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私の、創世記。  作者: 皐月リリ
第ニ章、天界動乱。
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第五十一話、老騎士の策略。


「ん…。」


亘希は再び医務室のベッドの上で目覚めた。

窓から暖かな光が差し込んでくる。


「あっ、おはようございます。」

「おはようアリエ…。…どのくらい眠ってた?」

「ざっと1時間程度でしょうか。まだ迎えは来ておりません。」

「そっか…。」


ふと横を見るとベルと八岐大蛇が仲良くベッドにもたれかかって眠っている。その微笑ましい光景に亘希は思わずクスッと笑った。


アリエはそんな亘希に見向きもせずただ遠くを警戒するような目つきで見つめていた。


「…どうかした?」

「いえ、ただ…遅すぎるんですよ。そろそろ迎えが来てもおかしくない頃なのに。」

「まあ…確かに…そうかも?」

「…ちょっと見てきます。」

「じゃあ僕も…。」


アリエは静かに首を横に張った。


「お嬢様を置いて行く気ですか?あなたはここで待っていてください。」

「でも…。」

「…信頼していますからね。」

「えっ…?」


ただそれだけを言い残してアリエは部屋の外へ去っていった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



アリエは部屋を出た途端僅かな違和感を感じた。

何かが変だ。魔力探知では何も感じないが何となく何かがあるような気がした。


「何かあったのでしょうか…?とりあえず一刻も早く最高神様の所へ…!ッ…!」


そう足を踏み込んだ瞬間、カランと何かが鳴った。

何かが足に引っかかっている。見ればさっきまでなかったはずの糸が廊下中に張り巡らされていた。その糸の先には多くの鳴子が取り付けられていた。


「…!罠…!?」


一歩足を進めるだけで連動して多くの鳴子が鳴る。

これが誰か敵の罠なら迂闊に動くのは禁物だ。


「まさに一難去ってまた一難、といった所でしょうか…。」


こうした罠で体の動きは封じられても、まだ策は残っている。魔力探知で敵の位置を把握しつつ、そのまま最高神の無事を確認すればいい。いざとなればすでに位置を知っている敵に魔法を放ち罠を破壊すればいい。


まずは魔力探知を…


「…!魔力探知が…弾かれた…!?」


魔力探知というものはエコロケーションに近い。

人間含む多くの生物は元々マナをある程度は取り込めるようになっている。そこで探知する側は少しの不可視の魔力を波状に解き放ち、その波に触れた者の体内のマナを共鳴させる。そして跳ね返った魔力は放った時とは違う波で帰ってくる。この波の周期や振れ幅から距離や強さなどを特定できる。そういう仕組みになっているのだ。

だが今アリエが放った波は誰一人感知する前に跳ね返させられた。波も一切変化していない。これは一握りの実力者にしかできない所業だ。


「仕方ないですね…罠を斬り裂くか…、いや、それではすぐに見つかる。どうすれば…。」


その時廊下にカツカツと靴音が響いた。

現れたのは仮面を着けた老人だった。杖までついていていかにも高齢のようだ。

だがその体から滲み出る魔力の量は尋常じゃなかった。


「そっちから来てくれましたか。無駄な争いは避けたいのですが。」


老人は無言で杖を握る。そしてそのまま静かに引き抜いた。

すると杖の中から一振りの太刀が出てきた。


「仕込み杖ですか…。戦いは避けられないようですね。あなたが何者かは存じ上げませんが、この先にいるお嬢様方に用があるなら私を倒してから行ってください。ここで必ず食い止めます。」


アリエも刀を抜いて構え、暫しの睨み合いが続いた。

老人の方が先に動いた。一瞬で距離を詰め、年相応とは思えない強さでアリエを圧倒する。


「速い…!ですがまだ…!」


アリエも負けじと反撃する。何度も刀がぶつかり合い、火花が散る。

だが力量差は一目瞭然だった。圧倒的にアリエが押されている。刀で打ち合うたびに後ろへと押し飛ばされている。

遂に老人の刀がアリエの肩を斬り裂いた。真っ赤な鮮血が空を舞う。


「ッ…!」


押し寄せる痛みを我慢して何度も刀を振るう。

何度も何度も吹き飛ばされ、壁に埋まる。


「まだ…!負けてはいません…!」


アリエが刀を天に掲げると幾つもの水の球が宙に浮かび上がった。

槍状に変化したその一つ一つが猛スピードで正確に老人を追う。


だが彼はその攻撃をいとも簡単に避ける。そして自分を追う水の槍を一つ一つ破壊していった。


――魔法も効かない…!ならば…!


