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私の、創世記。  作者: 皐月リリ
第ニ章、天界動乱。
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第五十九話、心に巣食う怪物。


「やっと見つけた…!」


青髪の少女と桃色の髪の少女、そして一人の少年がこちらに駆け寄ってくる。


「心配したんですよ…。一体どこに行ってたんですか?」


そう本心から心配そうに声をかけるのはアリエだ。そして一人そっぽを向いているのがレイ、真っ先にまだ寝ているベルに駆け寄ったのが亘希だ。


「お、おう…。心配かけたな…。」

「…?やけに素直ですね…。何がありましたか?」

「いや…なにも…。」


何もなかったわけではないのについ嘘をついてしまう。いつもはこんな事ないのに。


「お嬢様が無事で何よりですけど、あなた方も大事な仲間なんですから勝手にどっか行かないでください!約束ですよ…。」

「約束…。」


『約束だ。』


そうオシリスの声が脳内で木霊する。

確かにあの場所で交わした約束。『記憶の書庫』で交わした約束。

そうだ…!思い出した!吾は…


「アリエ…!」

「…?なんです?」


つい声に出してしまった。聞きたいことがあるのにその先の言葉が喉につっかえて出てこない。

こんな事は初めてだ。

話していいんだろうか?話しても大丈夫なのだろうか?

そう言う思いが頭を巡り、今にも喉から出そうな言葉を縛り付けている。


「…何でもない。呼んでみただけじゃ。」

「何ですか。変なこと言わないでください。何もないなら歩きますよ。」


アリエはまだ寝ている黒龍を、亘希はベルを担いでいた。


前を歩く三人の後ろをとぼとぼと歩きながら、八岐大蛇は『記憶の書庫』であったことを徐々に思い出しつつあった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「そういえばキミに一つ、警告がある。」


しばらく談笑した後、オシリスはそう真剣な顔で告げた。


「警告?吾にか?何じゃ?」

「あの娘のことだ、神と悪魔の。」

「ああ、ベルのことか。あいつがどうしたんじゃ?」

「単刀直入に言おう。このまま何もしなければ彼女は破滅する。」

「っ…!」


そう告げる顔にいつもの憎たらしくもある笑みはなかった。


「何故そう思う。」

「さっき僕は悩みは聞かないとわからないと言ったね?だが僕の力を持ってすれば大まかな悩みのジャンルくらいは分かるんだ。実際、キミには人探しの相が出ていた。」

「当たっておるな。それがどうした?」

「黒髪の女の子の方は年相応の淡く甘酸っぱい悩みだった。僕たちのような心が汚いものには別世界の存在だ。」

「五月蝿いわ。それでベルの方はどうだったんじゃ?」


オシリスは八岐大蛇から顔を逸らし、顔を曇らせる。


「彼女は…彼女の悩みはあの齢で背負うには重すぎて壮大すぎる悩みだった。ここにある本全てを読み尽くしたとしても全ては解消できないほどのね。聞かなくても、僕には手に負えないということが分かった。もはや彼女は自身の心の中に怪物を飼っている。怪物は彼女の心で(とぐろ)を巻き、今も彼女を蝕んでいる。その怪物を駆除しなければ彼女は間違いなく破滅する。」

「それほどまでに強大な怪物か…。血が騒ぐのう…!」

「いやいや、本当に怪物がいるわけじゃない。比喩だよ比喩。」

「いないのか…。ちぇっ。」

「ははっ。」


オシリスは軽く笑いながら空を見上げる。空といっても本棚は見えないほど遠くの空にまで浮いているので青い空は少ししか見えないが。


「キミみたいな能天気な奴ならそんな怪物どうってことないのかもしれない。キミなら怪物を無視できるどころかそもそも産まれないだろうからね。でも多くの人の心には怪物はいるものなんだ。人によって大小や強弱は様々だがあの子のは特に大きいようだ。その上今も彼女の心に身を潜めながら肥大化しつつある。」

「それをどうしろと?吾にその対処を求めておるのか?」


オシリスは首を横に振った。その顔には困ったような笑みを浮かべていた。


「残念だけれど僕たちには何もできない。この世界は僕たちが生まれた頃の世界とは変わりすぎている。キミも覚えがあるだろう?常識もルールも変わり、不変だと思っていた価値観でさえ変わってしまった。僕たちがそれを理解するのにどれほどの月日がかかるだろう。恐らくそれでは彼女の破滅に間に合わない。ただ、見ていることしかできないんだよ。」

「…どうにかできんのか?」

「僕たちにはね。ただそれ以外の誰かなら、成し遂げられるかもしれない。彼女を理解したいと心から思い、そして彼女を信じられる。そんな都合のいい存在がいるならね。」


八岐大蛇の頭に一人の少年が浮かぶ。


「…いる。」

「…!それは本当かい…!?もしそれが本当なら本当に、成し遂げられるかもしれない…!彼女を破滅の道から救うことが…!」

()()()んじゃ。あの者たちの未来の縁が。」

「そういえばキミはそんな能力を持っていたね。他人の縁を可視化する能力。しかも能力の範囲は未来にまで及びこの先の縁の変化まで知ることができる。やはり興味深い能力だ。」

