第二十八話、星に憧れて。
決戦の二日前、亘希は一人で下校していた。
今日はベル曰く用事(パンを買いに行くだけ)があるので、特訓に付き合う必要はない。
久しぶりの一人の時間に思わず息が漏れる。
ベルが来てからというもの、亘希の生活はガラリと変わった。いつも一人だった通学路はベルかアリエか、はたまた最近仲良くなった松島くんかと一緒に歩くようになっていた。その彼とも普通の会話ができるほど仲良くなっていた。
気付けば、ベルと出会ってから一ヶ月以上が経過していた。
あの頃の自分に今のような自分が想像できただろうか。ベルと会わなければ今もずっと一人でいたかもしれない。
恩返しはまだできていない。その為にもっと強くならなくちゃいけない。
そのために特訓しているのだから。
商店街を過ぎ、パン屋の前を通る。ベルが話していた件のパン屋だ。まだベルの様子は見えなかった。
「時間もあるし僕も買ってこようかな…。」
確かここは上の階がカフェエリアになっていたはずだ。そこで少しゆっくりしよう。
そう思ってパン屋に入ろうとすると見知った顔と目が合った。
「あれ、アリエ?」
「…!?な、何故ここに…!?」
目が合った瞬間大袈裟なほどにアリエが驚く。トングで取りかけていたパンがポロリとトレーに落ちる。
その顔は何故か赤く染まり、手はわなわなと震えていた。
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「――で、つまり?お金に余裕が出来たから、ずっと狙ってたパンを買いにきた…と。そういうことでいいんだよね?」
「はい…。」
会計を終えた二人は場所を移し、上のカフェの二人席で向かい合って座っていた。半ば無理やり連れてこられた亘希は何が何だかわからなかったが、アリエがあまりにも顔を赤らめてもじもじしながら話すものだから、聞き入るしかなかった。
「絶対に誰にも言わないでくださいよ…!特にお嬢様には!」
いつになく掛かって話すアリエに押されながら亘希は頭の中で話をまとめてみる。
「言わないけど…。…別に恥ずかしがることはないんじゃない?パンを買うなんて普通のことだし。」
「そうですが…!」
「分かった、言わないでおくよ。」
「…助かります。」
珍しくアリエが平静を保てていない。パンに付いてきたコーヒーをアリエが一気に飲み干す。
「苦っ!」
「大丈夫?水取ってこよっか?」
まるで聞こえていないように亘希の紅茶にまで手を伸ばしそのまま飲み干す。
「あっそれ僕の紅茶…!」
「あっ…!すみません!どうしても我慢できなくて…。新しいの取ってきます!」
席から勢いよく立ち上がり、ドリンクサーバーに向かおうとする。
「いやいいよいいよ。それより、なんかあった?」
「えっ…?」
「いや、その…さっきからいつもと違うなって…。」
「…。」
アリエは小さくため息をついて、一度あげた腰を下ろした。
「…恥ずかしかったんです。あんな姿見られて。」
「恥ずかしい?それってどういう…。」
「甘いものなんて私のキャラに合わないんですよ。私は私でいたい。みんなから求められている私でありたい。それ以外の自分は恥ずべきものです。」
顔を俯けながらアリエが話す。
「あんまり意味がわからないけど…甘いものくらい別にいいんじゃ…。」
「それじゃ駄目なんですよ!」
「…!」
勢いよく机を叩くアリエに思わず驚く。
「このままではお嬢様にも…お姉様にも…届かない…!」
静かに涙を流すベルに亘希は呆気に取られていた。
いつの間にか周りの目はこちらを向いていた。
「アリエ…その…。」
「…っ…!すみません…!取り乱しました…。」
律儀に周りにいた人にも頭を下げて、アリエはそのまま座り込んで俯いてしまった。
「…私はまだ弱いあの頃のままです。未熟者のままです…。」
「アリエ…。」
あの時と同じだ。僕はまだ、アリエを理解しきれてない。
「少し、話を聞いてもいい?少なくとも聞いてあげることくらいはできると思うからさ…。」
「…。」
一歩踏み込まないと。
涙で濡れた目と見つめ合う。
アリエは手で涙を拭い、亘希に向き合う。
「お見苦しいところをお見せしました…。本当に申し訳ございません。」
「そんな謝らなくていいよ…!アリエにはベルの時も色々助けてもらったし、今度は僕がアリエの助けになりたいから。」
アリエがいなければベルともここまで仲良くなれなかったかもしれない。今回だってベルへの恩返しのためにアリエに手伝ってもらっているのだ。借りは返したい。
「…分かりました。私のこと、そしてお姉様のこと、お話しさせていただきます。」
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「お姉様…、それってもしかして…。」
