第三十一話、暴食。
「暴食の魔王…!」
宙を渦巻き、四方八方に散らばっていた魔力がベルに従いその手に集まる。次の瞬間、アリエの瞳孔に映っていたのは放射状に広がる黒い光線だった。
一瞬のうちに発射された光線がアリエの体を次々に掠めていく。
「…くっ…!」
あの時、ベルの魔力は尽きたはずだった。
ベルがトドメの一撃を放つまで魔力を温存し、どんどん追い詰められていくフリをする。そしてベルの魔力が底をつくのを待つ。それがアリエの作戦だった。
実際、ベルはアリエを倒し切るためにあの技に残りの全ての魔力を込めていた。これさえ見切ればベルは魔力切れになる。さしずめアリエの手の中で踊る人形といった所だ。そこでアリアの勝利は確定した。
――はずだったのに。
――なぜ。なぜあなたは…!
「こうも…私の邪魔ばかり…するのですか…!」
私は変わりたかった。ここで勝って、過去の自分に見切りをつける。弱い自分を。甘さを捨てられない自分を。そのはずだった。
もうこれ以上、あの子にペースは乱させない。
そのためだけの作戦。ただただ卑怯で、醜い、唯一の作戦。
それを打ち破られ、私は現実を突きつけられる。
私は二度と、星には届かないのだと。
されるがままに攻撃に踊らされる。
もう、せっかく溜めていた魔力も底を尽きる。
アリエの意識はもう落ちかけていた。
――私は…あなたに…。
アリエの意識はどこか白い世界に飛ばされていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
戦うのが楽しくないと思い始めたのはいつからだろう。
お姉様に圧倒された時?星に届かず二度目の絶望を味わった時?
どれも違う。
そう、お嬢様に初めて出会った時だ。
あなたはいつも、初めて会った時私が助けてくれたというけれども、違う。
本当はもう既に私は、あなたを知っていた。見てもいた。憧れてもいた。
勝手な片思い。あの時にはもう私は手遅れだったのだろう。
星はゆっくりと私を焦がしつつあったのだ。
私は私が嫌いだった。
ただ憧れるだけで死ぬほどの努力はしない怠者。その憧れも高望みも甚だしいほどのものだった。
いつしか私は皆から好かれるように自分を偽るようになった。
お姉様ほどの高貴なものなら努力は怠らない。自分を許してはならない。多少の気の緩みさえ許さない。
お嬢様みたいな才能は私にはない。
できて真似事が精一杯だ。
いつだったか誰かが努力は才能を凌駕すると言っていた。
でも、現実はそんな甘いものじゃない。
本当のこの世界は才能がある者だけが台頭する。努力すれば追いつけるというものではない。
才能を持つ多くの者はその分研鑽を怠らないからだ。
才能を持つ者はそれだけのアドバンテージがある。
スタートの位置が他より短い上に、足まで速い。どうやって勝てというのか。私には、分からない。
『あなたはどうしてそんなに強いのですか?』
ある時私はお嬢様にこう質問した。
お嬢様はキョトンとした顔でこちらを見つめた後こう言った。
『…なはは〜、それほどでも〜!アリエにはまだ遠く及ばないよ。』
いつもそうだ。強者はいつだってこうやって謙遜する。この頃の私はこのことに無性に腹が立っていた。
『そんなこと…ありませんよ…!あなたの強さは私が一番知っています!私は分かりきっていることを知りたいわけではありません!あなたの強さ…その理由を知りたいのです…!』
『ちょっと…!?落ち着いてよ…!』
無意識に身を乗り出し問い詰める私にベルがたじろぎ後退りする。
『あっ…!?すみません…!ついかっとなってしまい…!』
『びっくりした〜!でも、謝らなくていいよ。私だってそんなことくらいよくあるし。』
お嬢様はそう笑ってくれた。そして少し悩むような動作をした後こう言った。
『アリエと特訓したから、かな。』
『私と、ですか…?』
『まぁ?アリエの特訓はキツかったし?ずっと逃げようと思ってたけど?』
『だからよく風邪ひいたと電話が…?もしかして仮病…』
『ストーープッ!!違うから!確かに休みたいとは思ってたけど仮病は使ってないから!と、とにかく…!』
わざとらしく話をすり替えるお嬢様を睨む私を抑えながら、お嬢様はこう続けた。
『今ではとても感謝してるんだ、私。ベルが鍛えてくれたおかげで私はここまで強くなれたんだって。』
『…!それは…嬉しいですけど…。』
『あれ〜?照れてるの〜?』
『―ッ!照れてなどいません!そ、それじゃ答えになってないです!それじゃあ私があなたより強くないとおかしいじゃないですか!』
『え〜そうかな〜?…でもさ、やっぱりアリエのおかげだよ、これ。だってさ…ベルと一緒にいるとなんだか楽しいもん!』
私にあの太陽のような笑みを見せるお嬢様はとても可愛らしかった。
『楽しい…ですか…。』
『うん、とっっても楽しい!やっぱり強くなるには楽しんでなんぼでしょ!」
『そ、そうでしょうか…。』
『努力は必ず報われる。私はそう信じてる。だからさ、これからも一緒に強くなろう、アリエ!アリエがいるなら私、どこまででも強くなれそうだよ!』
後ろから差す夕陽の中、お嬢様は私に手を差し伸べてくれた。
『今日から君は私の部下兼友達なんだからさ、これからもよろしく頼むよ、相棒!』
ニコッと笑うお嬢様にあの時の私は連れられて笑ってしまった。
『…全く。仕方ないですね。これから誠心誠意、努めさせていただきます、お嬢様!』
