第三十二話、神の迎え。
『――ボクはキミを守るために存在しているんだよ。』
ん…?誰の声だ…?
『今回も、私が必ず勝ちます…!だから…!―――!』
アリエの声…?これは…夢…なのか?
『やはり来ましたね。ここから先は命を懸けてでも僕が通しません!』
『サァ、始めまショウ。世界の終末を。』
聞き覚えのある機械音のような声が聞こえる。まるで耳元で囁かれるように頭に響いている。
『ウチらに勝てると思うとるん?ほんまにそう思うとるんやったら、それは大間違いや。』
『――様、私は…。あなたが好きです。大好きです。だから…いつものように臆病な私の背中を、押してください…!』
『さぁ、始めようか。終わりの始まりを。』
――頭がフラフラする。まるでどこか深い穴の底に落ちていくように意識が沈んでいく。
このまま落ちたらどこに行ってしまうのだろう。
――いや、もういっそ落ちてしまったほうが楽なのかもしれない。
ふと下を見ると誰かと目が合った。
その人影はこちらに気付くと真っ直ぐにゆっくりとこちらに向かってくる。
何故か怖い感じはしなかった。恐怖よりも何か懐かしさのようなものさえ感じる。
その人影がこちらに手を伸ばしている。
無意識に僕も手をあちらに伸ばしていた。
指と指が触れようとした瞬間、不意に光が差した。その光はどんどん強くなり、周りを明るく照らしていく。
光が落ち着いた時にはもう穴も、人影もなかった。
『僕』もその場所から消えていた――。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「――いちゃん!おにいちゃん!もう朝だよ、起きて!」
「…んっ…。ここは…。」
「何言ってるの〜、おにいちゃんの家でしょ。」
亘希は陽光が差す自分の部屋の中で目を覚ました。
「静香…か。さっき…なんか言ってた…?」
静香はキョトンとした顔で亘希を見つめる。
「…?何も言ってないけど…。」
「そう…。分かった。」
「…夢でも見てたんじゃないかな?っていうか、もう10時だよ。そろそろ起きなよ。」
「うん…。…っていうかなんで家いるの!?」
「えへへ〜、こっそり入ってきちゃった!」
「泥棒か!怪しいことはやめたほうがいいよ…。」
「分かってるよ〜!」
体を起こしてベッドの端に腰掛ける。
そういえば、聞きたいことがあるんだった。
「ねぇ、静香、あの戦いの後、どこ行ってたの?急に姿を消したけど…。」
「あー、ごめんごめん。すぐ帰らないといけなくて。勝手に帰ってごめんね?」
「いいよ。元はといえば静香が勝手に来たんだし。でも一言くらい声かけてくれないと心配しちゃうよ…。」
「本当にごめんなさい。」
「分かればよし。」
そっと後ろを見ると、ベルがぐっすりと眠っている。昨日の戦いですっかり疲れてしまったのだろう。まぁ仕方がない。
あの戦いの後、ベルとアリエがなかなか戻ってこなかったので落ちたであろう場所へ向かうと、二人は仲良く魔力切れで倒れていた。辛うじて声は出せていたが、何故か声が枯れていた。二人を運ぼうにも家まではまあまあの距離がある。そこまで担いでいける体力は亘希にはない。どうしようか考えあぐねていると、魔力を少し回復した様子だったアリエが自分たちをワープさせてくれたので家の近くまで来れた。あとは力尽きた二人を部屋に運んで…っといった感じだ。幸い家はまだ誰もいなかった。
アリエは今別室で寝かしている。二人には心ゆくまで休んでもらいたい。
「――じゃ、私はそろそろ帰るね。少し用事があるんだ。」
「分かった。気をつけて帰って。」
「うん。」
そう言って静香はドアへ駆け出して行った。
その姿を見送った後、亘希は立ち上がる。疲れている二人のために朝食でも作ってあげたほうがいいだろう。
「確かちょうどホットケーキミックスが余ってたはず…。あった…!」
