第五十四話、終末の予言。
「いや〜、すまなかったな!急に騙すような真似して!」
「い、いえ…。」
「お前のことは十分信頼しているし、これからも娘を頼むな!ハハっ!」
「は、はあ…。」
ほんと何なんだこの状況。
さっきまでこの最高神の圧に押されていたかと思えば急に態度を軟化させこれまでのは演技だと言った挙句、なぜか宴会の席にまで招かれている。
「はぁ…合わせるの大変でしたよ…。これからはもっと早く演技のことをお伝えください…。」
「えっ、アリエは知ってたの!?」
「はい…。この方が急にあなたの前で演技をすると言うものですから…。私もあなたがこの方を怖がるようにわざと大袈裟に言って見たり大変でしたよ…。」
道中のアリエのセリフを思い出してみる。
『命の保証はできません。』
『最悪魂ごとこの世界から消滅させられることも…。』
確かに心を揺さぶるような言葉をよく散りばめていた。
「…でも、何で僕にあの人を恐れさせようとしたの?」
「人というものは極限の状態、つまり恐怖や喜びの真っ只中なかでは素が出てしまうものだ。俺は一応恐れられるだけの地位はあるし、人相もそれほどいいわけじゃない。それを利用してお前の素顔を一応見ておきたかったんだ。娘を預けられるほどの信頼に値する人間か、とな。」
シグナスは椅子に深くもたれかかって天井を見上げる。
「まあ、お前の行動は上から見ていたし、ベルとの関係もちょっくら見させてもらった。その時点でもうお前への信頼は完成しているわけよ。神社によく来るお前のこともよく見ていたさ。」
「そ、それは…どうも…。」
「だが俺は過保護でよ、まあいわゆる親バカってやつか、一度お前と会って本当に大丈夫か確かめたかった。親としては子を信じるべきなんだろうがな…。まあとにかく、今回のことは許してくれ。」
「いいですけど…それでもこんなところに招かなくても許しますよ?」
豪華。それしか言い表す言葉が見つからないほど素晴らしい食事がテーブルの上に並んでいる。見ただけで涎が出そうな肉や、まるで輝いているように見えるほど新鮮な野菜。どう見てもお詫びとして与えるものではない。
「いや、遠慮するな。今日はよくここまで足を運んでくれた。その礼だ。思う存分食べるといい!」
「じゃあお言葉に甘えて…。」
「でもまぁ…」
「…?」
一瞬でテーブルの上の料理が消え去った。
「うま〜!」
そう横で叫ぶのは頬をパンパンに膨らましたベルだ。
「…こうやってベルが全部食っちゃうんだけどな。」
「…はは…。」
「まあ安心しろ。おかわりはまだ…。」
おかわりは、もうなかった。
例の通り頬を膨らましたベルが隣にいる。
「…。」
「…。」
空になった皿を見て亘希とシグナスは黙り込んだ。
「ふぇ?ごっくん。みんな食べないの?」
そう不思議そうに首を傾げるベルに『お前が全部食ったんだよ!』というツッコミを飲み込みながら亘希とシグナスとアリエは苦笑いをするのだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「いや〜、久しぶりに娘が帰ってきてくれたのは本当に嬉しいな。」
「私も会えて嬉しいよ、お父さん。」
ベルがにっこりと微笑む。
亘希は出雲での一件でベルの過去を見た時に彼の姿も見ていたことを思い出した。一瞬だけしか見えなかったが、確かにその面影があった。
「そういえば、お前の入れるお茶はこれまで飲んできたお茶で一番美味しかった。今日も、久しぶりに入れてくれないか?」
「もう!褒めても何も出ないぞ〜!お茶沸かしてくる〜!」
そうドアに向かって走る娘の背中を見届けてから、シグナスは指を鳴らした。
「お呼びですか、シグナス様。」
すぐに老騎士が現れ、彼の前に膝を曲げた。
「前話した通りだ。やれ。」
「はっ。」
亘希はその老騎士から透明の波が放たれるような錯覚を感じた。
「ミカエル様、何故ここに…?それに今…」
アリエが驚いた顔で立ち上がってそう言った。
「えっ、ミカエル様って言った?じゃあこの人が…。」
「いかにも。初めましてだな、皐月亘希。」
「は、はい、で、今何を…あっ!」
亘希がそう立ち上がった拍子に机が揺れ、中身の入ったグラスが落ちた。しかしそのグラスは地面に落ちることなく空中で静止した。
「グラスが…!これって…。」
「はい、これがミカエル様の固有魔法の一つ、時間停止です。ミカエル様のこの能力は天界、地上、地獄の全ての層に及び、彼自身が許可した者しか動くことを許されません。」
そうアリエが説明する。ドアを開けてみると駆け始めたままの姿で静止するベルの姿があった。
「この件は娘にも話せないからな。席を外してもらった。」
「この件?」
「ああ、まあ、席についてくれ、話をしよう。」
そう言うシグナスの顔に笑みはもうなかった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「お前は娘が…ベルが神と悪魔のハーフであることは知っているな?」
「はい、まあ…。」
ストラスのせいで散々と見せられたベルの過去。悪魔と神のハーフとして生まれ、そのせいで差別を受けた日々を送っていた。
「まずは、出雲であの子の過去を背負ってくれた事、礼を言わせてくれ。」
「いえいえ、そんな…!僕はただ…ベルがしてくれたことをそっくりそのまま返しただけですから…。」
「いや、それだけでも十分あの子は救われていたと思う。ありがとう。」
シグナスは深々と頭を下げた。
いろんな顔がある人だ。亘希はそう思っていた。