『うむ、頼りにしてるぜよ〜!』
何故、今この記憶を思い出したのだろう。
――そうだ。
私は楽しむことを忘れていた。ただ勝ちに固執して自分のためだけに勝とうとして…。
あなたと戦えることが、こんなにも楽しいものだったことを、私は…。
『本当は私は、ずっと楽しみにしてたんだ。久しぶりにアリエと武器を交えられるって。』
戦いの前もお嬢様はこう言っていた。お嬢様は昔から変わっていない。戦いをただ純粋に楽しんでいる。なのに私は私すら認められず楽しむことなどもっての外だった。
あの頃の私は楽しむ余裕はなかった。というより楽しもうとしなかった。
こんなにも大事なことを忘れていただなんて。
徐々に意識が戻っていく。現実世界に帰ってくる。
「…全く。敵に塩を送られてしまいましたね…。」
「力をもらったからには、勝たなければなりませんね。一緒に楽しみましょう…!反撃開始です!」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
新たに落ちた雷がアリエを直撃する。しかし、アリエは動ずることはない。それどころか落ちた雷を体に纏わせて力を溜めている。
「準備完了です。それでは、参ります!」
「…。」
掛け声と共にアリエがベルに攻撃を仕掛ける。ベルがそれを無言で捌く。
ベルが一体今どのような状態なのかはわからない。それでも、本質は変えない。
「楽しんで…でしたね。」
独り言のように呟くアリエの声は雷鳴で誰の耳にも届かない。だがそんなことは関係ない。
黒い光線の合間を抜い、徐々に間を詰めていく。光線が晴れた後、そこには雷の如く猛スピードでこちらに向かってくるアリエの姿があった。体は雷に覆われ、青白く発光している。髪の色もいつもより淡く、そして白っぽく輝いて見える。
まっすぐこちらに向かってくるものを斬りふせるのは容易い。しかし、アリエはそんな隙さえ与えなかった。
「あなたが暴食なら、それでも私は全て手に入れてみせます!何もかも、勝ちも、楽しさも、もう譲りません!」
ベルの周りに水の針が出現する。それらを巧みに斬り落としていくが減る様子がない。
「今です…ッ!」
針の束が発射される。それを鎌で薙ぎ払うベルの目にはもうアリエは映っていない。
「私の勝ちです!四天・水霹斬…ッ!」
一気に距離を詰め、一閃する。
二人とも動かない。
やがてアリエの動きがふらつき始める。魔力切れを起こし、気を失いかけているのだ。それでも落ちることはできない。勝ちが決まるまで、耐えなくては。
カランっと何かが落ちる音が聞こえた。見ればベルの手から鎌が落ちていた。ベルの体が急に支えるものを失ったように倒れ込み、落下していく。
「ッ…!お嬢様…!」
後先考えずベルの方へ突っ込む。ベルを抱きしめ、衝撃を庇う。ベルはもう眠るように気絶していた。
勝ったといううれしさよりもベルが無事だったということに安心する。
二人は雨で濡れて柔らかくなった土の上に落下した。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「――あれ…?ここは…。」
しばらくしてベルが目を覚ました。
「気が付きましたか。よかったです。」
あたりをキョロキョロと見渡し、小さくため息をつく。何があったのか思い出したようだ。
「私…負けちゃったんだね。」
残念そうな顔でベルが微笑む。
「おめでとう、アリエ。」
素直に勝者を称賛するベルにアリエが微笑み返す。
「でもそうかぁー。明日からまた罰か〜。」
「いえ、もういいんです。明日からは罰は無しです。だって…」
ベルがキョトンとした顔をする。
「私が勝てたのは…あなたのおかげです。」
「…?私の…?」
「はい。大事なことを思い出させてくれましたから。」
「それはよかったけど…。私何かしたっけ?」
「知らなくて結構ですよ。今は感謝だけ伝えておきます。」
「え〜気になるじゃん!教えてよ〜!」
「仕方ないですね…。耳貸してください。」
「やった…!」
ワクワクしながら耳を貸すベルにアリエは静かに呟く。
「ひ・み・つ・です。」
えっ、とベルが目をぱちくりさせて頬を膨らませる。
「結局教えてくれないじゃん!っていうか何それ?いつもはそんなふうにしてこないじゃん!」
「でしたらそれは、きっとお嬢様のせいですね。責任とってくださいよ?」
「なんでだよ!?訳わかんないよ!」
そうツッコミを入れられて思わず笑い出してしまう。心の底から笑ったのなんていつぶりだろう。二人は声が枯れるまで笑い合った。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「――終わった…。何というかすごい戦いだった…。」
本当は何が何だかわからなかったのだが、一応手に汗握る戦いだったので表す言葉が見つからないため語彙力皆無になってしまっている亘希だったが…。
ここである違和感に気づく。
「…あれ…?静香は?」
さっきまで一緒にいたはずの静香がいない。
「先に帰ったのかな…?」
こんな雨の中傘が飛ばされても来るくらいだ。この雨の中帰ることなんて造作もないのだろう。
もしくはさっき落ちていくのが見えた二人に駆け寄りに行っているのか…。
だがどこに行っていたとしても多分大丈夫だろう。
そんな考えが頭の中に広がっていた。
雨に濡れた一輪の百合が雨粒の重さで揺れていた――。




