第四十話、龍の娘たち。
「――さて、改めましてお久しぶりです、ベルゼ・バアル様、そして皐月亘希さん。」
玄武が丁寧に頭を下げ礼をする。
「久しぶりー!元気してた?」
「はい、この通り、八岐大蛇の躾も励んでおります!」
横でぐたっとしている八岐大蛇を指差し、玄武がにっこり笑う。
「…まぁ、今のを見たらそう信じざるを得ないよ。なんかやり過ぎな感じもするけど…。」
「そうですか?このくらい容易いものだと思いますが…。」
「基準はどうなってるんだよ。」
そう首を傾げる玄武にツッコミを入れながら亘希は小さくため息をつく。
「なんかデジャブを感じるなぁ…。アリエの時も同じ感じだったような…。」
アリエとの訓練の時、彼女も亘希に腕立て伏せ50回などという厳しい上に数の多い鍛錬をさせながらも、十分少ない量だと言い張っていた。
「ああ、アリエとは昔からの仲なので。あの子が隊長に昇進する前は同僚でしたし。懐かしいなぁ…一緒に滝行をしたり岩を素手で割ったり…。」
「なるほどね…。そりゃ二人とも基準が度を超えて高いわけだ…。」
納得がいった。本当に二人はいったいどんな環境で暮らしてきたらあんな風になるのだろうか。
「…そういえば、朱雀先輩も後ほどここにいらっしゃるそうです。」
「朱雀さんってどんな人なの?」
「朱雀先輩はとても優しくて、尊敬する先輩です。ちょっと抜けてたり常識はずれだったりはしますが…。それを含めてもいい先輩だと私は思っています。」
「へぇ〜、玄武さん私のことそういう風に思ってくれていたのね〜。嬉しいわ。」
ドアの隙間から赤髪の女性がこちらを覗いている。朱雀だ。
「朱雀先輩!?もういらっしゃってたんですか!?」
「ええ、ちょっと早く着きすぎちゃったけど、おかげで良い事が聞けてよかったわ。」
「もう…!ズルいですよ…先輩…。」
玄武が顔を赤くする。
その様子を見て朱雀はしゃがんで玄武の頭を撫でた。
「私も、玄武さんのこと、とても良い後輩だと思ってるわよ。」
「先輩…。」
「あなたは努力を怠らない。いつか、私たちも追い抜かれてしまうかもしれないわね。」
「と、当然です!いつか必ず、私は先輩方に肩を並べるようになります!」
「良い心がけね。待ってるわ、遥か高みで。」
「…!はい!」
「…って言ってもあたしに追いつくのはまだもう少し先かもな。今はせいぜい青龍を抜かしたってあたりか。」
「何言ってんのよ!逆に決まってるでしょ!?私はアンタより遥か上にいますー。」
「はぁ!?んなわけねぇだろ。あたしの方が上だコラ。」
いつの間にか起きていた青龍と白虎も二人の間に首を突っ込む。
「お二人とももう起きてたんですか…。」
「あんな手刀、起きようと思えばいつでも起きれたんだ。少し芝居をしてやっただけだよ。」
「その割には白目むいて泡吹いてましたけど…。あれも演技ですか?」
「…ッ!あ…あ、演技だ…。」
「嘘つくんじゃないわよ。私の方が先に起きたじゃない。アンタはまだ寝てたでしょ。」
「うっさい!余計なことを言うな!」
また二人が喧嘩を始めようとする。日常茶飯事のその光景を見て、玄武と朱雀はため息をつく。
「先輩…もう一発打ちましょうか?今度は朱雀先輩もいるので倍眠ってしまいますけど。」
「…、わーったよ!喧嘩はお預けだ。」
「じゃあここは私の不戦勝ってとこで…。」
「ちげぇわ!おい青龍…」
玄武と朱雀が無言で拳を見せる。その顔はにっこりと笑っていたが、微かに感じるその殺気のようなものに白虎は背筋がゾクっとした。
「…ったく。あたしは店番に戻る。あとはゆっくり過ごしといてくれ。」
