第四十一話、共に。
「静香…?」
そこには静香が一人で椅子に腰掛けていた。
静香はにっこり笑ってゆっくりと立ち上がった。
「よっ、おにいちゃん。会議ぶりだね。」
「…そうだね…。」
四神会議。そこで静香は四神の一人・青龍と共に現れた。
普通の人間ではあの場に顔を出すことさえ禁忌らしい。亘希の場合、最高神の娘・ベルゼ・バアルと契約していたことと、麒麟の機転で参加が許されたが、静香はどうやって…。
「…疑問に思ってるんでしょ?」
「えっ?」
「四神会議で、私が来てた理由。」
…お見通しだったようだ。
静香は持っていた手提げ鞄から水筒を取り出して数口飲むと、
「…ちょっと…歩こっか。」
そう微笑んで言った。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
川のほとりを二人で歩く。
「――この場所はね、先代四神の一人、応龍さんが作った場所なんだ。最初は岩と木しかない場所だったんだけど、応龍さんが岩を切り拓いて神々の街を作り、その後に四神になった青龍さんがここに川を流した。そういう、歴史ある場所なんだよ。」
「へぇー…。」
前を歩く静香の後をついて、亘希はゆっくり歩いていた。
「あぁ、ごめんごめん。話が逸れちゃったね。」
「いや、いいよ。勉強にはなったし…。」
静香は歩みは止めずにちらっと亘希の顔を覗くと、少し目を瞑った後また前を向いた。
「私ね、あの夜おにいちゃんとベルが一緒に歩いてるのを見て驚いたんだ。そしてこうも思った。私と一緒だ、って。」
「一緒…?」
亘希がそう尋ねると、静香は静かに微笑んだ。
「そう、一緒。つまり、契約者ってこと。」
「ってことは静香も…?」
「うん、私も。」
静香は背中で手を組んで空を見上げる。
「私ね、青龍さんと契約してるんだ。」
「え…青龍さんと?」
「うん。私の親が神職で、神社やってることはおにいちゃんも知ってるでしょ?」
「うん…。」
静香の親は亘希の家の近所で神社をやっている。近所でも有名な神社でそれなりの敷地がある。
「私はそこであの人と会ったんだ。あっ、知ってる?青龍さん、ああ見えて食い意地が張ってるんだよ〜。初めて会った日なんか、自分への捧げ物じゃないのに御供物全部食べちゃってさー!」
「へー、意外だな…。」
妹や麒麟の前での青龍は、さすがお姉さんって感じで頼もしかった。やはり、静香が見た姿の方が素なんだろうか。亘希にも弟がいるので、素と兄弟に見せる態度が違うのはよく理解できる。
「あの時はとても驚いてたよー!『何で私が見えるのー!』って!私も神様を見るのは初めてだったし驚いたんだけどね。その後私たちはすぐに仲良くなったんだ。」
「確かに。静香なら誰とでも仲良くできそうだ。」
「もー、褒めても何も出ないよ!」
静香が振り返り、満更でもなさそうに笑みを浮かべて顔を逸らす。
再び二人で歩き出す。
「まー、とにかく!私たちはこうして出会ったんだ。それから何度も会って話をして…、いろんなことを教えてもらったなー。まぁ、ほとんど白虎さんへの愚痴だったけど。」
「ああ…。」
容易に想像がつく。あの二人はどこまで行ってもライバルらしい。
「そしてある日、契約を頼んだんだ。あの人は驚いてはいたけど、すぐにOKしてくれた。」
「…静香は何を願ったの?」
静香は一瞬立ち止まったがすぐまた歩き出した。
「…秘密。おにいちゃんにはまだ教えてあげないよーだ。」
「えっ、教えてよ…!」
「だーめ。おにいちゃんだってあの子と何を契約したの、って聞いても教えてくれないでしょ?」
「いや、言えるよ。後悔とかもしてないし、恥ずかしいとも思ってないから。」
振り返った静香は少し驚いたような表情で亘希を見つめていた。
「ぷっ!」
「?」
「ぷっふふ、ははっ、はははっ!」
静香は、大笑いしていた。息が続かなくなるまで笑い続けていた。
「今の笑うところかな?」
「いやごめんごめん…!でも…!ぷっ…!」
「また笑った!」
「ごめんって!ぷふぅ…!でも、やっぱりおにいちゃんはおにいちゃんなんだなって!」
「…?それってどういう…」
そう質問しようとすると静香は自分の指を亘希の唇に当ててイタズラっぽく微笑んだ。
「教えてあげなーい!ま、いつかは教えてあげるかもね!」
「いつかっていつさ…。」
「ま、気長に待ってなよ。楽しみにしといてね!」
