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私の、創世記。  作者: 皐月リリ
第ニ章、天界動乱。
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第五十話、誰が為の友情。


「――あっ、目が覚めましたか?」

「大丈夫か?」

「うん、もう…」

「全く。こうも二度も倒れられると心配せずにはいられないですよ。起き上がれますか?」

「うん…。」


起きるとそこは高級感漂うベッドの上だった。


「ここは…。」

「王宮医務室です。普段は最高神の一族しか使ってはいけませんが、お嬢様や最高神様からのお達しがあり特別に許可を頂きました。」

「そう…。」


頭がぼっとする。何か体が重い上に背中が熱い。熱…だろうか?

いや…これは…


「…ってベル!?何で背中乗って…!っていうかいつから!?」

「むぅ〜、いいでしょこのくらい。」

「いやよくはないから。重いし暑いからさっさと降りて。」

「そうですよ?彼も困っておりますし、早く降りてください。」


そう言ってもベルは頬を膨らませながら亘希にさらに強くしがみつく。


「痛い痛い!!骨折れる…!」


その華奢な体からは想像もできないほどの怪力。骨がミシミシと音を立てる。


「…心配したんだから…。」

「えっ…?」


そうベルはボソッと呟いた。


「倒れたって聞いて…お父様にお願いして真っ先に向かったの。本当に…心配したんだから…。」

「…ごめん…。」

「私は亘希くんの契約者の前に友達なんだから。友達を心配させないでよ…。」


そう言ってベルは優しく手を離した。


「でもその…勝手に引っ付いたのは…ごめんなさい…。」

「いいよ。心配してくれてありがとう。帰ったら何か奢るよ。」

「いいの!?じゃあじゃあ、ガリガリ君とスイカバーと、もちろんメロンバーと、あとあと…。」


ベルが目を輝かせて、あれやこれやとねだる。


「いや買いすぎだから。一つだけね。」

「え〜。ケチ〜。」

「お嬢様、そんなに食べたらお腹壊しますよ…。」

「大丈夫だよアリエ。私は今までキーンってなるやつもなったことないし!」

「アイスクリーム頭痛のことですね。」

「あれって名前あったんだ…。」


まるで知ってて当然とでも言うようにスラっと名前を出す。

相変わらずアリエの知識には感心させられる。


「…で、それとお腹を壊すのは関係ありません。それに、お嬢様は何度もなってるじゃないですか。」

「そうだっけ?」

「そうですよ。アイスクリーム頭痛はゆっくりと食べれば解消することができますが、お嬢様は私がそう言ってるのに聞かずに口に放り込んでいつも悶えていたじゃないですか。」