「言われなくてもそうさせてもらうわ、バカ虎。」
「ああそうかい、じゃあまた次の会議でアホ龍。」
そう言って白虎は去っていった。
その様子をベル達は苦笑いしながら見守っていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「改めて、朱雀です。これからよろしく。」
「こちらこそよろしくお願いします、朱雀さん。」
「うふふ、敬語は結構よ。普通に接してもらって構わないわ。」
「…分かった。こちらこそよろしく。」
亘希とベルは朱雀と硬い握手を交わした。
「あっ、そうそう!これ忘れ物。」
「えっ、なになに〜?」
朱雀は部屋の外から何かを引きずって持ってきた。
「あっ。」
「騎士兼友達を忘れるとは一体どういうことですか、お嬢様。」
そういえばアリエを部屋に置いてけぼりにしていた。磔にされていて動けないので部屋から出ることもできなかったのだ。
「あ〜…それはその…ごめん。」
「私は動けないんですから主人であるあなたに動かす義務があります。以後お忘れなきように。」
「はいはい。」
「それ、聞いてない時のセリフじゃないですか。返事は一回!」
「はーい。」
ベルが適当に流すのを聞いてアリエが大きくため息をつく。
「はぁ…姉様、拘束を解いて下さい。」
「…。」
頼まれた黒龍は許可を請うように赤龍の方を見つめる。赤龍がにっこりと笑い親指を立てたのを見るとせっせと拘束魔法を解除し始めた。
解放されたアリエがスタッと地面に降り立つ。
「ふぅ…やっと出れました…。姉様たちも応姉も、二度とこんなことはやめて下さい。」
「…コク。」
「分かったわよ〜。むぅー。」
「妹の頼みなら仕方ないな〜。じゃあ次は別の方法で…」
「やめて下さい。」
アリエは凝った肩をほぐすように大きく伸びをする。
「んっ、さて…。お嬢様、私の姉たちをご紹介いたします。」
「おっ、待ってました!」
ベルがノリ良く拍手をする。
「まずは長女、青龍様。」
「四神会議ぶりね。あのバカ虎もいなくなったし、気兼ねなく話せるわ。よろしく。」
「こちらこそ妹さんにはとってもお世話になってて…!」
「そうでしょうねぇ。私の自慢の妹よ!」
アリエより少し濃い青色の髪を長く伸ばした青龍が胸に手を当てて胸を張る。
「これからも妹をよろしくね。そして、ベル様、妹を頼みました。」
「うむ、くるしゅうない!頼まれた!」
「ありがとうございます。」
そう深々と礼をする。彼女達の上司である麒麟は特にベルを敬う様子を見せることはなかったが、他の人がこうして敬っているのを見ると、やはり麒麟だけが例外のようだ。
次にアリエは黄色いメッシュが入った緑髪の女性に目線をやる。
「次は次女、応龍様。私たちは親しみを込めて『応姉』と呼んでいます。」
「へぇ〜。」
「称号としては、先代地動隊隊長。前もいつか話したように四神は中国を守護していましたが、応姉の代あたりから対象を日本に移したそうです。」
「ほうほう。」
ベルが興味深そうにアリエの話に聞き入る。さっきとは大違いだ。
「応龍といいます。二人ともよろしく〜。」
「よろしく!そうだ、これお土産!」
どこに隠していたのか服の裾から次々とワッフルが転がり落ちる。
「あら、ありがとう〜。私からも…じゃあ…飴ちゃんあげるわ。」
「大阪のおばちゃんかい。」
こちらもどこから出したのか大量の飴が入った袋を取り出す。
最後にアリエは黒髪の女性の方を向いた。確か黒龍と呼ばれていた子だ。他の龍たちと違い、一般的に考えられる龍のツノのようなものが三本も付いていた。頭からは二本の銀色のねじれ曲がったツノが生え、鼻の上あたりからオレンジに光るツノが生えている。
