第六十一話、金星の古代神。
「南側の出口に行くにはあの川を渡るほかありません。小舟はそこにあるのでそれに乗っていきましょう。」
「う、うん…!」
突如アリエの元に入った報告。
司令官を名乗るその人が言うには、北側の出口が諸事情のため塞がれているので、南側の出口から出ること、そして至急任務にあたって欲しいとのこと。
「でも、僕が行かなくてもいいんじゃないかな…?アリエに対して言ってたんだよね?」
「そうですがあなたたちの身の安全は私が守るよう、最高神様から仰せつかっております。いくら平和とはいえここは地獄。長居するべき場所ではありません。私が去れば、緊急時に対応できません。ですから一緒に来てもらいます。」
「わ、私も今指令が入って…多分同じ内容だと思う…。」
「私と姉様、この二人が欠けてしまえば戦力は大幅に低下します。ここは一丸となっておいた方が安全かと。」
「わ、分かった。」
「それに…。」
アリエはもうすでに起きているベルの前に跪く。
「お嬢様はこの身を挺してもお守りします。この命尽きるまで、私はあなたの一の騎士ですから。」
「ありがとう、アリエ!でも私も十分強いからダイジョブダイジョブ!」
「過信は禁物です。あなたは私がいいと言うまでは守られといてください。」
「しっかたないなぁー。いいよ。」
「ありがとうございます。」
アリエはすくっと立ち上がると体を亘希たちの方へ向けた。
「あなたたちもお嬢様のついでに守ってあげます。感謝してくださいよ。」
「ついで…。」
「偉そうじゃのう…。」
それの文句を聞いても無視してアリエはぷいっとそっぽを向き川に向かって歩き出した。
しばらく無言で歩くが、アリエがボソッと呟いた。
「ついでで十分なくらい強さは信用してるってことですよ…あなたたちの強さは。」
「アリエ…。」
「八岐大蛇はもちろんですが、亘希も弱いながらに努力し、底辺の神クラスの力は付けれています。身を守ることくらいは可能でしょう。二人とも、私の盾か槍くらいにはなってくださいね。」
「チッ、誰がお主の盾か槍になるか…!吾は暴れられれば十分じゃ。」
「じゃあ頑張ってくださいね。期待しています。」
「うん…!」
やがてさっきまで遠くに見えていた川が近くに見えてきた。
水は底が見えるほど透き通り、濁りなど一切なかった。
「綺麗な川だね…。」
「ここは聖域ですからね。マナが穢れを一切寄せ付けないよう働いているのですよ。」
「ここに来るのは何百年ぶりかのう…いや、何千か。」
「来たことあるの?」
「まあな。相変わらず綺麗過ぎて気味が悪いわ。」
川は長く遠くへ続いている。周りには霧が立ち込め、足元には何やら花が咲いている。
その花には見覚えがあった。
「この花って…。」
「曼珠沙華。つまり彼岸花ですね。ここら辺にはよく咲いているんですよ。」
「へぇ…。何で川の周りにこうびっしりと咲いてるの?」
「彼岸花は死者を弔う花でもあります。この川の向こうは冥府、つまり黄泉の国、死者の国です。死者は必ずここを通るんです。」
「つまりこの川ってもしかして…!」
「そう、三途の川です。ただ渡っただけでは死なないのでご安心を。」
言われてみれば三途の川と言われて想像するものに似ている…のかもしれない。
川の上には木の小舟がぷかぷかと浮かんでいた。舟には誰も乗っていない。
「さぁ、舟に乗りますよ。お金は私が払います。」
「お金がいるの?舟に誰も乗ってないけど…。」
「払わずに乗ったら無賃乗車よ。ま、払わなかったらそもそも舟は進まないけどね。」
レイは一度お金を払わずに乗った。櫂を漕いで進もうとするが舟が動く気配はない。
「ほら、言ったとおりでしょう?そう言う仕組みになっているのよ。」
「…値段は?」
「六文銭だから…三百円くらいね。同乗者が何人いても値段は変わらないわ。」
「安いね…。」
「家計に優しいがモットーですから。」
死者に家計なんて関係あるのだろうか…。
それは置いておいて舟に乗る。
アリエがお金を舟の頭に置く。
するとまるで吸い込まれるかのように舟の中に消えていった。
「では捕まっててください。吹き飛びますよ。」
「え?」