ホットケーキミックスに牛乳や卵を入れて生地を作る。
今回作るのはホットケーキ…ではなく…
「あった、これだ!」
取り出したのはホットサンドメーカー。しかも鉄板は取り外し可能で別の鉄板を付ければ…
「よし!」
凹凸のある鉄板を上下につけて少し温める。そしてそこに生地を流し込んで焼けば…
「ワッフルの完成!」
美味しそうなワッフルが出来上がった。
その瞬間ドアが勢いよく開いた。中から勢いよくベルが飛び出し、スライディングしながら席に着く。
「やっぱり来た、地獄鼻…!」
「ふっふっふっ、私に隠し通せるものなどないと思え〜!」
「別に隠すつもりはなかったけど。おはよう、ベル。」
「おはよう、亘希くん!じゃ、いただきます!」
あっという間にワッフルはなくなってしまった。
「じゃ、次のも焼こうか。」
「あっ、待って。これを使えば…」
いつぞやのコピペのような魔法。それを使ってどんどんワッフルを量産していく。こうすれば時間も費用も極限まで抑えられる。優に100を超える枚数のワッフルを作ってそれをどんどん口に突っ込んでいく。
「ほんとよく食べるよね、ベルって。」
「ふぉうふぁふぁ?ゴクン。これくらい余裕だよ?」
「ここにくる前はどのくらい食べてたんだよ…。お金とかどうして…あっ、そっか、王女様だったか…。」
「その王女様って呼ばれるのはなんか嫌だなぁ…。うまっ、うまっ。」
こうしている間にもベルは次々とワッフルを口に運び、もう完食しそうになっていた。
ベルはまた100個ほどのワッフルを作り出して、その中の一つを持った。
「…そういえば亘希くんはもうご飯食べた?」
「え?まだだけど…。」
「じゃあこれ!あげる!」
「えっ、いいの…?」
「こんなにいっぱいあるんだし、一つくらいいいに決まってるよ!」
ベルはにっこりと笑ってワッフルを差し出す。
「ありがとう…!じゃあお言葉に甘えて…。」
「あっ、待って。」
「え?」
ベルはワッフルを一口サイズにちぎり微笑む。
「ほら、あーん。」
「…!いや、自分で食べれるよ…!」
「いいから。あーん。」
「…。…分かったよ…。あーん。」
亘希が食べたのを見終えると、ベルは嬉しそうに笑った。その笑顔は反則だ。逆らえる気がしない。
こうして二人が食事をしていると部屋からドタバタと物音が聞こえる。しばらく経って、アリエが部屋から駆け出してきた。
「すみません寝坊しました!今お食事を…!…って、あれ?」
二人がもう朝ごはんを食べ始めているのを見て、アリエは安心した様子で小さなため息をついた。
「もう取られておりましたか…。よかったです。」
アリエも席についてワッフルを食べ始める。
「あっ、それ私のワッフル…!」
自分の皿からワッフルを取られたことに腹を立てたベルが抗議する。
「もう昨日のことを忘れたのですか?私が勝ったのだから明日一日、言う事を聞くと約束したではありませんか。」
「ぐぬぬ…そうだった…!うぅ!私のワッフルが…!」
まるで喉から手が出そうなほどワッフルを睨むベルを、アリエは静かに見つめていた。
「…では早速言う事を聞いてもらいますよ。今からする質問に答えてください。昨日のあれは何なのですか?」
「昨日の…?」
ベルが首を傾げる。
「あの時あなたは私の策略にはまって敗北は見え透いていました。ですが、あなたは魔力切れのはずなのに私を追い詰めた。あれは一体、どういうことですか…!」
ベルはまたしても首を傾げた。
「私もよく覚えてないんだよね…。」
「覚えてない…?」
「うん。あの時私が負けそうになって、負けたくないってずっと心で思い続けてたら急に力が溢れてきて…。でもその後の記憶は覚えてないの。」
「嘘を言っている様子ではないですね…。」
