第二十九話、決戦前夜。
決戦まで後一日。
ベルとの鍛錬も順調に進み、亘希も最初の戦いではベルに手も足も出なかったのに、今ではある程度対抗できるほどには成長した。
「――ペルセ・ランス!」
槍型に変形させた鎌の刃先を回転させながらベルがトドメの一撃を放つ。
なかなかトリッキーな技だがそれなりに隙も多い。亘希ではなす術なくてもアリエならその隙を掻い潜れるかもしれない。
「ふぅ〜、疲れた〜!」
「お疲れ様。はい、お茶。」
「ありがとう!」
模擬試合が終わり、しばしの休憩タイムに入る。
「本番は明日…かぁ…。どう?ベル的には勝てそう?」
「ふふっ、勝てる勝てないじゃない、勝つんだよ!キラン!」
「それ口で言うやつじゃないから…。まぁとにかく、明日は頑張ってね。」
「うん、応援してて!明日勝ってあの地獄から逃げてやる…くひひ…!」
悪そうな笑みを浮かべるベルに苦笑いしながら辺りを見渡す。
「…それにしてもすごい結界だね…周りに傷一つついてないし…。」
あれだけぶつかり合ったというのに地面や周りの家屋には傷一つついていない。亘希も何度も結界の端に叩きつけられたのに、終ぞ結界にヒビが入ることはなかった。
「ふっふっふっ、どうよ、ベル様お手製のスペシャルミラクルアルティメットアーンドパーフェクト結界は!すごいでしょ!」
「名前長いな…。」
「ちなみに亘希くんでも出せるよ!こうやってそのまま詠唱を…。」
ベルは片手を前に出し目を一瞬閉じた。その後目をカッと開き詠唱を始める。
「さぁ、我が力よ。この手に集まりし闇の力よ。我の命によりて汝は光を纏いし結界へと変化する!我を守護する最強の盾よ、今こそ矛盾の理を破りて顕現せよ!スペシャルミラクルアルティメットアーンドパーフェクト結界!」
詠唱と共に手から放たれた緑色の光が徐々に半円型に結合し、膜を形成していく。程なくして巨大な結界がそこに現れた。
「どう?すごいでしょ!」
満面の笑みで振り返るベルはまるで褒めて〜!でも言うように目がキラキラしていた。圧がすごい。
「すごかったよ…」
「やったー!!うふふ、亘希くんにもスペシャルミラクルインフィニットアルティメットアーンドパーフェクト結界の凄さが分かったか…。」
「なんか増えてない?」
「気のせい気のせい!さぁ、ご一緒に〜!」
「いや覚えてないって!流石に長すぎるでしょ!」
「冗談だよ〜、ほら、こうやって…。えい。」
今度はただ手を前に出しただけで結界が出来上がった。
「え、詠唱は…?」
「ん?必要ないよ?」
「じゃあさっきのは…。」
「えへへ〜、その場のノリで…」
「アドリブ力すごいな…。」
ベルが指を鳴らすと結界は跡形もなく消え去った。
「…でもね、より強い魔法を出すには詠唱をした方がいいこともあるんだ。魔法ってそれがちゃんとできると思い込むことが大切だから、この詠唱をすればこの魔法が出る、とか、より自分が理解できる方法でやれば強い魔法を出せる。想像と実際の言葉が結びついた時、最も力を発揮するのが魔法というものなんだ。」
「へぇ〜。」
つまりは言霊のようなものか。
言葉には力がある。そう考える言霊の考え方にとても似通っていた。
そういえばベルも戦いの時いつも技名を叫んでいる。あれも同じような理由からなのだろうか。
「…さてと、ここから先は私一人でやるから亘希くんは帰っててもいいよ。」
「そう?わかった。」
「好きなことしてていいよ!あと、何か差し入れあればよろしく〜!」
「ちゃっかりしてるなぁ…。」
こうしてベルをこの場に残し、一人家路を辿る亘希だったが…。
「…といってもやることないんだよなぁ…。」
別段用事もないし、やりたいことが特にあるわけでもない。はっきり言えば暇であった。
「アリエ…は特訓中だろうし、松島くんも用事あるっていってたし…。」
手当たり次第に友達の名を挙げてみるが、何の解決にも至らなかった。
「本当に何しよ…、あれ?」
そんな亘希の前を一羽の蝶が通り過ぎていった。どこか変わったところなどないのに妙に目を惹かれる蝶だ。青みを帯びた黒い羽が光を反射して綺麗だ。確か種類はカラスアゲハだったか…。
「珍しいな…。この辺りではあまり見ないのに…。」
というか最後にこの蝶を見たのはいつだっただろう。もう覚えてないくらい昔だ。