「覚えてたらね…。」
そう亘希は苦笑いした。
再び歩き出してしばらくして、また静香が話し出した。
「…契約してたこと、今まで黙っててごめんね?」
「え?」
「私さ、怖かったんだ。おにいちゃんに怒られるんじゃないかって。契約なんて危ないことして、何かあったらどうするんだって、言われるんじゃないかって…。」
「静香…。」
「ごめんね。多分私は、後悔したくないんだよ。過去も全部。私は今までこうしてきてよかった。後悔なんてあるわけないって、笑えるような人生がしたい。そう思ってるから。」
静香はまるで遠くを見るような目でそう言った。
「だから否定されるのが怖かったんだと思う。おにいちゃんに怒られちゃったら、私は多分後悔しちゃうと思う。だから黙ってた。卑怯だよね、私。おにいちゃんが契約してることは勝手に知ってたのに自分が契約してることは教えないなんて。」
そう言う静香の背中は、ひどく寂しげで、儚げだった。
静香は立ち止まり、深く息を吸うと、深く頭を下げた。
「今まで黙ってて本当にごめんなさい!これまで黙ってた償いは必ずするから!だから…!…!」
気づけば静香の頭を優しく撫でていた。肌をさする静香の綺麗な黒髪が心地よい。
「おにいちゃん…?」
「責めたりなんかしないよ。そんな償いなんてしなくていい。」
こうやって静香の頭を撫でたのはいつぶりだろう。もう何年も頭を撫でたことはない。
「何で契約したのかは知らないけど、多分それだけ静香が叶えたい何かがあったんだと思う。それを否定なんてできないよ。」
「おにいちゃん…でも…!危険かも知れないんだよ…!?契約っていうのはどちらにも何かしらの利がないと成立しない。それはつまり私もあの人の力にならないといけないってこと…!それがどんなに危ないことか分かって…」
「分からない。でも分からないなりに考えてる。それでも、僕は責めたりなんかしない。静香が選んだ道なんだからたとえ僕が兄弟だったとしても口出しはできないよ。出来てもせいぜい背中を押してあげるだけ。応援することしかできないんだから。」
「おにいちゃん…。」
「それに、青龍さん、話した感じいい人そうだったよ。まぁ、静香の契約相手がヤクザみたいな強面の奴だったら少し答えが詰まったかも知れないけど、あの人なら大丈夫。そう思えたから。まぁ、見た目で判断することじゃないけどね。」
静香は涙で濡れた目を震わせながら、亘希の顔をまっすぐ見る。
「僕は静香が選んだ道を無理に止めたり、怒ったりはしない。まぁ、僕も契約してることは黙ってたしお互い様だし。これからは同じ契約者として、よろしくね、静香。」
そう差し出された手を静香はじっと見つめていた。しばらくして静香の顔にいつも通りの満面の笑みが浮かんだ。
「…うん、こちらこそよろしく、おにいちゃん…!」
頬から溺れ落ちた涙を拭って、静香が亘希の手を取った。静香の少し冷たい体温が心地よい。
「…うん。よろしく、静香。」
二人は熱い握手を交わした。その後で静香は月を見ながら小さく呟く。
「…もう、おにいちゃんは本当にズルいよなぁ…。ほんと好きだよ、こういう着飾らないトコ。」
静香の顔は赤くなっていたが、亘希はこの呟きは届いていなかった。
「…?静香、何か言った?」
「ううん、なーんにも。」
そう言って静香は答えをはぐらかす。
「さて、私はそろそろ行くよ。ちょっと用事もあるしね。ここで別れよっか。」
「うん、また。」
「うん。じゃまたねー!」
そう言って静香は夜の闇の中へ消えていった。
「何話してたんですか?」
「うわぁ!?」
急に首元でそう言われて思わず飛び上がる。アリエだ。
「何だアリエか…。」
「アリエで悪かったですね!」
「いやそういう意味じゃないから。」
「分かってます。」
そう冗談なのか真実なのか分からないことを言った後、アリエは旅館へ帰る道を歩いていく。その後を離れないように少し早歩きでついて行く。
「で、静香さんとは何を?」
「いや、ただ青龍さんと契約してるって話。他は特にしてないよ。」
「…そうですか。」
アリエは静かにそう呟いた。
「まぁ、何はともあれ、明日は特に用事はありませんからこの天国を案内しましょう。」
「えっ、いいの?」
「はい。ですがその前に、私からお願いがあります。大事なお願いです。よく聞いてください。」
そういうアリエの目はいつになく真剣だった。