亘希はあの時のことに少しだけ見覚えがあった。あのストラス戦の時、あの時もベルが追い詰められて、でもその後まるで人が変わったようにストラスを追い詰めていた。
「まぁとにかく、何かわかったら私に遠慮なく話してください。」
数個のワッフルを食べたアリエが席から立つ。
「私はそろそろ行きます。ワッフル、ご馳走様でした。」
「うん、じゃあまた。」
「はい。」
こうして家には二人だけが残された。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
その後数週間、普通の日常が続いた。
特に事件ということもなく、何気ない日常が過ぎていった。そしてその日はやってきた。
「ついに来たね…!」
「うん…、天界からの迎えが…!」
大きな馬車が空を駆けている。
それを引いているのは羽が生えた馬、ペガサス。
まるでファンタジーのような世界だ。
馬車はゆっくりと低空飛行し、アリエの家の近くに着地した。今はアリエは先に天界に行っていていないが、概ねアリエが教えてくれた通りだ。
馬車からは見覚えのある二人が降りてきた。
「――はぁ…、何で私がこんなヤツを…。」
「いいじゃん別に〜。私はまた二人と会えて嬉しいよ〜。」
カマイタチと白兎。二人とは出雲で見知った仲だ。
「カマイタチさん、白兎さん…!」
「カマイタチさん、などと気安く呼ぶなです。様を付けても物足りないくらいです。」
「自意識過剰がすごいな…。」
えっへんと胸を張るカマイタチに思わずベルがツッコミを入れる。カマイタチはベルと目を合わせようともしなかった。
「お前との決着はまだついてないです。早いとこ決着をつけるです。」
「望むところだよ!」
「でもカマイタチちゃん、まずはお役目を果たさないと〜…。」
「チッ…そうだったです。ほら、お前ら、早く馬車に乗るです!」
半ば押されるように馬車の中に押し込まれる。
「忘れ物はない〜?それじゃ〜いっくよ〜!」
御者席に座った白兎の合図で馬車がゆっくりと上昇を始める。揺れはあまり感じなかった。
馬車内部は三列の席になっていた。二列目と三列目が向かいになっている。そこにカマイタチ、ベルと亘希がそれぞれ座っている。
「…今日は迎えにきてくれてありがとう。」
「馴れ馴れしいです。白虎様の命令を聞くのは当然のことなのです。」
「でも、お礼だけでも言っておきたくて。ありがとう。」
カマイタチは満更でもない顔をした。
「どうも、です…。」
そんな二人が会話している中でもベルはなぜかソワソワしていた。
「ベル、さっきからどうかしたの?」
「うん…さっきから強大な魔力を感知しててね…。結構近くにいるよ。」
「…そ、そうですか?私はそんなに感じないです。」
ベルは目を閉じ、魔力探知を研ぎ澄ませる。
「いた…!この馬車の一列目!強い誰かがいる…!」
ベルが驚いた表情で立ち上がる。カマイタチは目を細めて、小さくため息をついた。
「…少し面倒だったので会わせたくはなかったのですが…。仕方ないです。約束は約束ですから。」
「ほら、吾の言った通りだったじゃろう?こんな所に吾を隠れさせても無駄じゃ。こやつらには見つかるのも時間の問題じゃろうて。吾の勝ちじゃ。」
誰もいないはずの馬車の一列目から声がする。カマイタチは再びため息を、しかし今度はさらに大きくため息をついた。
カマイタチが足元のレバーを倒すと椅子が回転し、列が入れ替わって今度は一列目と向かい合わせになった。
その席に座っていたのは…
「誰?この子供…。」
「誰が子供じゃ!」
そう言われても仕方ないほど子供にしか見えない女の子だった。小学生、いや幼稚園児と見間違えてもおかしくないほどだ。
「全く…。吾に対する敬意が足りておらん!不敬じゃ不敬!吾を誰と心得る?吾は…わっ!?」
そう説教をし始めた彼女に、さっきまで何故か石のように固まってわなわなと震えていたベルが急に飛び付いて抱きつく。