咲きかけの白百合に止まった蝶は次々と色々な花に止まっていく。亘希はいつの間にかその蝶を目で追っていた。
いくつかの花に止まった蝶は亘希の耳元を通過していく。蝶を追って目線を向けた先にはある人影があった。
「あれ、静香?」
「…!おにいちゃん…?」
そこには従姉妹である静香の姿があった。
「こんなところで何してるの?」
「用事がなくなって…少し暇してたところ。静香こそここで何を…?」
「奇遇だね。私も丁度暇してたところなんだ。」
「へぇ〜。」
いつの間にか蝶はどこかへ行ってしまっていた。
花が咲く小道を今度は二人で歩く。
「そう言えば、静香の家ってどこだったっけ?」
「この近くだよ。よくこの道も通るんだ。特に春はたくさん花が咲いてて綺麗なんだよ!」
「へぇ〜、そうなんだ。僕はこの道を通るのは初めてだな…。家からまあまあ離れてるし。」
「私とおにいちゃんはそんな偶然でも会ってしまうほど運命付けられた存在なのだよ、フォフォフォ…。」
「それ何の真似?」
「神様の真似〜!」
「神様でもそんな笑い方しないと思うよ…。」
毎日神様と会っているから信憑性はバッチリだ。
「…そういえば、今暇だっていったよね?ちょっと私に付き合ってくれない?」
「えっ、どこに?」
「ちょっとそこまで!」
静香が亘希の手を引いてどこかへ駆け出す。亘希はただ静香に連れられて行く先もわからないまま連れて行かれた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「――で、何でライブハウス?」
「丁度チケットが二枚余っていてね。いやー、おにいちゃんと私が暇でよかったよー。」
「絶対図ってやったでしょ…。じゃないと今日のチケットが2枚ぴったり余ってることなんてないし。」
「えへへー、テヘッ♪」
「テヘッじゃないよ…。」
静香に連れられてやってきたのは近所のライブハウス。
亘希はここに来るのは初めてだった。
「私の応援してるバンドが今日ここでライブするんだ!五人バンドでほとんどガールズバンドなんだけど一人だけ男性がいてね、その人のギターがとてもかっこいいの!」
「へぇ〜、詳しいんだね。」
「そりゃ当たり前だよ!ファンなんだから!」
ここまで興奮して喋る静香は今まで見たことがない。よほど没入しているのだろう。
そういえば昔、お父さんに連れられて一度ライブハウスに来たことがあったはずだ。
まるで頭の中に靄がかかっているかのようにはっきりと思い出せないが確か四人で…。
急に頭にズキっと衝撃が走る。心臓の鼓動が速くなる。
『お父さんの応援してるバンドなんだ!』
『すごーい!いつか私も…!』
『…頑張れ!俺も応援しているぞ!』
『――もいつかあの人みたいなカッコいい人になりたいんだよね〜!』
『うん!』
次々と記憶の中の声が頭の中で再生される。どれも朧気で思い出せない。
『キャーッ!』
響き渡る悲鳴。赤い光。
『――!――!』
誰かの呼び声。誰が誰を呼んでいるのかわからない。
まるで頭の中で渦巻くように記憶が混ぜこぜになる。
意識が飛びそうになる。どこか暗い闇の底へ落ちていくような感覚に思わず気持ち悪くなる。
「――いちゃん!おにいちゃん!おにいちゃん!!」
暗い闇の底に光が差し込んできた。そこから伸びてくる腕に必死に捕まる。
その瞬間亘希の意識はあのライブハウスの中に戻った。
「…はっ!ここって…。」
「何言ってるの?しっかりして。始まるよ!」
照明が暗くなり、演奏が始まる。
「どーも、プレシャスインパクトでーす!今日はよろしくお願いします!」
ドラムの入りから始まる曲に思わず体がリズムに乗る。もうあの気持ち悪さは引いていた。
ギターのかっこいいソロパート。まるで引き込まれるような演奏に観客の大きな声。亘希の意識をこちらに向けるには十分すぎるほどだった。静香は目を輝かせて演奏を見ている。静香があそこまで惹かれるのも納得の演奏だった。
そのまま間髪入れずに二曲目に入る。
途端に観客から歓声が湧く。
ベースソロから始まりそれに合わせて他の楽器が入ってくる。目が離せない。
気付けばあっという間に時は進んでいた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「いやー、よかった!」