間合いを詰め、全力の攻撃を何度も畳み込む。相手がそれに対応している隙に背後から特大の魔力弾を撃ち込む。

予想通り相手がその魔力弾に気付いた。だがこれも作戦のうちだ。相手がその攻撃を対処する前に次々と攻撃を仕掛ける。これで相手はどちらかのみに集中することはできない。


「終わりです…!」


魔力弾が相手に当たると同時にアリエも技を叩き込む。

だが…


「消えた…!」


一瞬で相手が消えた。逃げ場なんてないはずのあの場所から消え、気付けば背後に立っている。


――今のは…?


振り返って攻撃を入れるがまた消えた。何かがおかしい。

逃げ場のない技の牢獄からこうも何度も抜け出せるのはどう考えても常軌を逸している。


時間操作。


その言葉が脳をよぎった。


そうだ。あの魔法ならばあの状況下で逃げ出せてもおかしくはない。

しかも時間操作の魔法は最も高度な魔法の一つだ。アリエはそれを使える神を一人しか知らなかった。


「だったら…!」


一旦彼と距離を取る。やはり彼は攻撃してこない。

最初の攻撃以降、彼はアリエの攻撃を待ってから攻撃していた。決して自分から攻撃を仕掛けることはなかった。


静かに刀を構える。相手もそれに準じて刀を構えるのを確認してから突進する。

なんの変哲もないただの突き。だが今はこれに意味がある。

予想通り相手は消えることなく受ける準備をしている。油断している。よかった。ここで避けられていてはこの作戦は潰れていた。


片手で握り突き出した刀がその老人の刀に触れ合う瞬間…


「今です…!」

「…!」


逆の腕を振る。

その手から放たれたものは相手を絡め取り拘束した。


「これで時間操作は使えませんね。時間操作は触れている人や物にも影響を及ぼす。これであなたが時間を止めれば私もあなたと同じように普通に動けるようになります。私の勝ちですね。」

「…流石だな。」


仮面の老人は初めて言葉を口にした。


「これがあなたの落ち度です。自分が作った罠を放置し、別に監視すらしなかった。敵である私に使われるとは皮肉ですね。」


老人の体に巻き付いた鳴子のついた罠がカランと音を立てる。あの瞬間アリエは一瞬のうちにこの罠を振った。狙い通りにそれはこの老人の体を巻き込み拘束した。


「まぁ、あなたなら私にそれができるのか試していたのでしょう?でなければあんな隙、あなたが見せるわけないですから。」

「図星だ。体は鈍っていないようだな。安心したぞ。」


老人はゆっくりと仮面をとった。中からは白い髭と長い髪を生やした老人が現れた。その深く刻まれた皺は彼の人生の長さを物語っていた。


「久しぶりの稽古、楽しめましたよ、師範。いえ、ここは…天界全軍総帥・ミカエル様とお呼びするべきでしょうか?」

「ふっ、好きにしろ。」


そうぶっきらぼうに告げる口は微かに笑っていた。


「また一段と成長したな、アリエ。私ももう歳だ。そろそろこの総帥の座を愛弟子であるお前に譲る日も近いかもな。」

「いえいえ、まだ私はあなたに及びません。先の稽古だってあなたがわざと油断しなければ負けていましたから。」

「もっと自分の強さを誇れ。私がお前くらいの頃は何もできないただのガキだったぞ。お前はまだ若い。私だっていつか超えられるだろう。だがそれは今ではない。年長者に若い者は勝てない、弱いのは当たり前だ。だが、その弱さを恥じるな。」

「…!はい…!」


ミカエルは自分に絡みついた糸を丁寧に解いていく。


「アリエ。」


ミカエルはそう小さく呟いた。


「はい?」

「皐月亘希という人間がここにきていることは分かっている。彼とは一対一で話がしたい。頼めるか?」


アリエは深々と頭を下げた。


「仰せとあらば。彼に伝えておきます。」

「ああ頼んだ。」


こうしてミカエルはアリエの元から去っていった。



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