第三十話、土砂降りの中の雷鳴。
決戦当日――。
目を開けた二人の前に飛び込んできたのは…
「うわー、土砂降りじゃん…。」
「これは…ちょっと決闘は無理そうじゃない…?」
地面に水が溜まるほどの大雨。まるで台風でもきたかのような惨状だ。
「確かにこれじゃ…あれ、電話だ…。」
「誰から?」
「えっと…アリエからだ。」
通話ボタンを押して電話を始める。
『あっ、出ましたね。準備はできていますか?』
「準備って…この雨じゃ今日は…。」
『問題ありません。予定通りに今日、私の家の前で決闘です。お待ちしております。』
そう言うとさっさと電話を切ってしまった。
「仕方ない…出るよ!」
「えっ、こんな天気じゃ決闘なんて無理じゃ…。」
「ううん、一応できないことはないよ。雨なんてどうとでもなるし。」
「それならいいけど…」
「…でも、この状況はやっぱりまずい。」
「何か問題が…?」
「うん。土砂降りの雨、豊富な水…。こんな状態のステージだとまるで…、」
ベルが固唾を飲む。その額に冷や汗が流れる。
「アリエの、独壇場だよ…!」
空から一筋の雷が落ち、薄暗い部屋を照らす。
決闘は既に始まっていた――。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「――ようやく来ましたか。」
「お待たせ、アリエ。」
「全く、遅刻ですよ。」
「ごめんごめん、準備に手こずっちゃって…。」
「そうですか。」
「…。」
「…。」
空気がピリついている。文字通り一触即発な状態で、会話も長く続かない。となれば相手と語りあえるのは…
「…剣だけ、といったところでしょうか。」
アリエが静かに剣を抜く。アリエが一振りすると途端に刀は雷を纏い、白く発光した。
「…まぁ、罰を避けるため、とは言っても本当は私は、ずっと楽しみにしてたんだ。久しぶりにアリエと武器を交えられるって。」
ベルが虚空から鎌を取り出し、静かに構える。
「…手加減はしません。真剣勝負です。」
アリエの顔に微かな笑みが浮かぶ。
「「さぁ、行きます!」行くよ!」
ほぼ二人同時に飛びかかる。暗い空に白い閃光と雷が交差する。
ベルの放った光弾とアリエの落とした雷がぶつかり合っているのだ。
その合間を抜いて鎌と刀が激しく衝突する。
何度も何度もぶつかり合う。その度に火花が散り、鋭い音が鳴る。
雨さえ遅く感じるほどのペースの早い戦い。
降り注ぐ雨と落ちてくる雷をベルは鎌を振るい薙ぎ払う。全ての雷が掻き消された。
――ただ一つの雷霆を除いて。
雷鳴と共に雷の如く斬りかかるアリエをベルがギリギリのところで受け止める。
「よく攻撃を見切りましたね。流石です。」
「ここのところ全部ペースが速い戦いだったからね!少しは慣れてきたよ…!」
しばしの鍔迫り合いの後、二人は距離を取った。
耐え難い静寂が二人の緊張を最高潮へ導く。心臓の音が五月蝿い。既に息は上がり、頭に響いていた。
地面を蹴ると同時にベルは鎌の持ち方を変えて突進する。
アリエはまだ動かない。ベルが鎌を振るい、首の皮を斬るギリギリの所でやっとアリエが動く。
…今だ。
瞬きする間に鎌をランス型に変形させる。
「…っ…!」
アリエが動いたこの瞬間。動きを観察し終え、攻撃を受け流そうと動く瞬間。
この一瞬だけは相手は読み通りに動いてくれる。フェイントが一番力を発揮する瞬間だ。
「ペルセ・ランス!」
変形させた鎌に光を纏わせ刃先を回転させる。隙の多いこの技も使い場所によって避ける隙さえ与えない絶対の攻撃に化ける。
なす術なし。相手にそう思わせることが勝利への一手だ。
それでもアリエは刀を滑り込ませ、体に当たる直前に防ぐ。
「危なかったです…!ですがまだ…」
「――シュバルツ・フォル・モントッ!」
「なっ…!」
防がれてもなおベルは攻撃を立て続けに入れていく。
アリエの刀を弾き、アリエの体勢を崩させる。これを追撃するようにアリエの上から黒い矢が雨のように降り注ぐ。流石のアリエでも全ては防ぎ切れない。
「まずいですね…防戦一方ですよ…。」
アリエの顔に初めて焦りの表情が浮かぶ。
戦局はベルの方へ傾きつつあった――。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
一方、ベルに付いてきた亘希は二人によって作られた結界で戦況を伺っていた。
この結界は亘希が雨を防げるように作られた結界であるが、二人に魔力のハンデができないように、二人で同程度の魔力を出して生成したものだ。
ここからでも戦況はバッチリ確認できる。
「あまり目で追えてないけど…ベルの方が優勢…みたい?」
戦いにあまり慣れてない亘希の目でも分かるほどの戦局の傾き具合。
