第五十三話、最高神・シグナス・ヴォン・グラディス。
「あなたが…最高神・シグナス・ヴォン・グラディス様…!?」
「いかにも。よくここまできたな、人間。」
麒麟も大概だったが、天界の男神たちは多くが威厳のある顔つきをしている。神々の王である彼も物凄い迫力だ。
「きょ、今日は招いていただき、大変ありがたく…」
「畏まるな。反吐が出る。」
「ひっ…!」
思わずそう声を上げてしまうほどの威圧感、圧迫感。彼の目がギロリと亘希を睨んでいた。
「あの…その…今日は何で僕をここに…?」
「…ふん、気まぐれよ。貴様などを呼ぶのに理由が必要か?」
「…!い、いえ…!」
一言一言に圧があり、口を挟むことさえ阻まれる。
亘希の心の中では最高神に会えたという喜びなどのプラスの感情よりも恐怖などのマイナスの感情が支配していた。
「敢えて言うなら、可愛い私の娘が人間の男などと契約したと聞いたものでな。それがどんな代物か確かめようとしたまでよ。一体どんな人間かと思っていたが…。」
彼は亘希を一瞥した。
「どう見ても普通の人間。何の能力も何の技術でさえ持ち合わせていない子供。どう考えても私の娘には釣り合わぬ…。」
「は、はい…。それは僕も少し…。」
「ふん、何故だろうな。何故彼女はお前を選んだか…。なぁ、アリエ。」
アリエは静かに目を閉じ、彼の言葉に答えなかった。
「なぁ、お前、皐月亘希…だったな?」
「は、はい…!」
「彼女自身から何か聞いていないのか?何か理由がなければ貴様のようなただの人間と契約することなどなかろう。」
「いや、そういうことは…。」
「何だ聞いていないのか…。もしやお前が彼女を誑かしたのではあるまいな…!?」
鳥肌が全身に立つ。冷や汗が何度も頬を流れていた。
少し、神様というものを甘く見ていたのかもしれない。
ベルも、アリエも、四神のみんなも、亘希に優しく接してくれた。最初は怖かった麒麟でさえも本当は優しくて信頼できる神だった。
神様全員がそうであるとは限らないのに、亘希はいつの間にか神様は皆優しいのだと思い込んでいたのかもしれない。
「…いいえ、断じてそんなことはしてません。」
「ほう、言い切るか。お前がそのつもりが無くとも無意識のうちに彼女を契約へ追い詰めていたら?どうしてそこまで言える。」
「…ベルはそんな神様じゃないです。」
「…。」
「ベルはいつも僕より力どころか心も強かった。…ベルの過去を知りました。僕が挫けていた過去よりもっと酷い過去を経験してもベルは倒れなかった。諦めなかった。そんな心の強いあの子を僕は誑かすことなんてできません。」
ベルと過ごした日々は亘希の方が遥かに少ない。でも、ベルの優しさや信念は友達として誰よりも知っていると信じている。それは今も変わらない。誰の前でも僕は同じことを言える。亘希はそう確信していた。
「ベルは大切な友達です。一人では乗り越えられなかった過去も二人でなら乗り越えることができました。僕は彼女ほどの力も能力も地位も心でさえも持っていない。自慢じゃないですが、僕はどの分野でもあの子には遠く及ばない。でも、それでも、できる範囲であの子の助けになれるよう努力しています。」
「…弱者が何の役に立てる。ただの人間のお前が彼女の深い心の穴を埋められるのか?」
「はい。」
「あっさり答えるんだな…。お前はそうは見えないが。嘘なら無駄だぞ?」
「嘘ではありません。僕はあの子を支え続けます。少なくともこの命尽きるまでは。」
「理解できんな…。何故これまで関係すらなかった人間が彼女にそこまで肩入れする?」
亘希は大きく深呼吸して目を閉じる。
彼女のおかげだ。彼女のおかげで僕は夢を叶えられた。不可能だと思っていた多くの夢をあの子は叶えてくれた。
友達になってくれた。死ぬまで会えないと思っていた神様に会えた。これらも全て僕があの日あの子と会っていなかったら叶うことはなかっただろう。