龍の一族、そしてアリエを超えるほどの強者。亘希には思い当たる神様がいた。
「はい、ご察しの通りです。地動隊四大隊長、通称"四神"。北方の守護神『玄武』様、南方の守護神『朱雀』様、西方の守護神『白虎』様。そしてこの三人に肩を並べる御方こそお姉様、東方の守護神『青龍』様でございます。」
「やっぱり…!玄武や白虎がいるんだから青龍もいるかもって思ってたよ!」
「…玄武様とは出雲でお会いしたそうですね。」
「うん、八岐大蛇に襲われているところを助けてもらって…。」
ベルたちが何度攻撃しても歯が立たなかったあの怪物を反撃の隙すら与えずに倒した玄武。そして、白兎、カマイタチを介して麒麟の手紙を送らせた白虎。二人は日本でも有名な四神だ。もちろん亘希もよく知っていた。
「…でも四神って中国の守護神じゃなかった?」
「数代前はそうでしたが、今は日本を守護されております。中国の方は今は別の方が。」
「へぇ〜、そうなんだ。となるとこの前の玄武さんみたいに会うこともあるかもしれないってことか…。」
「…というか、会いに行かれるのでしょう?招待された、と言っていたではないですか。」
「あー、そっか。」
「ちょっと脱線し過ぎましたね。話を戻します。」
アリエが小さく咳払いをする。
「お姉様、青龍様は私たち姉妹の中でも特に秀でた才能をお持ちでした。あの方には追いつけない、子供心にそう思っていました。…それでも追いつきたい。遥か彼方で輝く一番星を掴みたい。そう思ってしまうのが性です。ですが…」
いくら努力しても、アリエが彼女に追いつくことはなかった。掴みたい星はアリエよりもっと速い速度で離れていく。
星は止まることを知らなかった。
「…いつしか私は星へ辿り着くことを諦めました。もう諦めるしか残っていませんでした。それなのに…」
下の階で扉の開く音がする。ベルの明るい鈴のような声が下の階に響いている。アリエは目を閉じ、小さくため息をつく。
「…お嬢様に出会いました。お嬢様は私には眩しく輝いて見えました。目の前に新たな星が現れたのです。夢を捨てた私をお嬢様は友達にしてくださいました。馬鹿な私は星に焦がれ、星を再び目指しました。いつか対等に同じ舞台に立てるように、と。」
アリエは目を開け、空を仰ぐ。
「もう星は追いかけないと決めたのに、私は…諦められなかった。そして今も追いつけないでいる。」
下の回から微かにドアのベルの音がする。おそらくベルが買い物を終えたのだろう。
「あなたにはあんなに友達面して色々言ったくせに、私はお嬢様の友達になれているのか正直悩んでいます。そんな自分勝手で強欲で馬鹿な自分が、私は何よりも大嫌いです。だから、私はそんな弱い自分を捨てました。欲も驕りも、強さに必要ないものは捨てました。それを皮切りに私はどんどん強くなりました。今では隊長にまで上り詰め、私を慕ってくれる仲間もできました。ですから、もう後戻りはできないんです。もう二度と私は夢を離さない。」
食べかけのパンを口に軽く入れ、席を立つ。
「…話を聞いてくださりありがとうございました。後はごゆっくりお過ごしください。」
荷物を持ち階段へ歩きだしたアリエは、ふと何かを思い出したかのように振り返った。
「…そういえば、お嬢様の鍛錬に付き合っていただいているそうですが、捗っていますか?」
「う〜ん、まあ捗ってはいる…かな?」
巨大化したりふざけたりと散々だが一応鍛錬にはなっているだろう。それにあの圧倒的なパワーなら並大抵の相手はなす術もなく倒せるだろう。
アリエは疑うような目でこっちを見つめた後、小さくため息をついて再び歩き出す。
「何はともあれ勝つのは私です。ここでお嬢様、いえ、ベルを倒して今度こそ…!」
カフェには亘希一人が残された。
アリエの話に、何か思わなかったわけではない。だがアリエはそれらを糧にして今の地位に立っている。それを否定するのは酷な話だ。
でも、それでも、強くなるのに不必要なことはない。それを知ってほしい。そう、信じたい。
欲だって驕りだって強さに繋がることがある。それを亘希はよく知っている。
アリエが捨ててきたたくさんのものをベルは持っている。
そこがベルの勝機だ。
「ふんふふふ〜ん!…ん?」
一人街を歩くベルに一通のメールが届いた。
『今から少し特訓しない?』
亘希からのメールだった。
「ん〜、どうしよっかなー?」
続いてメッセージが送られてくる。
『明後日、絶対に勝とう!』
おー!と手を挙げるウサギのスタンプと共に送られてきたメッセージに思わず笑みが溢れる。
しばらくして亘希の携帯にメッセージが返ってきた。
『了解!任せといて!』
強気なベルの返信に安心する。空には一筋の飛行機雲が上がっていた。
決戦まで後二日――