「そうだね。おにいちゃんの言う通り、今は悪魔のおねーちゃんのほうが押しているね。」
亘希は小さくため息をついていつの間にか後ろにいる静香に振り返る。
「…で、なんでいるのさ…。」
「え〜?面白そうだからに決まってるじゃん!」
「だとしてもこの雨の中外に出るのは危ないよ…。」
「それはお互い様だよ。おにいちゃんだって雨の中…。」
「僕はベルと一緒に来たから。一人で来るのは尚更危ないでしょ…。…あれ?そういえば傘は?」
よく見れば静香は傘を手にしてない。この雨の中傘を持ってきてないのはおかしい。
「あー、それは…、傘、飛ばされちゃって…。」
「は?」
「ここら辺まで来たのはいいんだけど、風で飛ばされちゃったんだ…。だから、おにいちゃん。」
静香が真剣な目でこっちを見つめる。思わずこっちがたじろいでしまう。
「な、なに…?」
亘希が固唾を飲み込む。
そして少しの静寂の後、静香の真剣な顔が崩れ、にへら笑いに変わる。
「雨で服が濡れてちょっと寒いからくっつかせて〜!」
「だと思ったよ!静香がそんな顔するのはロクでもないこと考えてる時だけだし!」
「ロクでもないってなんなのさ〜!くっつかせろ〜!」
「いやだ〜!濡れた服でくっつくな!」
「そんなこと言わずにさー!可愛い従姉妹のお・ね・が・い、聞いてくれないかな〜?」
「可愛く言っても無駄だよ!」
「待て〜!」
「待たない!」
結界の中で追いかけっこが始まった。
ふと思い出したように静香が立ち止まる。
「…さて、茶番はこのくらいにして…。果たして本当にあの子の方が優勢かな?」
「は…?」
「あの二人の戦いの話。よく見てみて。」
戦況はさっきと変わらずベルがアリエを押している。どうみてもベルが優勢だ。
「確かにベルはこのステージじゃアリエに優勢って言ってたけど…。」
ベルの言っていたことと今の状況は真逆だ。
「どう見てもベルが優勢だよ?」
「そう。どう見てもあの子の方が優勢に見えるんだよ。これが偶然なのか策略なのか…。見届けようよ…!」
静香の顔がいつもの可愛い笑顔から、怖さすら感じる高圧的な笑みに変わる。
静香は気分が上がったり何かを真剣に考えている時このような顔になることが稀にある。
その笑みに気圧されながら、再び戦いに目を移す。
戦いはまだ続いていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「――やぁ!」
「…くっ!」
ベルの攻撃がアリエの体スレスレを通る。アリエの体はもう既に多くの傷が入り、血が滲んでいた。
「…このままでは…!」
「よし、このまま勝つよ!」
劣勢に立たされて焦る者と優勢と見て勝ち切ろうとする者。
両者の戦いの結果はもう見え透いていた。
「ベスビオ・インパクト!」
暗い空に明るい火炎が広がり、爆発する。
その攻撃をもろに食らったアリエはどんどん追い込まれていく。
勝負はもう次の一手で決まる――はずだった。
「これでトドメ!グランド…。」
閃光を纏った鎌を振りかぶる。その光に照らされながらアリエがいつにない不敵な笑みを漏らす。
「――この時を待ってました。」
その瞬間、雨が一瞬止んだ。そして次の瞬間ベルの周りに現れたのは、無数の水の針だった。
「力と魔力量で勝るあなたなら、速度で勝る私を物量で抑え込もうとするでしょう。私の速度でも広範囲のあなたの攻撃を完全に避けきることは不可能。少しでも攻撃を当てることができれば速度は落ちる。逆に当てられなくとも速度の上昇には多大な魔力が必要。そこに勝機がある。そう考えたのでしょう?」
反撃する間もなく無数の針に囲まれたベルは思いもよらないアリエの反撃に驚いていた。
そんなベルをよそに、アリエは片手を前に出す。
「――ですが、甘い。甘すぎです。これでお終い。私の勝ちです…!」
アリエの合図で無数の水の針がベルに向かって突き進む。次々と体に掠める針にベルはなす術ない。
「策士策に溺れる、とはこのことですね。」
全ての針がベルの体に刺さり、攻撃が止む。
ベルは声すら上げなかった。
「少々痛ぶりすぎましたかね…。安心してください。この針は抜かなければ血は出ません。今回復を…。」
突如、ベルの様子が変化した。空気がピリつき、感じたことがない禍々しい魔力が肌を突き刺す。
「なんですかこれは…!?この瘴気は…!?」
あり得ないほどの魔力。先の戦いで消費したはずの魔力はまるで使っていなかったかのように残っている。
先程とは打って変わって紫色のようなオーラを纏うベルにはもう針は刺さっていなかった。
ベルはゆっくりと片手を上げると、その散在していた魔力がその手に集まる。
その手をアリエの方へ向けて魔法を唱える。
「暴食の魔王…!!」
戦いの終わりは刻一刻と迫っていた――。




