第六十二話、期待。
「私は天界の全軍の司令官、ケツァルコアトル。初めましてだね、皐月亘希。」
そう颯爽と空からやって来た彼女――ケツァルコアトルは名乗った。
不思議な雰囲気な人だった。吸い込まれそうな赤い瞳。肉付きの良い体。その姿はまるで天女のように見えた。
まさに神秘的という言葉が似合う、そんな女性だった。
「あなたが…ケツァルコアトルさん…?」
「ああ。城では挨拶できずすまなかった。あの城の警備を任されていてね。持ち場を離れるわけにはいかず…申し訳ない。」
「いえいえ、そんな…!」
「ミカエルさんにも、会ったそうだね。あの子は元気にしていたかな?」
「はい、元気に…って、あの子…?」
「ああ、ミカエルさんは私の後輩だ。あの子が赤ん坊の頃から知っているよ。全く、あそこまで立派になるとは予想だにしなかったよ。」
地面に着地したケツァルコアトルは頭のフードと背中のマントを外し、放り投げた。するとそれらはカラフルな花びらになって風と共に消え去った。
「改めて、ケツァルコアトルだ。よろしく、皐月亘希。」
「はい、こちらこそよろしくお願いします…!」
二人は固い握手を交わした。
「司令官、お久しぶりです。」
「ああ、アリエ、黒龍、レイ。最近は通信のみでの会話だけだったからな。元気な姿が見れて光栄だ。」
「お、お久しぶりです…!」
「うむ、精神の状態もすこぶる良さそうだな。特に黒龍、前会った時より精神に変化が見られる。良い方の変化だが、何かあったのか?」
「い、いえ、特には…!!」
黒龍が顔を赤く染めて顔を逸らす。
そんな黒龍の顔色を窺ってか、ケツァルコアトルはそうか、とだけ返してそれ以上深追いはしなかった。
続いてケツァルコアトルは八岐大蛇の方に目を移す。
「君も初めまして…。…っ!?」
ケツァルコアトルの顔が固まる。対する八岐大蛇も細めでケツァルコアトルを睨むように見つめていた。
「本当に、初めましてかのう、ケツァルコアトル?」
「せっ…!?せせせせせせせせせ先輩!?」
みんなが一斉に八岐大蛇の方を向く。
「し、司令官…!?どういうことですか!?彼女とお知り合いなんですか!?」
「知り合いも何も、吾が眠る前からの後輩じゃ。なかなか手がかかるやつだったがのう。」
「先輩!言い過ぎです!!」
そうケツァルコアトルが顔を赤くして叫ぶ。さっきまでの不思議なお姉さん、みたいな雰囲気はもうどこにもない。
「まず言わせてもらうが…その伊達眼鏡はなんじゃ!?まあ、似合っていることは認めるが…あのケツァルコアトルがのう…。」
「な、なんです!?文句言われる筋合いは先輩にはないはずです!」
「あれー?お主の不祥事、普通なら命を取られてもおかしくないのに裏で手を回して追放に抑えてやった優しい先輩は誰じゃったかのー?」
「う…。それは…。」
「酒に酔った勢いで妹に…」
「言わないでください!あれは私の中では黒歴史を超えて暗黒歴史と言っても良いくらいなんですから!!」
「それにあれまで生やして…」
「わーーー!!言うなーーー!思い出したくないーーー!!!!」
そう言ってケツァルコアトルは頭を抱えて地面を転がり出した。
「司令官…すごい変わり様ですね…。」
「うう…私の完璧な司令官像が…。」
「完璧な司令官像ってなんじゃ…?」
八岐大蛇は腰に手を当ててため息をつきながら、地面に転がるケツァルコアトルを見つめる。
「とにかく、天界に戻って来れたようでよかった。先輩として、心配しておったんじゃからな…。」
「先輩…。」
「結構高位の職につけているようで何よりじゃ。前の位ほどとはいかぬかも知れぬがこれまで通り、お主の自由にやるのじゃぞ。そう教えたはずじゃ。自由こそが最高なのじゃから。」
「…分かりました。先輩、私、頑張りますから。」
「うむ、期待しておる。」
八岐大蛇はにっこりと笑った。
「…お話は済みましたか?」
「…!ああ、ごめん…じゃなくて!すまない。」
「話は終わりじゃ。ほれ、さっさと任務とやらを話すといい。」
「は、はい、先輩…!」
ケツァルコアトルは指で空中に円を書いた。するとそこに穴が空いた。その穴はまるでどこまでも続いているように見えた。
