第二十七話、決戦の火蓋。
五月の春の日差しが麗らかに差し込む中――
両雄が睨み合う。片方は雷を放電させながら、もう片方は闇と光を纏いながら。
「遂にこの日がやってきましたね。準備はよろしいですか?」
「もちろん!絶対に負けないよ!」
「でしたら、その望みは永遠に叶いません。なぜなら――私が勝ちますから!」
文字通り青天の霹靂が起こる。バチバチッと音を立てながら、彼女の体に電気が纏う。このまるで最終戦争を始めるかのような様子に亘希はただ気圧されていた。
暫くの静寂の後、ほぼ同時に二人が飛びかかる。雷と光の筋が交差する中、鎌と刀がぶつかり合う。紫の目に稲妻が、青い瞳に閃光が映る。その直後世界は白い光で包まれた――
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「はぁ!?アリエと決闘!?」
話は一週間前に遡る。二人が決闘の約束をした後、ベルはそのことを亘希に話した。
「そう、私のこれからがかかる戦いだよ。」
「これから?」
「うん、私の罰が免除されるかどうかの戦いだよ!もはや私の人生がかかってるって言ってもおかしくないッ!」
「それは言い過ぎ。」
「…まぁ、とにかく!少しは付き合ってね。今回の特訓で少しは戦えるようにはなったでしょ?」
「まぁそれはそうだけど…。明日からは学校もあるし…。」
「なら放課後!放課後なら何にもないでしょ?クラブ入ってないし。」
「その言葉はちょっと心に刺さるけど…。まぁいいよ。放課後ね。」
「よし!決戦は来週日曜日!勝つぞー!」
そう気合を入れて部屋へ駆け込んでいくベルの背中を見つめながら、亘希は思い出す。
ちょうど三週間ほど前のストラスとの戦い。あの戦いでベルはほとんどなす術なく敗れた。あの時、アリエが到着しなければベルも亘希も殺されていたかもしれない。
アリエはあのストラスをスピードで上回り追い詰めた。最後はストラスが逃亡の道を選んだため討伐には至らなかったが、もしあのまま戦い続けていたらほぼ間違いなく倒せていただろう。
もちろん相性などの問題もあるかもしれないが、あのアリエにベルがどの程度立ち向かえるか、それが疑問だった。無意識のうちに顔がこわばる。
「あっ、そうだ。」
ベルがひょこっと部屋から顔を出す。
「金曜日はちょっと用事があるから、好きに過ごしてていいよ。」
「何するの?」
「むふふ、近くのスーパーでパンのセールが…。」
「すっかり馴染んでるな…。」
いや、ほんとに勝てるかこれ。
亘希の中で不安が増幅する。まあそんなこんなで次の日の放課後を迎えたわけだが…
「来ないな…。」
待ち合わせ場所に全然来る様子がない。もうかれこれ20分くらい待っている。
「なにかトラブルでもあったのかな…?」
そんな不安を拭うように空から声がした。
「「遅れてごめーん!」」
「やっときた…ってええっ!?」
なぜか超巨大化して飛んできたベルはゆっくり速度を落とし近くに着陸した。
「「ふぅ…到着!」」
「ベル…何でそんな大きさに?」
「「あぁ、これ?こんだけ巨大化しとけば勝てるかなって。」」
「浅はかすぎるでしょ…。」
「「じゃあかかってきてみなよ!この姿なら絶対負けないから!」」
「まぁいいけど…。」
「「じゃあ試合開始!」」
――数分後。結果はまさかの亘希の圧勝。
「「なん…で…?」」
「的が大きすぎる上に遅くなってるんだよ…。体が大きすぎて動かすだけで体力使っちゃってるし…。」
巨大化に慣れてるならまだしも即興で巨大化したなら自分の体に慣れるまで時間がかかる。そのため自分では弱点に気づきにくい。その間に倒されるのがオチだ。
「確かに…疲…れた…。」
ベルの体が縮んでいく。元の大きさに戻った後もぐたっとしている。
「ベル、大丈夫?」
「あと少し休憩させて…。」
暫くしてベルが起き上がった。
「もう大丈夫。ごめん、調子乗った…。」
「ふざけすぎだよ…。このままじゃ負けちゃうよ。」
「それはやだ!」
顔をバッとこちらを向けて叫ぶ。急に大声を出すものだから一瞬驚いたが、言葉を続ける。
「…でしょ?だったら真面目にやらないと。」
「分かったよ…。むぅ…。」
特訓をアリエに押し付けた時もそうだが、ベルは大の面倒臭がりである。そのくせ勝負根性はあるので負けたくないという気持ちとサボりたい、ダラダラしたいという気持ちが心の中で渦巻いている。その気持ちのどれが表に出るかはその時の気分次第。つまり――
