第三十八話、豪炎の龍、ここに顕現す!
アリエが言う『厄介な者』の追跡を避ける為に、旅館『森羅乃旅園』にたどり着いたベル達三人。
「森羅乃旅園…?」
聞き覚えのないその名にベルが不思議そうにアリエに尋ねる。
「はい、麒麟様からもうお聞きになられましたでしょう?彼の言っていた旅館とはここのことです。」
「ああ…。」
そうだった。麒麟からの提案で今日はここに泊まることになっていたのだった。
「さぁ、時間なんてありません。さっさと受付を…!」
変わらずアリエは早く事を済ましてこの場を離れようと急かしてくる。それほどまでにその『厄介な者』は手強いのだろうか。
「アリエ…追ってきてる『厄介な者』って…?」
そう尋ねるのが先か何者かが降ってくるのが先か、どちらにせよ亘希の声はその轟音によってかき消された。
「…!?」
降って来た何者かは旅館の軒に着地し、その衝撃で屋根が一部崩れた。
「やっぱり追いつかれましたか…!やはり一人で逃げる方が得策でしたか…。」
屋根の上の影がゆったりと立ち上がる。
「――クックックッ、フハーッハッハッハ!我、古より眠りから目覚め、今ここに再び顕現す。さぁ、恐れ慄け我が力に。震えるがいい、我が豪炎に!」
長い髪を後ろでまとめているその女性は派手な紋様と意味不明な文字が書かれた眼帯を付け、左腕には包帯を巻いていた。この奇抜な姿にこの特徴的な言動。これはまさか…
「ねぇ、あの子って…、」
アリエは呆れ顔で小さくため息をつくと、
「あの方は赤龍。私の姉です。そして――、」
赤龍が二人がそう話している間にも奇抜なポーズを続けながら理解し難い言葉の羅列を繰り返す。そして最後に決めポーズをとり名乗った。
「我が名は赤龍。この現世を豪炎で包み、混沌をもたらす存在なり!」
それを見届けてから、アリエはこう続けた。
「現役の厨二病患者です…!」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「厨二病…。」
アニメや漫画でもよく耳にする言葉だ。亘希の周りに厨二病の患者がいたことはなかったが、どういうものかはある程度理解している。
「厨二病…か…!それは手強いね…!」
ベルは鎌を構え、屋根の上の赤龍と向かい合う。
「手強い…?厨二病と強さにどんな関係が…?」
亘希がそう尋ねると、ベルが説明してくれた。
「前にも言ったでしょ?魔法は想像と実際の言葉が結びついた時、最も強い効果を発揮する。つまり、イメージが大切なんだよ。その点厨二病は想像力の極地とも言える。つまり…」
「他の者より圧倒的に魔法の精度が高い…!」
警戒しながら鎌を構えるベルを見て、赤龍がニヤっと笑う。
「ほう、我に逆らうというのか!面白い…!終焉と混沌をもたらす我が灼熱の炎で貴様らの精神を粉砕してやろう!」
「くっ、悔しいけど…なんかかっこいい!よーし私も…!」
「お嬢様は真似しなくていいです。余計に訳分かんなくなるので。」
「え〜。ほら、私の『ベスビオ・インパクト』とか、カッコいいのはカッコいいんだけど何か物足りない感じがしてたんだよね。あんな感じで言葉使いもカッコよくすればもっと…!」
ベルが目をキラキラさせて同意を促す。
「今のままの方が十分カッコいいですよ。」
「えっ、ほんと!?えへへ〜、照れちゃうな〜。」
「はぁ…単純ですね、貴方は。」
ベルを庇うようにアリエが一歩前に出る。
「姉様、今は別に戦う理由もないでしょう。一旦ここは退いて頂けるとありがたいのですが。」
「お〜、可愛い我が妹よ!分かった、じゃあ退く!」
「ほら…そんなこと聞く訳が…え?」
「可愛い妹の頼みとなれば仕方ないな!」
「え?え?」
あっさり戦いは始まらずに終わってしまった。
「よっと…」
赤龍が屋根から勢いよく飛び降りる。
「ほんと久しぶりだな〜。数ヶ月ぶりってとこか?」
「そうですね。姉様もお変わりなく…わっ!?」
赤龍が一瞬で接近し頬を擦り付ける。
「むふ〜、数ヶ月ぶりのアリエのほっぺ…!たまらんな〜!」
「ちょっ、やめてください!恥ずかしいですから…。」
そう顔を赤くするアリエに赤龍は不思議そうに首を傾げる。
「恥ずかしい?私はそう思わないけどな〜。ほら、もっと触らせろ〜!」
「やめっ…怒りますよ!あっ、くすぐらないで…!ふっ、ふふっ!!」
人前にも関わらずいちゃつき始める二人をベルと亘希はただ呆然と見つめていた。
