第五十二話、会合。
「――というわけです。彼もあなたとの会合を望んでおります。」
「えー…。」
部屋に戻ったアリエは部屋の外での一部始終を亘希たちに話した。
「人気者だね、亘希くん!」
「いや…いい迷惑だよ…。」
ただでさえ最高神などという聞いただけで身の毛のよだつ存在と拒否権なしで話せと言われているのに、またまた有名どころの大天使と話せなんて今から胃が痛い。
「そうも言ってられませんよ。」
「えっ?」
「ただの人間が最高神に立ち会うという異常事態。さらにその人間は最高神の娘と契約している。警戒しないわけがありません。ここでは全ての神から隅々まで監視されていると考えていい。そして何か不祥事を起こした場合、記憶を消されて永久追放、なんて事にもなりかねません。それでも易しい方の罰ですが最悪魂ごとこの世界から消滅させられることも…。」
「それは嫌だな…。」
「でしたら常識に沿った正しい行動を取ってください。一つでも間違えた場合、命の保証はできません。」
「分かったよ。」
ちょうど目を覚ました八岐大蛇が大きくあくびをした。
「…そういえば、ミカエル…ってどんな人なの?名前はよく聞くけど…。」
「ミカエル様は道中でも話した天使たちの反乱を名のある仲間を率い見事打ち破った英雄です。千年以上前のことなので当時を覚えている者はほとんど残っていませんが、伝説によれば反乱した天使のほとんど全員を一人で倒したそうです。」
「反乱って…天使が奴隷みたいに扱われててそれに反抗して…ってやつだっけ?」
「はい。ミカエル様の兄や弟もこの反乱に乗じて叛逆し、ミカエル様と激しい交戦を繰り広げたそうです。」
「なるほど…。つまり歴史の生き証人ってところか…。」
宗教をあまりよく知らない人でも知っているほどミカエルは有名な天使だ。確か、四大天使の一人であり天使たちの長だったはずだ。名前の由来は『神に似た者は誰か』。『神に似た者』と解釈されることもある。
「ミカエル様は現在、天界の全軍総帥をされております。もう随分な歳ですが、それを感じさせないほどの強さを持っています。言う所では『天界で彼に敵う者なし。』と言われているそうです。」
「そんなに強いんだ…。」
「吾よりは弱いがのう。会ったことないが。」
「黙っててください。」
そうアリエが冷徹なツッコミを入れる。
「まあとにかく、吾がいる分どうてことないじゃろ。吾より強い者など、片手で数えられるほどしかいないんじゃからな。貴様ら倒しかけた者を加えても両手で収まるくらいじゃ。」
「まあね。八岐大蛇さんがいたら戦闘面では多分問題ないよね。」
「そうじゃろうそうじゃろう。もっと崇めるのじゃ。」
八岐大蛇は腰に手を当て、胸を張った。アリエは大きくため息をつくと、持っていたカバンから何かを取り出した。
「アリエ、それ何?」
「この場所での正装です。お嬢様も着替えてください。」
「えー、私この服気に入ってるんだけどなー。そんなに露出もないし。」
「お嬢様、八岐大蛇は論外ですがあなたの服も大概ですよ。公共の場には似合いません。」
「もー、分かったよー。」
渋々ベルは服を持って外の更衣室へ向かう。
「さぁ、あなたたちも。」
「嫌じゃ。それなら裸の方がいくらかいいじゃろう。」
「いや着てください。馬鹿なんですか?」
「好きに言うがいい。吾は裸で行くぞーー!」
そう言うと今着ている服を脱ぎ去り廊下へ駆け出していった。
「ま、待ちなさい…!」
それを追ってアリエも部屋の外に出る。ただ一人部屋に残された亘希は更衣室の場所など知るはずもなく、ここで着替える他なかった。
「誰も来ないといいけど…。」
「ひゃっ…!!」
「うわっ、言った側から!!」
一度壁に引っ込んだ影が、もう一度ちらりと覗いてくる。
「黒龍さんかぁ…。」
「ごめん、ね…!着替え中なの、気付かなくて…!」
「いや、いいよ。」
危なかった。まだ上しか脱いでなかったのが幸いした。
「…。」
「…?どうしたの?じっと見て…。」
「あっ…!いや、うん…!何でもないよ…!?ただ…筋肉が…。」
「あっ、これ?昔乗馬もしてたし、水泳もしてたから筋肉はまあまああるんだ。まぁ、自慢できるほどではないけど…。」
「…。」
黒龍はじっと亘希の露わになった体を見つめ続ける。
後期はとうとう恥ずかしくなって目を逸らした。
