第三十六話、無限の先の休み所。
「――さて、そろそろ会議はお開きにするか。話すことは話したしな。」
その後もいくつかの議題が続いた後、麒麟はそう言って会議を締めくくることを宣言した。
「あっ、そうだ。皐月亘希。」
「っ!?はっ、はい…!」
「そんなに怯えなくても良いと言っているだろう…。」
まぁ、無理もない。ただ前にいるだけで威圧感に押しつぶされそうになる。圧倒的強者感。
戦いに慣れてない亘希でもそう分かってしまうほどだった。
「まぁ、いい。お前にその刀を渡しておく。」
「えっ、何で!?麒麟さんのじゃ…!」
「決意の証としてでも持っておけ。あと、それは天界に来るパスポートとしても機能する。」
「えっ?」
「行きは馬車に乗ってきただろう?あれは下界の者であるお前を天界に入れるために私があらかじめ作っておいたものだ。普通下界から天界へはいくつか存在する『入り口』を通って入るものだ。だが、そこは厳重な警備が置かれているため普通の人間は入ることができない。この馬車はその入り口を無視してこちら側に来ることができる優れ物だ。」
確かにあの時はすんなりとこの場所に来れた。それほど時間もかからなかったしどういう仕組みなのだろうとは思っていたが。
「ただあれは私抜きでは動かせない。何せあの馬たちは私のいうことしか聞かない忠実な子達だからな。だが、お前がああ宣言した以上、お前はこれまで以上にベル嬢に関わらなくてはならない。だからお前もベルと共に天界に一時的でも来なくてはならない日は必ず来るだろう。その時私の都合がつくかは分からない。よって…」
麒麟は亘希に渡した刀を軽く撫でた。
「この刀に私の魔力を込めておいた。それを見れば否が応でも私がお前に来ることを許可したとしか思えないだろう。さっきも言った通り、古い禁忌だ。それが禁忌であることすら知らずに過ごしている者も多い。それに、入り口の管理者には私のツテもいる。上手く言えば入れてくれるだろう。」
「そんなことして大丈夫なんですか…?ただでさえ禁忌を破ってるのに…。」
「そんなこと私が一番理解している。だが今私はお前たち二人に賭けている。この先の天界の行く末を。それのために罰を受けることになったとしても後悔はない。…精々失望させるなよ。」
「…はい、分かりました。」
ニヤリと笑う麒麟に亘希は快く返事をした。
「いい返事だ。…そうだ、近くに宿を取ってある。泊まっていけ。」
「宿なんてあるんですか!?」
「ここら辺は歴史が古い。歴史好きの神がわんさかとやってくる。言わば観光名所と言ったところだ。色々迷惑なところもあるがな。」
まさか神々の地まで観光地化が進んでいるとは…。少々驚きつつも泊まっていくことにした。
「じゃあ、今日は誘ってくれてありがとうございました。」
「気にすることはないさ。またいつでも参加してくれ。」
「…うん。」
こうして会議は終わり、亘希たちは麒麟と別れたのだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「――いや〜、緊張した〜!」
「いや、ベルは特に何も話してないでしょ…。」
「え〜、そうかな〜?」
会議が終わり、二人で道を歩く。
人間の世界と同じように川が流れ、雲が流れていく。天界に来たのに天界に来た感じがしない。それはそれで変に緊張しなくていいのだが。
「そういえばさ、さっきのスピーチ、とても良かったよ!」
「え、そうかな…?」
「うん、ナイスファイトって感じで!」
「何か失敗したみたいな言い草だな…。」
だんだん暗くなる空の中、二人で笑う。ひとしきり笑った後ベルは空を見上げる。
「…でも、本当に嬉しかったんだ。君が私をずっと支えてくれるって言ってくれて。」
「ベル…。」
「アリエがいて、亘希くんがいて…今回麒麟さんも力になってくれて…。ほんと、みんなに支えられて生きてるんだなって実感しちゃった。いつもありがとね、亘希くん。」
「ううん、そんな…!お礼を言われるほどのことじゃ…!」