「次にこちらが四女、黒龍様。私とはあまり歳は変わりません。」
ふと亘希と黒龍の目が合った。すると黒龍はビクッと飛び上がり柱の影に隠れてしまった。
「姉様は人見知りなんですよ…。たまに私相手でもああなります。」
「ああ…なんか分かる気がする…。」
ベルと会う前の自分もあんな感じだったか。懐かしい思いにそう浸っていると、
「では、最後に三女、赤龍様。」
アリエが続けて奥で変なポーズを取っている赤龍を指差す。
「あ、私…いや、我の紹介か。かっこよく頼むぞ、我が最愛の妹よ。」
「はいはい。まず一言で言うと変な人です。」
「っておーい!早速辛辣だな!?」
赤龍が大袈裟にズッコケる。
「本当のことじゃないですか…。まあ、そういうところも含めて私は大好きですが。」
「…!アリエ〜!やっぱりお前は可愛いなー!」
「もう…!引っ付かないでください…!」
目に嬉し涙を浮かべながら赤龍がアリエに抱きつく。
アリエはそれを鬱陶しそうにしながら顔が赤くなっていた。
「…これで紹介は以上です。」
「ふっふっふっ、一つ付け加えるなら、我こそが最凶ってことと、えーとそれと…」
「一つじゃないじゃないですか…。」
アリエは大きくため息をつき、お茶を啜った。
「…さて、そろそろ部屋に戻りますよ。玄武様たちの邪魔になってしまいます。」
「私は別に気にしませんよ?なんならこの部屋に泊まっていっても…」
「お気遣い感謝です。ですが、さすがにこの人数をここに泊まらせるのは忍びないですから。」
「分かったわ。私はどうしようかしら?」
「お姉様はここでごゆっくりお過ごしください。この騒がしいのと一緒にいるよりいいでしょう?」
青龍は一瞬キョトンとしたが、すぐに優しく笑った。
「…それもそうね。じゃ、私はここでアイツとのストレスを癒すとするわ。」
「うむ、我が許可しよう!…ってか、騒がしいのってもしかして私?」
全員が無言で頷く。
「全員一致かよー。」
赤龍が頬を膨らませる。
「それだけうるさいってことですよ。さ、行きますよ。」
アリエは柱に隠れていた黒龍の手を取ってさっさと階段を登っていく。応龍もすぐ後を追った。
「あっ、アリエ待ってよ〜!」
それを急いで追いかけるベルの背中を追って廊下を走る。後ろから赤龍の足音もする。
ふと、風が耳を掠めた。
おそらく廊下の窓の隙間から入ってきたのだろう。そんな何の変哲もない風だが、どうしてか気になって立ち止まった。
「ぐぇ!」
後ろすれすれを歩いていた赤龍が亘希の背中に衝突する。
「あっ、ごめん!大丈夫?」
「あっ、だいじょうぶ、なのだ…。我は最強…。うぅ…!」
そう鼻を抑えて言うから説得力もない。
「どうかしたのか?」
「いや、その…。」
窓から外をちらっと見る。心なしか地上より大きく見える月が雲から顔を出していた。
「赤龍、ちょっと…外に出ててもいい?」
「それはいいが…どうしたんだ?」
「いや、何となく…。特に理由はないよ。」
「ふーん…。ま、いいぞ。この我が伝えておいてやる。」
「ありがとう…!じゃっ…!」
足早に廊下を歩く。
なぜこんなにも急いでいるのか、自分でもよく分からなかった。
程なくして玄関に着き、靴を履いて外に出る。
旅館のそばを流れる川に月が綺麗に写っていた。
「…そろそろ来るかなって思ってたよ、おにいちゃん。」
聞き覚えのある声が背中から聞こえた。その声の主は旅館のすぐそばの席に腰掛けていた。
「静香…?」
静香はニコッと静かに笑った。
葉が川に落ち、川に写る月が静かに揺らいだ。