「あれは…。…。キーンってなってなかった…よ?」

「今の間は何ですか…。」


アリエは大きくため息をついた。


「嘘をつかないでください。」

「嘘じゃないもん。」

「仕方ないですね…。えいっ。」

「むぐっ!」


どこから出したのか棒付きアイスをベルの口に突っ込む。


「あなたなら食べずにはいられないでしょう?」

「むぅ…ふぁふぁんふぇいるおん!(訳:我慢できるもん!)」

「本当ですか?」


ベルはしばらく耐えていたが遂に我慢できなくなって一気に食べてしまった。

ベルの頭に急激にアイスの冷たさが伝わる。


「〜〜〜〜〜!!!」

「ほら、言わんこっちゃない。やっぱり頭痛くなっちゃってるじゃないですか。」

「ーー!ーーー!」

「喋れてないですよ。」



ベルが頭痛に悶える中、医務室の扉が開いた。


「起きたようね。」


桃色の髪を低めのところでツインテールにした女性が入ってきた。

彼女も白いマントに青を主とした制服を着ているが、地動隊とは微妙にマントの刺繍が違った。


「はい、先ほどはありがとうございました。」


そうアリエが彼女に礼を言った。


「礼はいいわ。私も最高神様からの指令を受けて、駆けつけただけだし。」


一瞬、亘希は彼女と目が合った。しかしなぜか彼女はすぐに目を逸らした。


「…?」

「この方はレイエルです。地動隊の別動隊、月影隊の隊長をされています。」

「レイでいいわ。よろしく。」

「は、はい、こちらこそよろしくお願いします…レイ…さん。」


軽く握手を交わした後、彼女――レイエルは皆に背を向けた。


「もう回復したみたいだし、私は帰るわ。それじゃ…」

「待ってよレイ!」

「…!ベル…。」


いつの間にか復活していたベルがレイの手を掴んだ。


「久しぶりなんだからもう少し話そうよー!」

「…忙しいから無理。また今度にして。」

「えー、何でさー!」


ベルが頬を膨らませる。


「ぼ、僕も…!お礼もしたいですし…!」


彼女の藤紫色の瞳が亘希を映し出す。


「…はぁ…。少し話すのはいいけれど…私はお礼を言われるような立場ではないわ。」

「えっ?」

「私はただあの方の意思に従っただけ。あなたを助けたのは私の意思じゃない。私はあなたを助けようなんて微塵も思わなかった。」

「…レイ、その言い方は少し…。」


アリエが割って入って言い方を改めさせようとするが、


「本当のことを言ったまでよ。私は人間の生き死になどどうでもいいもの。」


彼女はそう冷徹に言い放った。気まずい沈黙が医務室の中を流れる。



「あーっ、分かった!」


そうベルの納得したような声が響き渡った。


「つまりはいつものツンデレ…だね?」

「はぁ…!?私はそんな…。」

「嘘はいいよ。私は分かるから。レイがちゃんと亘希くんを心配してること。」

「っ…。」


レイは気まずそうに顔を背けた。


「そんなこと…思ってない…。」

「嘘だよ〜。」

「…。」


レイは静かに立ち上がった。


「あっ、もしかして怒っちゃった?だったらごめん…。」

「いいえ。怒ってはないわ。」


そしてゆっくりと出口に向かって歩き出した。


「…私はもう行くわ。」


レイは軽く振り返ると小さな瓶を亘希に放り投げた。


「これって…?」

「魔法用の鎮痛剤。またどこか痛くなったら飲んで。」

「…!ありがとう…!」

「別にお礼はいらないわよ…。一応説明しておいてあげるけど、私があなたにかけた魔法は記憶消去。渾沌(アイツ)の目には目を見るだけでその記憶を介して脳を刺激する特別な術式がある。だからその記憶さえ消してしまえば相手はもう干渉はできない。記憶消去にもほとんど副作用はないから安心して過ごすといいわ。」

「全部話しましたね…。やっぱり心配してるんじゃないですか?」

「いいえ、これっぽっちも。あとは好きにすればいいわ。」


レイは勢いよく扉を閉めて去っていった。


「むぅ…結局お話してくれないじゃん…。」

「仕方ないですよ、彼女も忙しいですし。」

「それはそうだけどさ…。」


ベルは大きくため息をついた。


「そういえば、記憶ってどこまで消えてるんです?私、その類の魔法は少々苦手でして、あまり詳しくは知らないんです。」

「う〜ん…混沌が来たこと自体は覚えてるかな…。でもあの子の目の部分だけ靄がかかってるみたいに思い出せないって感じ。」


大広間に彼女が現れたことも、その後に夢にまで現れたこともはっきりと覚えている。だがその虹色であったはずの目は何度思い返しても思い出せなかった。


「目の部分の記憶だけが切り取られてる…といった感じですか?」

「うん。」

「流石卓越した魔法の技術ですね…。初めてお会いした時から素質は感じていましたが。」

「記憶消去ってそんなに難しい魔法なの?」

「はい、特に神はこの系統の魔法を苦手とします。元々は悪魔が神と戦うために作った魔法ですから。」

「えっと…悪魔って元々は神なんだよね?じゃあなんで…。」

「神に比べて悪魔の方がマナの吸収効率が良いんですよ。地獄ではマナが極端に少ないため、マナを生命の源とする私たちは長くは生きられません。しかし堕天した彼らはその少ないマナを極限まで吸い上げてしぶとく生き残った。それが子へ、またその子へと世代が変わる度により魔力を吸い上げられるように性質を変化させていったんです。」


そう言ってアリエは手をかざした。その手には暖かな光が浮かんでいた。


「これがマナです。これが私たち神の体内に入りエネルギー変換されることによって魔力となり自由に使えるようになります。これが普通の神が吸収できるマナの最小限の大きさです。これ以上小さいマナは私では取り込めません。しかし悪魔と性質の近い者、例えばお嬢様がそうですが、そういう者や卓越した魔力の使い手ならばこの程度の微量なマナでも吸収し活用することが可能です。記憶消去はその小さなマナを操作して相手の消したい記憶と結びつけさせて外に出させ、それをまた魔力に変換して自らの体に吸収するという結構難解な魔法なので言わば超上級者向けの魔法といったところでしょう。」

「あんまりよく分からなかったけど…とりあえず記憶消去がすごい魔法だってことはわかった。」

「それだけ分かれば十分です。私もよく分からないので。」

「ははは…。」


亘希は苦笑いした後、大きく伸びをした。


「もう歩けそう。それでその…最高神様にはいつ会いに行くの?」

「おそらくレイから知らせを聞いて、それぞれ迎えが来るでしょう。それまではここで待機です。」

「分かった。」


未だに亘希は自分が最高神ともあろう人に会えるのが信じられなかった。ずっと昔から祈りを捧げてきた亘希からしては嬉しい限りであるが、その気持ちには少しの不安と緊張が入り混じっていた。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…!」


部屋から出たレイエルはひとり人気のない廊下を駆けていた。


ドクン…ドクン…ドクン…ドクン…


抑えていた心臓の鼓動がまた高らかに鳴り響く。


――駄目だ。あの子と一緒にいればいつもペースを崩される。

私は友情を育むような暇な時間はない。恩を返してもらえるような存在ではない。


私はただあの方のためだけに。永遠の贖罪のために。返せなかったあの方の恩のために。


城の北階段まで来たところで彼女は立ち止まった。誰かの足音がしたからだ。

コツコツと一定のリズムで降りてきたその足音の主は長い口髭を蓄え、白髪を生やした老人だった。手には杖を持ち、自分の体を支えていた。


「む?レイエルか。どこに行っていた?」

「ベル様のご様子と彼女の契約者を見てきました。もうすっかり回復されたようです。指示を、ミカエル様。」


ミカエルと呼ばれたその老人は自らの長い髭を撫でながら杖をつきつつ一歩一歩前へ歩く。


「…最高神様は回復次第すぐに案内させよと仰せだ。」

「では私が…。」

「まぁ待て。私も一騎士として、その皐月亘希とやらに興味がある。私が行こう。」

「…お身体は大丈夫なのですか?」


そうレイエルが尋ねると彼は目を閉じて少しため息をついた。


「はるか昔の古傷からまた血が滲んだだけだ。心配するな。」


そう言い残し、彼は去っていった。


レイエルはその背中を静かに追っていた。




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