いつの間にか恐怖は消えていた。
「僕は…あの子に救われました。たった二ヶ月。僕が彼女といたのはたったそれだけです。でもそのたったそれだけの時間でベルは何度も僕を救ってくれました。この恩は一生をかけても返し切れません。」
「…。」
「僕はこれからもあの子の…ベルの契約者で友達…いえ、親友です。これだけはあなたにも譲れません。」
シグナスの顔が一層険しくなった。
「…認めないと言えば?」
「その時でも僕はベルの親友だと言い張ります。あなたが認めなくても僕はそうなれていることを信じていますから。」
シグナスは目を閉じてため息をつく。そして腰に刺してある刀を抜いた。
そして亘希の首筋にピタリと当てた。
「この状況でもまだ友達などと吐かすか?」
「…はい。」
死ぬのは怖い。でもこれだけは譲れない。
体の震えを隠しながらシグナスの瞳を見つめる。しばらく沈黙が続いた。
「…なら…。…!?」
急に城壁が崩壊した。ものすごい速さで黒い物体が飛んできて亘希を掴み遠くへ離した。
「え…?」
そこにいたのは巨大な黒い龍だった。巨大な龍の尾が亘希を彼から離したのだ。
亘希を守るように立つその龍は特徴的なツノが生えていた。亘希のネックレスの宝石が共鳴するように輝いた。
「黒龍さん…!?」
突如龍の体が光り輝いてたくさんの光の粒になって放射状に散らばり、また人型に集結した。
そこにはいつも通りの姿の黒龍がいた。
「何やってるんですか…!」
「えっ…?」
「最高神様…私は彼が…亘希くんが無事にいられるなら、たとえあなたであろうと容赦はしません。」
シグナスは無言で黒龍を見つめる。
「亘希くんは私を独りから救ってくれました。今、恩を返す時です。亘希くんのためなら私は命も階級も惜しみません!」
「驚いたな…お前がそう言うとはな…。」
シグナスはやっと刀を鞘にしまった。
「で、最高神に逆らうとはどういうことなのかは分かっているよな?」
「はい。それの罰より私は亘希くんがいなくなる方が怖いですから。」
「…そうか。」
シグナスはゆっくりと黒龍の方へ歩き出した。黒龍は逃げもせずただ恐怖を堪えるように目を閉じていた。
「あ〜〜!もうお父さん何やってるの〜!」
場違いの明るい声が部屋中に響き渡る。
「ベル…?」
「はぁ…流石にやりすぎだよ〜。演技して亘希くんを試す〜とか言ってたけどさ〜、ここまでやったら怖がっちゃうよ〜。」
――演技…?
一瞬飲み込めなかった言葉をもう一度噛み締める。じゃあこれまでのは…。
シグナスの口角が上がりかすかな笑い声を漏らす。気付くと彼は大声を上げて笑っていた。
「ハッハッハッ、つい熱が入ってしまった!流石にやりすぎかこれは。いやー、すまんすまん。」
「えっ?え、えっ?」
「嫌な質問をしてしまったな、皐月亘希。申し訳ない。ただ私はお前が娘を預けてもいい存在か確かめただけだ。流石に嘘をつく上に忠誠心のないものには娘は任せられんからな。」
「じゃあこれまでのは…?」
「ああ、全て嘘だ。」
「ええ…。」
事情も聞かず突っ走ったせいか自らも刀を抜き応戦体制を整えていた黒龍も恥ずかしさで顔を真っ赤にする。
「お前のことはベルと契約する前からずっと知っていた。よく神社に来ていたじゃないか。その時の願いは…」
「言わないで!?恥ずかしいから!」
どうやらずっと彼の手中で転がされていたらしい。
人は追い詰められた時嘘をついてでも生き残ろうとする。いわゆる生存本能。
しかし亘希はベルとの友情のため嘘をついて生き延びることはしなかった。
「さて、ここからが本題だ。少し話をしようか…?」
さっきまでの恐怖は無くなっていても、迫力は凄まじく、彼の鋭い目はまるで見切るように亘希を見ていた。
本当の会議はここからだった。