最初の高圧的な態度、ベルの前で見せた豪快でフレンドリーな態度、そして今目の前にある礼儀正しく冷静な態度。どれが素なのかは分からない。だが今彼が見せた礼には間違いなく感謝の意がこもっていた。
「…では、本題に入ろう。あの子が私の後継者として認められなかった本当の理由を…。」
「本当の…?ベルが神と悪魔のハーフだから、じゃないんですか?」
「それもある。だがそれ以上にこれが事を厄介な方向へ引き摺り込んだ。」
そう言ってシグナスはミカエルに合図を送った。すると彼は一冊の太い本をシグナスに渡した。
「その本は…。」
「所謂『予言の書』と呼ばれるものだ。我々の一族が古来より保管してきたものだ。」
「予言の書…。」
古びれたその本の表紙はよく分からない言語で題が書かれていた。それ以外は本当にただの本にしか見えない。
「予言の書は神々の創世から滅亡までに起こる事がそれぞれ単語の集まりのみでまとめられたものです。例えばこの本に『火・落ちる・空・山』みたいに書かれているならばそれは火山の噴火を表す事がわかります。明確に月日が書かれているものもあればまったくもって不明なものもあります。そのため解読には時間を要する事が多いです。」
「ふ〜ん。」
「ですが、シグナス様、私も何度もこの本を解読しましたが、お嬢様についての記述は一切ありませんでしたよ?」
「そうだろうな…。確かに最初はあの子の記述はなかった…。だが丁度、あの子が産まれた頃、一通の手紙がこの本の隙間から見つかった。それがこれだ。」
シグナスが差し出したその手紙は普通の便箋に入っていた。しかしその手紙の色は黒で文字も赤く、異彩を放っていた。
「この手紙は予言の書本体とは字面も書き方も違っている。文章で書かれているのだ。」
『五度目の天落つる日、神は落ち、悪魔は再び舞い戻らん。混血の娘が天を堕とさん。』
手紙にはそう書かれていた。
「これって…。」
「『天落つる日』…。これって終末の日という意味では?確かにお嬢様は混血…。つまり、お嬢様を認めない神々はその終末の日に悪魔が再び力を取り戻す事を恐れているのですか?」
「そうなるな…。これが予言なのかは定かではない…。だがそれがかえって緊張を高まらせる。」
「でも予言だよね?当たらないってことも…。」
「はい、もちろんあり得ます。ただこれがきちんと手順を踏み魔力を込められたものであるなら、それは予言として一定の効力を持ちます。その場合回避はほとんど不可能。予言なのかそれともただのデマなのか分かるまでは警戒を解くわけにもいきません。あんなに私たちを受け入れなかったのはそういう理由だったんですね…。合点がいきました。」
アリエが魔法で手で触れずに手紙を畳み、便箋にしまう。
「一応予言には対抗呪文が存在するがそれはこれが本当に予言だった場合のみ効果を発揮する。もしこれがただのデマで対抗呪文をかけた場合、取り返しのつかないことになる可能性が大いにある。だから動こうにも動けない、防ごうにも防げないこの状況が生まれたというわけだ。」
「どこまでが本当かも分からないですしね…。」
「とりあえず、『五度目』というのは本当じゃのう。」
そうドアの方から声がした。
「八岐大蛇!シグナス様の部屋に行った時から姿が見えませんでしたが…。」
「ああ、会合なんて退屈な物、吾が出るわけなかろう。勝手に城の中を散策させてもらった。」
「何故お前は私の魔法がかかっているのにも関わらず動けるのだ…?」
そうミカエルがどうも納得のいかない表情で尋ねる。
「吾は最強じゃからのう!こんな軟弱な魔法効かぬわ…!」
「やっぱり調子乗ってる…。」
八岐大蛇が威張るように腰を手に当てて高らかに笑う。
「…で、『五度目』が本当と言ったな?どういうことだ?」
「この天界は既に四度の終末を迎えておる。一度目は忘れたが二度目は黒の神テスカトリポカに、三度目は最強の怪物テュポーンに、四度目は破壊神シヴァによって起こっておる。つまりは次の終末は五度目じゃ。」
「予言の信憑性が上がってしまいましたね…。」
「だがまだ決まったわけじゃない。そこでだ。」
シグナスの透き通った目が亘希をまっすぐ映し出す。
「私の娘にもしものことがあった時、君は協力してくれるか?私の娘を、救ってくれるか?」
そう真っ直ぐに見つめながら言うシグナスの姿はその地位や先程の態度からは思えないほど、どこか儚げで不安げだった。
「…はい。その時は僕が。ベルに世界を滅ぼさせたりなんてさせません。必ず止めます。」
「私もです。お嬢様をお守りするのが私の役目ですから。」
「…そうか。こんなに、頼もしい仲間があの子にはできたんだな…。」
シグナスはそう嬉しそうに呟いた。
「わかった。お前たちにこの予言の件は預けよう。もしもの時は頼んだぞ。」
「はい…!」
「そこの柱に隠れているお前もだ。」
「ひゃ、ひゃい…!」
「演技だと言っていなかったのが私が悪かった、もう私に攻撃を仕掛けようとしたことは水に流している。だからこれからも俺の娘を頼んだぜ!」
そう言って黒龍の頭をポンと叩いた。
「さ、宴の続きをしよう。ミカエル、頼む。」
「はい。」
こうして時は再び動き出した。
「さぁ、宴を…。」
その時パリンと背後から音がした。
時間停止で止まっていたグラスが再び落下したのだ。
「…まずは、片付けるか…。」
「そうですね…。」
割れたグラスを片付け終えた後、戻ってきたベルの入れた美味しいお茶を飲んで、みんなは楽しいひと時を過ごしたのだった。