「時を進めれば進めるほど二人の縁はより強い結びへと変わっていった。まるで切れることを知らないようじゃった。それは未来永劫に二人の縁が続くことを意味する。ただ…。」

「ただ…?」

「朧げじゃったんじゃ。今にも透明になって消えてしまいそうな…。」

「確かそれは不確定な未来だからじゃなかったかな?」

「そうじゃ。些細な一つ一つの行動で運命がガラリと変わる。それがいい方向なのか悪い方向なのかは吾にもわからん。」


八岐大蛇が見えている縁はその種類によって色が変わる。友人の縁、家族の縁、ただの知り合いの縁…

朧げながら見えた二人の縁は赤から白へ変わった。八岐大蛇はこれまでその白い縁の紐を見たことがなかった。


「…そういえば、お主に会ったら聞こうと思うとうたことがある。」

「なんだい?」

「これじゃ。」


八岐大蛇は懐から半紙を取り出すとそれをじっと睨んだ。

すると次々と文字が念写されていく。


「『五度目の天落つる日、神は落ち、悪魔は再び舞い戻らん。混血の娘が天を堕とさん。』…。これは予言かな?」

「そうじゃ。天界の最高神が吾らに見せてきた。何か分からぬか?」

「さっぱり。僕の知識を持ってしても理解に苦しむね。」

「そうか…。急に聞いてすまなかったな。」

「ただこれがこの世界の破滅を示す予言だということはわかる。彼女の力なら心の怪物がいざ暴れ出した時にそのままこの世界を滅ぼすことだって可能だろう。その点、この予言は信憑性があるとも言える。現物を見れば何かわかるかも知れないがこの予言が本物であるという可能性も十分あるだろうね。」

「五度目の滅びか…。もう慣れてしまったわ!」

「同感だよ。ただ、僕はあの子の怪物があの子の心を支配して世界を滅ぼすのは少しいただけないかな。もちろんそれが誰かの仇や恨みから滅びを求めるなら僕は放置するけど彼女の場合そうじゃない。本心からの滅びじゃないはずだ。僕は彼女にできるだけ救われてほしい。なんてったって僕は世界中の女の子の味方だからね!」


そうウインクしてカッコつけるオシリスに八岐大蛇は大きくため息をついた。


「で、どうやって彼女を救うつもりなんじゃ?さっきは何もできないと言っていたではないか。」

「もちろん僕たち自身は何もできないさ。だからキミの言う人を使うんだよ。その人なら彼女を救えるかもしれない。あの子の怪物を退治することだってできるかもしれない。だから、キミの協力が必要なんだ、アラハバキ。」

「吾が…?」

「ああ、キミならその人が道を踏み外しそうになった時止められるだろう。キミは監視者としてその人を支えてやるんだ。」

「吾にそんな器用なことできんぞ?お主なら分かってるだろう?」

「ああ、不器用なキミだからこそ任せたい。本当なら僕もここを出て直接救ってあげたい。でもそれは不可能だ。だからこそ、僕は唯一信頼できる友人であるキミに託す。どうか、彼女に救いを与えてやってくれ。キミはその人と彼女を見守っているだけでいい。キミが認めた人ならどうにかしてくれるだろう。僕は安心してここであの方を待つことができる。お願いだ、引き受けてくれ。」


そう言ってオシリスは頭を下げた。彼女に頭を下げられたのはこれが初めてだった。


「…分かった。お主にここまで頼まれてしまっては断ることなどできんよ。」

「本当か!やはりキミは最高の親友、いやズッ友だ!あっ、そうだ、ここでのことはその人に言う必要はない。誰かを救える人ほど流されやすい。このことを知ればかえって空回りを引き起こす可能性だってあるからね。」

「分かった。伝えないようにしておく。それで以上か?」

「ああ。聞いてくれてありがとう、アラハバキ。」

「礼などいらん。彼女を救えてから礼を申せ。」


その時書庫中に鐘の音が鳴り響いた。


「おっと、もう時間のようだ。キミたちを元の場所に返すよ。僕だって次の迷える子たちを救済しなくてはならないからね。」

「分かった。さらばじゃ、オシリス。」

「…ああ。」


その声は先ほどよりさらに小さく、哀しげだった。

八岐大蛇たちが転送される寸前、彼女が声をかけた。


「アラハバキ。」

「…?なんじゃ?」

「もし、あの方が帰ってきて、僕の任が解かれたら、その時はまた、昔のように盃を交わそう。朝まで酒を飲み交わそう。いつか必ず、してくれよ。約束だ。」

「…ああ。それまでに吾が酒が上手くなる話を探しといてやる。それまではお別れじゃ。」

「…ああ…。またね。」

「…またな。」


八岐大蛇たちはこの永遠に続く書庫から消えた。

消える前に一瞬見えた八岐大蛇の顔は涙が流れているように見えた。


その時、オシリスの手にピチョンと水が落ちてきた。

上には雲もない。よって雨が降るはずもない。

オシリスはようやく、自分が泣いていることに気付いた。


「…そっか。悲しいんだ、キミと離れて。」


落ちた涙の重みで綺麗な花が揺れる。いつか彼女がくれた花。今も枯れずにそこにあった。


「また…会おうね…。」


オシリスは数百年ぶりにこの場で泣き崩れた。




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