「その…ちょっと恥ずかしいかも…。」
「…!!ごめんなさい!!少し外出てるから着替えていーよ…?」
「分かった、ありがとう。」
黒龍が部屋の外に行ったのを確認してから亘希はアリエに渡された袋から服を取り出す。
シンプルな白いシャツに黒いベストにズボン、そして派手な装飾を控えた純白のマントが入っていた。
「シンプルだけど、結構かっこいいかも。えーと、マントはこうやって…。」
できるだけさっさと服を着替える。流石に黒龍を長時間待たせるわけにはいかない。
「…よし!もう入っていいよ。」
「う、うん、わかった。」
黒龍が恐る恐る部屋を覗く。
「…!その服…!」
「に、似合ってるかな…?」
「わぁ…!!」
そう感嘆の声を上げる黒龍の目はキラキラと輝いていた。
「とても似合ってるよ、亘希くん…!」
「そ、そうかな…。ふふ…。」
そう頭をかいて照れ隠しをする亘希に、黒龍は何やら光る物を手渡した。
「…?これは…。」
何やらネックレスのようだ。ペンダントトップには黒龍のツノと同じようにオレンジ色に輝く宝石が付けられていた。
「私のツノの一部。その服にちょうど似合うと思うから…。私のツノは年に一度くらいで生え変わるの。だからもし良ければ…だけど、あげる。」
「そんなものもらっていいの?」
「私がいいの。も、もらってください…!」
こんなに熱心に頼まれては断る理由はない。
「…分かった。ありがたくもらうよ。」
そう微笑みかけると、黒龍は途端に顔が明るく輝いた。
「うん…!あっ、私付けるよ…!」
「いいの?悪いね、ありがとう。」
「う、ううん…!」
そのオレンジ色の宝石は黒い布の上だととてもマッチしていて綺麗だった。
「わぁ…!綺麗…。本当にありがとう、黒龍さん!」
「いいの…。その…迷惑じゃない…?」
「…?迷惑…?」
「いや、その…。無理やり私に合わせてくれてたんだったら悪いな…って…。」
「そんなことないよ!」
その言葉に黒龍はハッと顔を上げる。
「黒龍さんが似合うと思って僕にくれたものだし、迷惑だなんて思わないよ。むしろ嬉しかったなあ。それにめっちゃ似合ってるし!その…お返しはないんだけどさ…。」
「ううん…!…。お返しはいいよ…。」
「そう?」
「うん。」
黒龍は赤くなった顔を隠すように、被っていた帽子を目深に被った。
程なくして、アリエたちが帰ってきた。
アリエの服装はほとんど変わっていなかったが、ベルは豪華な装飾のついたマントに白を基調にした服を着ていた。八岐大蛇も例外ではなくちゃんとした服に着替えさせられている。
「ただいまです。やっと八岐大蛇を捕まえられました。」
「むぅ…、今回だけじゃぞ…。」
八岐大蛇も不満ありげな顔をしながらTPOに準じた服を着用していた。
「ふっふっふっ、私の超絶カッコいい服を見たまえ!ハッハッハッハッハッ!」
「うん、似合ってるよベル!」
「そうだろうそうだろう!一級品だぞー!」
「ちょっと派手すぎな気はするけどね。」
「まぁ、この地位は舐められたら終わりですからね。いかに自分をカッコよく、そして威厳たっぷりに見せるか。それが嫌なら求められる地位ですから。」
「ふ〜ん。」
アリエはふと亘希の首に掛けられているネックレスに気付いた。
「…そのネックレスは?」
「あぁ、これ?さっき黒龍さんがくれて…。」
「そう…ですか…。」
ネックレスに取り付けられた宝石が照明を反射させてキラリと光った。
アリエはその宝石を掴み、目をゆっくりと閉じた。
「…?どうしたの?」
「…いえ、少し気になっただけです。」
アリエはチラリと黒龍の方を向いた。すると黒龍は顔を赤くしながら、顔を逸らした。
「なるほど…。そうですか。」
「…?どういうこと?」
「今は言う必要はありません。また今度、教えてあげます。それより…。」
アリエはマントを翻してドアの方へ歩き出す。そしてゆっくりと振り返った。
「始まりますよ。」
「…!」
「前代未聞の人と神の会合。しっかり見届けさせていただきます。」
「…ああ。」
こうして最高神の部屋へと向かう。
その扉の先には男が一人座っていた。
「よく来たな、我が娘の契約者よ。私はシグナス・ヴォン・グラディス。この天界を統治し、人間どもに裁定を下す者だ。」
男は不敵に笑った。