「可愛い〜!!何この子!可愛すぎるんですけど〜!」
「だからやめろと言っておろう!?吾は…!」
「ほら、たかいたかーい!」
「子供扱いするでない!!」
彼女は必死に抵抗するが持ち上げられて足すら地面についてないのでどうすることもできない。
「貴様さっきまで吾の魔力に怯えていたではないか!その態度の変わりようは何じゃ!?」
「え〜、怯えてなんかないよ〜!っていうかもし怯えてたとしてもこんな可愛いの見て今更怯えるなんて無理だよ〜!ほら、こちょこちょこちょ!」
「わひゃっ!?や、やめっ…ひゃひゃっ!わひゃひゃっ!」
名乗る間すら与えられず脇をくすぐられて思わず笑ってしまっている彼女はもはや不憫にも見える。
そんな二人を見ているカマイタチは何故かわたわたしていた。何か言いあぐねているようにも見える。
仕方ない、ここは僕が…。
「ベル、一旦やめよう。流石に可哀想だよ…。」
「えー、そうかな〜?気持ちよかったよね?」
「気持ちいいわけあるかー!ハァ…ハァ…この吾にここまでやるとは度胸があるにも程があるぞ…。」
くすぐられすぎて息も絶え絶えになっている彼女が必死に反論する。
くすぐりをやめたのを確認してカマイタチは安心したように小さくため息をついた。
「さっきから『不敬』とか言ってたけどあなたは何者なの?」
「やっと吾の話を聞く気になったか…。吾が名はアラハバキ。この世界で最も崇高な『古代神』の一柱じゃ。」
亘希とベルは目をぱちくりしながら顔を見合わせ、再び彼女――アラハバキの方を見た。
「アラハバキ…亘希くん知ってる?」
「ベルが知らないなら僕も…。」
「ふむ、知らんのか。なら尚更吾の凄さを…。」
「ストップ!」
胸に手を当て、自分語りを始めようとしたアラハバキをベルが制止する。
「何じゃ?吾に何か聞きたいことでも…」
「そんなことどうでもいいからさ、もっと触らせて?」
「は…?どうでもいい…?」
「うん。私さ、あなたみたいな小さくて可愛いのが大好きなの。だからもっと味わわせて?」
「な、何を、言っているのじゃ…?もはや恐怖すら感じるぞ…?わっ…またっ!」
「また捕まえた!よし、たかいたかーい!」
「さらりと二度もやるでない!」
そんな二人に気まずそうに御者席の白兎が声をかける。
「あのぅ〜、大変申し上げにくいのですが…お二人とももう既にこの方に会われたことがあります〜。」
「えっ、私たちにはそんな覚えないけど…。」
「うんうん。」
こんな幼女とも言える女の子と面識を持ったことはこれまでない。と言うか女の子の知り合いはベル、アリエ、静香などの限られた人しかいない。忘れているはずがない。
「ごめん、本当に覚えてない…。」
「この方はあなたたちは出雲で会われたはずです〜。噂によればこの方にコテンパンにやられたとか…。お疲れ様です〜。」
「地味に煽ってくるのやめて。」
とはいえ出雲で会った人は限られてくる。その中で亘希たちがコテンパンにやられた相手。それはもう一つしかなかった。
二人で互いに顔を伺う。おそらく同じような答えを考えついた。
「じゃあこの子はまさか…!?」
「ああ、そうか。今の世ではアラハバキでは伝わらんのじゃったな。改めて名乗ろう。吾はアラハバキ、又の名を八岐大蛇と申す。以後、よしなに。」
二人は声も出なくなった。あの時の恐怖が思い出されるからだ。
そう怖がっている二人を見て安心したのか、アラハバキ――八岐大蛇が胸を張る。
「どうじゃ恐ろしかろう?」
八岐大蛇が満足した表情でかっかっか、と笑う。
「では再び言うぞ。図が高い、不敬者。吾を崇め、敬うがいい。」
戦闘の恐怖を思い出したせいか先ほどより威厳があるように聞こえてしまう。
「さぁ、吾に貢物を捧げよ、きちゃまら。」
「…。」
「…。」
…噛んだ。
「可愛い〜!!」