静香が大きく伸びをする。笑顔で亘希の顔を覗き込む。
「どうどう?カッコよかったでしょー!」
「うん…!とてもかっこよかった…!」
まだあの感動が心から離れない。まだ心臓がバクバクいっている。
「…そういえば、今日は何で誘ってくれたの?」
「…今日はおにいちゃんに少し話したいことがあって。」
静香の足取りがゆっくりになる。
「私ね、いつかあんなふうになるのが夢なの。あの人たちみたいにカッコよく演奏して、沢山の人に見てもらって…。それが私の夢。できれば中学校で軽音楽部に入りたかったけどあの中学に軽音楽部はないし。だから、高校生からでも軽音楽部に入って活躍する。それが今の目標なんだ。」
そういえば静香から夢を聞くのはこれが最初だ。何で今まで聞いてこなかったんだろう。
「だからさ、おにいちゃんにも協力してほしい。」
「協力?」
「そう、私はこれから死ぬ気で努力してバンドを組めるくらいの力をつける。その時に誰か一人でも応援してくれないと私は挫けちゃうかもしれない。だから、お願い。」
振り返った静香が頭を下げる。ここまで頼まれて断る理由はない。
「…わかった。手伝うよ。可愛い妹の頼みなら断る理由もないし。従姉妹だけど。」
「…!ありがとう…!!…よーし、今日から頑張るぞー!」
静香が目の端の涙を拭う。
「じゃあバンドメンバー集めからだね!もう大体メンバーは勝手に決めたけど。」
「えっ?メンバー?軽音楽部に入るんじゃ…。」
「そうだよ?でも私は、おにいちゃんとバンドが組みたいんだ。ダメ、かな?」
頬を赤らめて恥ずかしがりながら上目遣いをする。これでは断りようがない。
「はぁ〜、分かったよ。で、ほかにメンバーは?」
「丁度よさそうなボーカルが一人…心当たりがあってね。」
「へぇ〜、誰誰?」
「それはね、…こっそり後をつけてくるんじゃなくて現れたらどう?悪魔のおねーちゃん。」
「…!?」
後ろの方の壁の影から現れたのはベルだった。
「ベル!?付いてきてたの?…っていうか静香…!」
「うん、私には見えてるよ、あの子のこと。」
そう言って静香はニコッと笑った。
「もしかして…最初に会った時から…?」
「うん、おにいちゃんとあの子が一緒にいるのを見かけて声をかけたんだ。」
全然気づかなかった。今日まで隠し通した演技力もすごいが、何より驚いたのはベルのような神様が見えるということだ。そんな二人に割り込むようにベルが間に入る。
「…二人ともズルいよ…。私を置いてライブに、なんて。あー、私も見たかったなー!」
見るからに拗ねている。
「…でも、ベル、特訓は?」
「ギクッ」
「ライブに行ったの知ってるって事は練習サボってついてきたって事だよね?」
「ギクギクッ!」
ベルの顔に冷や汗が滴る。
「…まあまあ、私が君に話したいことも言えるし結果オーライだよ。」
ベルを庇うかのように今度は静香が間に入る。
「で、どうなの?私とバンドを組む気はない?」
「バンド、かぁ…じゃあ私は…」
「よかった入ってくれるんだね!」
「何も言ってないよ!」
「じゃあ…入ってくれないの…?」
「…ぐっ!…。あーもう、仕方ないな…!いいよ、私が歌ってあげる!」
静香の顔に満面の笑みが浮かぶ。
「本当にありがとう!よーし、バンド名考えてくるね!」
嵐のように去っていった静香にしばらく呆然としていたが、ようやく正気に戻る。
「本当にいいの?ちょっと無理やりだったけど…。」
「私が決めたんだからいいの。その代わり私の頼みも聞いて。」
「えっ、いいけど…。なに?」
「私の許可なしに私とアリエ以外の子と二人っきりでどこか遊びに行かないこと!」
「えっ?」
「なんかこう…ズルいっていうか…何というか…。あーもう!何というかそんな感じになるの!」
「う、うん…。」
顔を少し赤らめながらベルが約束を結ばせる。
「これで契約成立!バンドに入ってあげる!」
「あ、ありがとう…。」
ベルが何でこんな約束を結ばせたのかはわからないが、とにかく今ここに新星バンドの結成が決まったのだった。
「あっ、そういえば今年はおにいちゃんの受験があるから来年からね。」
「…。」
…活動開始はまだ先になりそうだ…。