「じゃあ、行くよ!」
「うん。」
本気の勝負になると最大限の力を発揮する。
不可視の結界を張ったベルはまるで閃光のように光を纏い、一瞬で距離を詰める。亘希が気づいた時には目と鼻の先にベルの姿があった。
咄嗟に鎌で防ぐがすぐに押し飛ばされそうになる。一発一発が重い。いわゆるパワー型。ただでさえ受け止めるのが精一杯の攻撃が何度も放たれるので、はっきり言って反撃の余地がない。一撃受ける度に手が痺れ、鎌から手を離しそうになる。
「メテオール・テネブル!」
ベルの動きは隙がないわけではない。振りかぶりが大きいためそこに必ず隙が生じる。
だがこれは魔法がなければの話だ。実際、その隙を隠すように魔法が飛んでくる。
「続けて行くよ、ムーン・バースト!」
一際大きい光弾が空へ上がり膨張し、まるで亘希を追い詰めるかのようにあらゆる方向へ放射状に光の束が発射される。それをギリギリで避けようとするが、着弾した際の爆風で吹き飛ばされる。そこにベルの鎌が伸びてくるのだからキリがない。
「くッ…!」
鎌で弾いた魔法がまるで蛇のようにうねりと曲がり、体に直撃する。そのまま結界の端まで押し込まれて叩きつけられる。貫通していないのにまるで画鋲で止められてるかの如く身動きが取れない。
「これで終わり!ヴァイズ・ゼンゼ!」
かつて二人でガープを倒した時に使った技。その攻撃がベルの鎌から放たれる。徐々に光を纏いながら加速していく様はとても綺麗でその標的が自分であることも忘れさせる。亘希の胸に着弾したその攻撃はまるで世界を白く包み込むように光りながら爆発した。
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「はぁーー、疲れた…。」
あの攻撃で決着はついた。亘希はベルに力の差を思い知らされながら敗北した。それでも悪い気はしなかった。
「お疲れ様。はい、水。」
「ありがとう。すごく強かったね。」
「でしょ〜!まぁ死なない程度に手加減はしたけどね。」
そう言ってベルが笑う。その頰を汗が光を反射しながら流れ落ちる。
すっかり体が熱くなっていた。滝のような汗が服に滲み出す。
「でもこれならもしかしたらアリエに勝てるかも。よし、頑張るぞ!」
「…。」
「…?どした?」
「…いや、何でもない。」
何でもないわけがない。アリエはおそらくこの程度では倒せない。
この前の特訓の最後、亘希はアリエと手合わせをしてもらった。
もちろん亘希から頼んだことなのだが、アリエは快く了承してくれた。
その時のアリエの攻撃を今でも鮮明に覚えている。
アリエの攻撃は全て手加減なし。彼女曰く、『本気で戦わないと相手への礼儀に反する』らしい。
それだけでも十分怖いのだがいざ戦いが始まるとその様子は一変する。
止まることを知らない攻撃、それを可能にしている速度、そして何よりも恐ろしいのは自らの魔法への理解度だ。水を操りそこに電気を流す。一見単純そうに見えるこの攻撃は戦場では圧倒的な力を発揮する。
水は電気を通しやすい。仮に電気が流されている水に手が触れた場合、この電気はより電気が流れやすい人体へ動き、感電する。それを自分で好きな時に作り、再現できる。これ以上のアドバンテージはない。
このままであのアリエに勝てるのか…。それは分からない。でも――
「よし、今日はこのくらいにして明日もやろう。」
「賛成。私ももっと鍛えたいし。力こそ全て!」
「それはわからないけど…。じゃあ明日からも決戦当日に向けて二人でトレーニングだ!」
「おー!」
相手が誰であろうと勝つためには努力が必要だ。
負けず嫌いのベルはその努力を惜しまないだろう。だったら利用するしかない。二人で勝つ、この戦いを。
こうして時間はあっという間に過ぎて行く。そして――決戦当日を迎えた。
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一方その頃、山奥のどこか――
ここには人工物の音が全く届かない。静かな山中に水の滴る音だけが聞こえる。
山奥にある大岩の上に一人の女性が座禅を組んでいた。たくさんの自然の音が山中を騒がしくしているが、その女性は全く動じない。暫くして立ち上がったその女性には電気が纏われていた。
「明鏡止水…。私は誰にも負けない。お嬢様にも、必ず…!」
雷鳴が山の中で轟く。アリエはそのまま雷を纏いながら山を降りていった。