ケツァルコアトルはその穴に手を突っ込んでガサガサと何かを探しているようだった。やがて彼女は小さい古ぼけた地図を取り出した。
「その地図は…。」
「ああこれは、ここの近くを記した地図だ。」
伊達眼鏡を掛け直し、再び司令官キャラに戻ったケツァルコアトルは地図のとある場所を指差した。
大陸のような場所からまるで北海道の知床のような半島が長く伸びている。そしてその先端には城の絵が描かれていた。
「君たちには今からここに向かってもらう。まぁここから徒歩数分といったところだ。すぐに着けるだろう。」
「そこで僕たちは何を…。」
「その城はとても古いがきちんと住人はいる。君たちにやって欲しいのはその住人を城から連れ出してやることだ。」
「…それだけ?てっきり何かを倒すとかそんな感じなのかと…。」
「そういう仕事もあるにはあるが何より最優先で終わらせたいのがこの問題だ。その住人が我々騎士たちがかけている収集命令に応じないんだ。何度か私自ら尋ねたりはしているのだがどうも部屋から出て来てくれなくてな…。」
「引きこもり…ってことですか?」
「そんなところだ。なかなか腕のある騎士だがある日を境に任務にも収集にも応じず、部屋に篭りっきりだ。君たちにはその者がきちんと収集に応じるように話してやって欲しい。そして、あわよくば彼が再び任務にも力を発揮できるように協力してやって欲しい。もう、独りにならないようにな。」
「僕に…ですか?でも僕にそんなこと…。」
「確かに君でもできない可能性はある。でも私は、君に賭けてみようと思うんだ。君ならできる。そう信じている。」
そうケツァルコアトルは真っ直ぐな瞳で亘希に告げた。
「…なんでそんなに僕のことを信じられるんですか?」
「君は孤独の龍を救った。孤独だった王女も救った。君は自覚はないのかもしれないけれど君は間違いなく彼女たちの未来を変えた。その功績があるからこそ、私は君に賭けることができる。」
後ろを振り返るとベルが頬をかきながら微笑んでいた。
黒龍も顔を赤くしながら優しく微笑んでくれている。
「きっと大丈夫だよ、亘希くん。君なら、私が信じれる君なら絶対にできるから。」
「ベル…。」
「わ、私も…あの時の恩返し、できてない、から…手伝うよ…?」
「黒龍さんも…。」
みんな、信じてくれる。
それが心から嬉しかった。
「…分かりました。その任務、やってみます。できるかどうかはわからないけど…それでも、やれることだけでもやってみます。」
「ああ。期待している。」
こうして、長く遅く怠惰な一日が幕を開けようとしていた――。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「で、本当に来ないのですか?」
「ああ。吾はもう少しこいつと語り合いたい。城の件は頼んだぞ。」
そう言って八岐大蛇はケツァルコアトルと共に飛び去ってしまった。
「戦力が減ったのは残念ですが、まあ今回は戦いがメインではありませんしね。問題はないでしょう。」
「じゃあ早く行こうよ!早く早く!」
「いつになくはしゃいでますね。そんなに楽しみなのですか?」
「うん!知り合いに会えるんだもん、ワクワクしないわけないよ!」
ケツァルコアトルが言っていた住人はベルの知り合いらしい。まあベルによれば一方的に彼女が押しかけただけのようだが、それでもベルは久しく会う知人に興奮を隠せなかった。
「…どんな人だったの?その人は。」
前を歩くレイが振り返ることなくベルに尋ねる。
「う〜ん、なんか…優しそうな男の子だったよ!顔も美形できゅるりーんってしてて!」
「きゅ、きゅるりーん??」
「少ししか話はしなかったけど、それだけでも言葉の隅々まで優しさが溢れ出してるのがわかるくらい素直で優しい子だったよ。」
「…そう。」
意味不明な擬音(?)は置いておいて、とりあえず話の通じそうな人でよかった。
そう亘希は安堵する。
「戦闘の危険性は少なそうですが、念には念を入れておいてください。お嬢様は魔力の整理をお願いします。」
「了解!それじゃたびにしゅっぱーつ!」
「「「「おー!「…おー。」」」」」
こうして半島の古城への旅が始まった。