「なんか…落差がすごいね…。」
「ね。いつの間にか一人称も我から私に変わってるし…。」
最早さっきまでの威厳はもうどこにもない。
「で、何でお姉さんから逃げてたの?」
そう聞くとアリエは渋い顔をして下を向く。
「…そりゃ…姉様一人ならまだ許せます。いくらか対応の方法はありますし。しかし…貴方だけではないのでしょう?」
アリエがそう尋ねると、赤龍は首を縦に振った。
「おお、よく分かったな。おーい、出てきていいぞ〜!」
壁の影からいくつかの小さい影が出てきた。その面々をみてアリエは大きくため息をつく。
「全員来てたんですか…。」
アリエの言う通り、そこにはアリエと似た雰囲気の女性があと二人も来ていた。
「紹介します、まずこちらが私の姉の…」
「えい。」
「…なっ!?」
その内の黒髪の女性が頭のツノのような部分からレーザーのようなものを放った。
途端にアリエの体は硬直し、磔にされる。
「ふひひっ、作戦通り!応姉!黒龍!このまま運び込め〜!」
「わかったわ!」
「…コク。」
抵抗できないアリエを黒龍と呼ばれた女性と、応姉と呼ばれた女性が担ぎ上げ旅館の中へ運んでいく。亘希たちはしばらく呆気に取られていたがしばらくしてハッとする。
「…追う?」
「だね…。」
何が何だかわかんないが、とりあえず今は消えたアリエを追わなくては。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
中は外見通りまるで日本の旅館だった。木でできた廊下に、襖で仕切られた部屋。小学校の修学旅行を思い出す。
「結構広いね…。アリエたちはどこへ…?」
扉は何枚もある。片っ端から開けていけばいつかは見つけられるだろうが、手間がかかりすぎる。
「…!いや、声が聞こえる。」
「え、ほんと?僕には聞こえないけど…。」
「私、耳いいんだ〜!えっと…こっち!」
ベルが駆け出していくのを必死に追う。
「多分この部屋!」
「ほんとに…。あっ。」
部屋の前の張り紙には魔法陣の絵と共に拙い字で『我、ここに封印されし破滅を司りし龍。絶対に開けるべからず。』と書かれている。
「絶対ここだ…!」
「よし…御用だ!開けろ〜!」
「ちょっ…!?そのまま開ければいいじゃん!」
「え〜、開けるべからずって書いてあるじゃん!」
「それは律儀に従わなくていいから!」
「開けんかいコラァ!ドア開けんかい!」
「懐かしいネタするなぁ…。」
何度もベルがドアを叩くが返事はない。
「仕方ない、ここは強行突破だよ、亘希くん!」
「だから最初からそれでいいって言ってるじゃん…。」
ベルはそのままドアを開ける…わけではなく後ろへ下がった。
「えっ?どうしたの?」
そしてそのまま助走をつけ、突進して襖を打ち破った。
「ちょっと!?何やってるの!?」
「これで開けてな〜い!倒しただけだよ!」
「お前は一休さんか。」
そうツッコミを入れつつ、部屋に侵入する。
「あ〜〜〜〜っ!!」
ベルがそう声を上げるのも無理はない。なぜならアリエのくすぐり大合戦になんと青龍まで参加していたからだ。
「あっ。」
「あっ。」
気まずい沈黙が流れる。そんな沈黙を壊すように赤龍が再び仕掛ける。
「ほれ、もう一回だ!ほれほれ〜!」
「やめてください!もう息が…!ぷっ、ふふっ!」
なんだこの状況。
ベルが襖を破り、あの青龍がくすぐりに加わり、アリエも抵抗できずに見るも無惨だ。情報量が多すぎる。
「何やってんだお前ら!」
その混沌を崩壊させる怒声。
「げっ。」
「何でお前までいるんだよ!」
「いちゃ悪い?」
「悪くはないが…。まぁいいや。一旦置いておこう。」
部屋にやってきたのは白虎だった。四神会議ぶりの再会だ。
「白虎さん!?」
「あっ、お前らか。さっきぶりだな。」
「何でここに…?」
「何でって…。ここはあたしの店だ。」
「えっ!?」
「正しくはお袋の店だがな。あたしがここで手伝ってるんだ。まぁ、そんなことより…」
凄い剣幕で龍たちを睨みつける。
「取り敢えずお前ら、屋根の損害、焼けた木材…。弁償しろよ?な?」
その迫力に龍たちは動けない。
「それとお前、襖の弁償だ。」
「へ?」
「今すぐ、みっちり払ってもらうぞ。さもなくば…。」
拳を震わせながら白虎がにっこりと笑う。
「殺す。」
暗くなった空に、龍たちとベルの悲鳴が響き渡った。




