そういって扉を閉めようとする彼を急いでアリエが止める。


「待ってください!話はまだ…。」

「…話していても時間の無駄なので。そんな時間ありません。それでは。」


アリエを軽く押し返すと、彼はまた戸を閉めようとする。


「やっぱり…!」

「…!」

「やっぱり、アルだ…!また、逢えた…!」

「まさか…!ベル…かい?」

「うん、うん…!逢えて嬉しいよ、アル!」


ベルは涙ぐみながらそう語った。


「何で…ここに…?」

「えっ?前に約束したじゃん!また集まってここで遊ぼうって!でもいきなり城に閉じこもるし…心配してたんだよ?」

「…ごめん…。」

「いいよ、謝らなくて。でもその代わりたーくさん遊んでもらうからね!まずは…」

「ごめん。」

「えっ?」

「ごめん。僕はもう、何もしたくない。」


そう、アルは小さく呟いた。ベルの表情が固まる。


「未来は何度も夢見て来たけど…もう、どうでもいいんだ。もう諦めた。」

「諦めたって…。い、一体何の話をしてるのさ…。」

「もう、構わないで。僕は一人でいいから。そう、独りで。」

「いきなり何を言い出すの…!?わ、私はただ、あなたと遊びたくて…。」

「君が来て、分かったんだ。理解したんだ。僕は、許されない罪を犯したって。」

「あう…何言ってるかさっぱり分かんないよ…。や、約束、したじゃん…!また遊ぼうって…!だ、だから…。」


ベルの様子がおかしい。瞳は揺れ動き、体は震え、冷や汗が体を幾度もなく伝っている。

一見、それはただの動揺に見えた。もちろん、ベル以外のみんなも動揺していた。なんとなく嫌な空気だということは皆が理解していた。でも…。みんなが感じている動揺と、ベルの今の状態はどこか違う気がして…嫌な予感が皆に付きまとっていた。


「構わないでって言ってるだろ!!」

「…ッ!?」


突如大きな声が皆を震わせた。


「僕は放っておいていいんだ…。僕はもう、悩んで苦しんで、大事なものも失って…。もう、何もないから。」

「ぇ…。あ…。…。」


ベルの言葉が詰まる。気まずい沈黙が二人の間を駆け巡った。


「ありがとう、ベル。僕に、会いに来てくれて。それだけでも十分幸せだった。本当にありがとう。」

「そ、そんな…。別れの挨拶みたいに…。」

「もう()()()がいない世界なんて、どうでもいいんだよ。滅びだろうが何だろうが勝手に起こるがいいさ。僕にはもう何も残ってないんだから。」

「ア、アル…。」

「約束、守れなかったのはごめん。でも、もう決めたことだから。バイバイ。」


アルはベルに背を向け、城へ戻っていく。

誰も彼を止めようとする人、いや、彼を止められる人はいなかった。


突如、アルの足が止まった。

急にベルの方へ振り返る。その顔には大粒の涙が浮かんでいた。彼はまるで、ベルに助けを求めるように手を伸ばし、こちらに向かって駆けてきている。ベルはアルと一瞬目が合った。アルは満面の笑みを浮かべ、でも少し悲しげな顔で、手を伸ばす。


しかし目が合ったのは一瞬のみだった。

アルはベルの前から姿を消した。いや、彼の肉体を何か肉の塊のようなものが包んでいる。

目の前にはただ皮から剥き出しになった肉のような塊だけしかなかった。


彼が消える瞬間、彼が言った言葉はベルに届いていた。


『ごめん。』


「アル…!アル!アル!」


ベルは肉壁に何度もしがみ付き、アルを助けようと試みる。


「ッ…!ベル、後ろ…!」

「えっ…?」


何か鞭のようなものにベルは吹き飛ばされた。

すぐに振り返る。

そこではいくつものまるで芋虫のような触手が地響きを立てて動き回っていた。

ベルはただ絶句することしかできなかった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



『第一の罪は空腹を、第二の罪は性の欲を満たさん。』


『第三の罪はやり場のない怒りを、第四の罪は余すことない欲求を。』


『第五の罪は自信を与えん。』


『第六の罪は避けようのない執着を。』


『最後の第七の罪は全てを諦め、全てを手放したものにのみ舞い降りる罪。』


『半端者には耐えられぬ。』


『一度入れば抜け出せない。』


『さあ、ようこそ。』


『さあ、始めましょう。』


『『怠惰なる終幕を。』』



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