次の瞬間舟はまるでモーターボートのように水飛沫をあげて向こう岸へ直進し出した。
車より遥かに速い。確かにどこかに捕まっていないと吹き飛ばされてしまいそうだ。跳ねた水と風が頬を打ちつける。
「速っ!?これほんとに木の舟!?」
「はい。これが最低速度です。もう少し速度を上げましょうか。」
「いやいいってば!これ以上あげたら本当に吹き飛ばされちゃう!でしょ、みんな?」
周りの面々を見渡すが、皆何故かそのスピードに順応していた。
「ひゃっほーう!もっと飛ばせーー!!」
「もう少しスピードを上げましょう。遅過ぎて風が感じられないわ。」
「そうじゃそうじゃ!もっと吾を楽しませろ!!」
「風が気持ち良い…!」
どうやらこのスピードに対応できないのは亘希だけらしい。
「…皆…。流石神様…ってこと、なのかな…?」
「この程度のスピード、自力で出せる神が多いですからね。流石にこうやって乗り物に乗った方が魔力を使わなくて良いので楽ですけど。」
「どのくらいの速度出てるの、これ!?」
「時速約120kmくらいでしょうか。もっと上げますか?」
「いや、いいいい。遠慮しとくよ…。」
あっという間に舟は向こう岸についた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
舟を降り、暗い洞窟の中を歩く。
「ここを左に曲がれば冥府の入り口です。まあ今回は直進しますが。」
左側からはガシャンガシャンと金属がぶつかり合うような音が聞こえる。不気味にも感じるその音は洞窟の中を反響して何度も聞こえてくる。何か唸り声のようなものも聞こえる。
「あっちには何がいるの…?死者が出すような音じゃないと思うんだけど…。」
「あちらには多くの檻があり、穢らわしいもの、邪悪なもの、その他この世界にとって危険極まりないものが囚われています。脳に干渉してくるものもあるので、あまり聞かない方がいいですよ。」
「分かった…!」
全員何も言わずにその曲がり角を通り過ぎた。
その時、まるで恐竜のような大きな唸り声が響き渡った。殺気のこもっているような、でも何処か悲しげにも聞こえた。
「ねぇ…、」
「しっ。黙ってください。相手に私たちがいることを悟られてはいけません。」
「…。」
しばらく進むとその声も聞こえなくなり、亘希たちは広い空間に出た。
滝のようなものがいくつも連なり幻想的な風景を作り出している。その中央には北側にもあったあのエレベーターのようなものが設置されていた。
「…これに乗るの?」
「はい。」
ゆっくりと扉が開く。北側のものよりも何処か暗めで冷え冷えとしていた。
南なのに冷たく寒い。そんな感じだった。
全員乗り込むとまたゆっくりとエレベーターの扉が閉まった。
そして浮上を始める。北側のものは洞窟の中を降りていったが南側のものは暗い海中を進んでいた。
太陽の光さえ届かない。
酷く、寂しい空間だった。
「…さあ、もう着きますよ。」
そうアリエが言うまで、誰も喋らなかった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
エレベーターは海の上の孤島で止まった。
アリエによればもうここは天界のようだ。
「司令官からの追加の指示はまだですね…。本人が現れてくれればいいのですが…。」
「そういえば、司令官って誰なの?ミカエルさんの声じゃなかったでしょ?」
「言ってませんでしたね。彼女は古代人の一人で…。…あ、もう現れますね。」
「えっ?」
急に空が輝いた。まるで星が降るように光り輝いていた。
まるで宇宙が近づいたかのように神秘的だった。
「私は。」
「…?」
空から声が聞こえる。いや、どちらかといえば脳に直接話しかけてくるような…。
「私は世界の均衡を正す者。人を愛し守る者。みんなが幸せに暮らせる世界を作る者。」
空に白い渦が浮かぶ。
その中から一人の女性が舞い降りてくる。
緑のロングヘアの大人びた人だった。目は赤く、優しく微笑んでいる。
「私は天界の全軍の司令官、ケツァルコアトル。初めましてだね、皐月亘希。」
ケツァルコアトルは優しく微笑んだ。