本当にお礼が言いたいのは僕の方だ。いつもいつもベルには助けてもらってばっかりで…。そりゃ振り回されっぱなしなこともあるけど…。それでもベルは僕の支えになってくれた。その恩返しをしただけだ。
「それにしても私をずっと隣で支える、なんて。不束者ですがよろしくお願いします!」
「そういう意味で言ったんじゃないから!っていうかさっきもこの下りあったよね!?」
「えへへ…冗談だよ〜!」
赤くなった顔を隠すようにベルに背を見せながら、亘希は小さく呟く。
「…でも、本当にそう思ってるよ。僕はベルの力になりたい。これからも、ずっと。」
「亘希くん…。」
ベルの顔が綻ぶ。
「もぉ〜、期待してるぞ〜!」
「ははは…痛い痛い。」
ニヤニヤしながらベルが肘でつついてくる。それに釣られて笑いながら二人は暗くなりゆく街道を歩いていく。
「あ。」
急にベルが立ち止まる。
「?どうかした?」
「そういえばさ…旅館の場所…聞いてなくない…?」
「あ」
二人は呆然としてしばらく立ち止まった。
「…ほんとじゃん!どうしよう…。ベルはここら辺のことは…?」
「ううん、全く知らない…。」
「やっぱり…!」
二人は知らず知らずの間に迷子になっていたのだった。
「どうしようか…!?っていうかどっちから歩いてきたっけ…?」
「へっ?そりゃ後ろから…。」
振り返るとさっきまでとはまるで景色が変わっていた。道が何本も伸び、遥か彼方へ続いている。その道の先にもまた分かれ道があり…とおかしくなりそうな景色だ。
「亘希くん…これって…?」
「本当にどうなってるんだ…?」
その時だった。聞き覚えのある声が後ろから聞こえてきた。
「お嬢様〜!」
「アリエ…!?」
振り返るとアリエが走ってこっちにやってくる。
「ふぅ〜、間に合って良かったです…!あれ、お二人ともその目は何ですか?」
「…アリエ〜!!」
ベルが勢いよくアリエに飛びつく。
「うわっ!どうされたのですかお嬢様。」
「道に迷っちゃって…!アリエが来なかったらどうなってたか…!」
そうベルが泣きつくがアリエは不思議そうな顔をして言った。
「迷う…?道は一つしかありませんが?」
「へっ…?」
振り返るとさっきまで見ていたあの長い分かれ道は綺麗さっぱり消え、たった一つの一本道が奥へ続いていた。
「こんなところで迷子だなんて聞いたことないですよ…。全く、しっかりしてください。」
「で、でも…!確かに道が…!ねっ、亘希くん…!」
「うん…!さっきまでずっと分かれ道がここに…!」
アリエは小さくため息をついた。
「はぁ…馬鹿なこと言ってないで早く旅館に行きますよ…」
突如ベルの顔が固まり、立ち止まる。
「…?アリエ…?」
「…!あっ、すみません!」
「どうかしたの?」
はっとしてアリエが駆け出す。
「ちょっとアリエ!?」
「話は後です!着いてきてください!」
こうして三人は一本道を駆け出す。
「厄介なのがきています…!」
そういうアリエの顔はいつになく険しかった。
三人は気付かなかった。遠くから見つめるいくつもの影に。
アリエが駆け出すに連れて後を追うようにその影も消えた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「もう…!どこまで走るのさ…!」
「後少しです…!」
もう五キロくらいは走っただろうか。三人とも息が切れ、汗が滴っている。
「私走るの苦手なのにぃ…!も、もう無理〜!」
「ぼ、僕も〜!」
「二人とも頑張ってください!このままじゃ撒けません…!」
「撒く…?撒く…って誰を?」
「着いたら話します。とにかく!今は追われてるんです!少しは協力してください!」
「わ、分かった…!」
アリエの強い気迫に押され、二人は限界ながらもアリエを追いかける。
アリエでさえ体力が尽きる頃…。
「や、やっと見えました…!あれが…!」
和風の大きな建物が見えてくる。三人は微かに温泉の香りがすることに気づいた。
「『森羅乃旅園…!」
どっしりと構えるその屋敷は何ともいえない美しさを秘め、三人を圧倒した。




