第二十六話、悪魔の王。
「――ウチはアマイモン。これからよろしゅう頼むで。」
黒い雲が空を覆い尽くし、雨がしきりに降り、時々雷が落ちる。その雷光が度々暗い城の中を照らす。
「アマイモン…?まさかあの…?」
「そうや。多分あんたが考えとる通りや。まぁ近くに用事があったから少し顔を出してみたわけやけど…。」
悪魔アマイモン――他の有力な悪魔の中で一番若いながらも、その実力でのし上がり頭領にまで成り上がった実力者だ。フルフルの主人であったガープもアマイモンに忠誠を誓う一人であった。フルフルはまだ彼女には会ったこともなかったがそれでも名前を知ってるほどの有名な悪魔だ。
「あんたらなぁ、何を喧嘩しとん?喧嘩しとる暇があるほど暇にはさせてへんはずやけど。」
「いえ…その…ガープ様が亡くなられた件で…。」
「せやったな。ほんま悲しい話やわ。それで?」
「あの時、出雲に行くようガープ様に言ったのがストラスだったっすから、あの件も全てストラスの策略ではないかと思ったんす。」
「…と言うとるわけやけどそれはほんとなん?」
今度はストラスの方へ目線を向ける。
「ガープ様の件、本当に心が痛ましいデスワ…。確かにワタクシは彼女に助言をイタシましタ。デスガそれは決シテ彼女を殺そうだトカ思ってイタワケではアリません。」
「最近は命令違反に独断行動、いろいろやらかしてるようやけどそれはほんとのことを言うとるんよね?」
「ハイ、その件は誠ニ申し訳ございマセン。デスガ全ては貴方様のタメ。貴方様ヘノ忠誠のタメニございマス。ゴ了承を。」
「てなわけや。この話は終わりや。ほなな。」
そう言って背を向けて去ろうとするアマイモンに届くようにフルフルが叫ぶ。
「こんな奴を信用できるんすか!?私は…!」
「終わりや言うとるやろッ!」
「ッ…!」
先ほどまでとは打って変わって声を荒げるアマイモンについビクッとなる。
こちらをきっと睨むその目は端が赤くなっていた。その目の端に涙のようなものが見えた気がした。
「それ以上も以下もあらへん。ガープの話は終わりや。」
足取りを止めることなくアマイモンは外へ歩き出す。
「…ウチは君臨せなあかん。それがあの日ウチが立てた誓いや。この決意は誰がいなくなろうと変わらん。」
呆然としているフルフルをよそにストラスが一歩前に出る。
「失礼なガラ申し上げマス。今日は他ニモここに用事がアッタのでハ?特に、フルフルさんに。」
足取りが一瞬止まり、二人に振り返る。
「…せやった。フルフル…やったな?あんたは今日からここを立ち退いてもらう。」
「…何でっすか!?」
「そう慌てんでもいい。ガープが亡くなった今、あんたは独りや。せやからウチがあんたを引き取る。精々ウチの元で精進しぃ。」
「…!アマイモン様の元でですか!?」
「そう言うとるやろ。改めてこれからもよろしゅうな。」
「…はい。」
アマイモンが信用できるかはまだ怪しい。だが使える主人もいない中、アマイモンの元で働けることは渡りに船だ。フルフルはこの方に――アマイモンに使えることを決めた。
アマイモンが去った後、城にはフルフルとストラスだけが取り残された。
「…もし、私の言いがかりだったなら謝るっす。すみません。」
「イエイエ、疑われるようなコトをしたアタクシも悪いデスシ。謝らなくテモ結構デスワ。」
「ですが、私はまだお前を信用してないっす。今度怪しい動きをした時はその時は…。」
「分かってマスワ。それではお先に。」
そう言ってストラスは去っていった。
一人残された城の中でフルフルは一つの部屋の鍵を開けた。
ガープの私室。ガープがいた時と変わらないままの場所に私物が残されている。
ガープが寝ていたベットにそのまま顔をうずめる。鼻に香るもう二度と感じることはない人の匂いがフルフルの涙腺を刺激する。
「はぁ…何をやってんすかね、私。」
ガープのことを思い出さない日はない。未だにあの人の声が、あの人の匂いが、脳に染み付いて離れない。
何をどうすればあの人を守れただろうか。そもそも私はあの人を守れるほどの力があるのだろうか。
私は、無力だ。
フルフルはガープの枕を抱えたまま深い眠りについた。
一方その頃…
城の近くの上空では巨大なフクロウ型の使い魔に乗ったストラスが帰路についていた。
雷はまだ鳴り止まない。雨もさらに勢いを増し、ストラスの体に降り注いでいる。
「…フフッ…フフフッ!オーーッホッホッホッ!」
ストラスの甲高い笑い声が暗い空の中響く。
ストラスが目にしているものは使い魔の記憶。出雲に放っておいた個体のものである。
何度も何度も繰り返し再生する。その記憶に映るのは過去を乗り越えた悪魔の少女。
「やっぱり乗り越えマシタか…!貴方なら出来ると、ソウ信ジテイマシタよ…!…やっぱりワタクシの勘は正しカッタ!これからも見せてくれますヨネ?貴方自身の成長を…!」
ストラスの細い指が記憶の中のベルをなぞる。
その顔には不敵な笑みが浮かんでいた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「…ハックシュン!」
「うわっ、また大きなくしゃみ…!」
「風邪でもひいてるのですか?」
「いや、そう言うわけじゃないんだけど…。」
一方こちらは特訓中の亘希たち。特訓も二日目に差し掛かりより一層拍車をかけていた。アリエの鍛錬もより一層厳しさを増し、滝のような大汗をかくまで続いた。
「そういえば…ゴールデンウィークは今日まででしたよね?宿題は終わらせていますか?」
「一応ね。あっ、アリエ、少しお願いがあるんだけど…。」
「何でしょうか?」
「あの、これからも特訓を…」
「続けさせてほしい、でしょう?」
「よく分かったね…!」
「大体あなたの思考回路も分かってきましたから。」
特訓を一通り終えた亘希に冷蔵庫でキンキンに冷やした水を渡す。
「私も、あなたたちと特訓するのは楽しいと思えるようになりましたし、ここで終わってしまってはせっかく鍛えた体も鈍ります。二日程度で力はつきません。何事も繰り返すことが大切なのですよ。」
「…うん。分かる気がする。」
「…ではそろそろ今日の分の特訓は終わりにしましょうか。それではまた来週日曜日にここでやりましょう。」
「分かった。先生ありがとうございました!」
「気をつけて帰ってくださいね。」
亘希が去った後、アリエも家の中に入ろうとする。
「ちょっと待ったーー!」
ベルの声が夕暮れの空に轟く。
「…何ですか。」
「いや、何ですかじゃないでしょ!何で生徒置いて先生が先帰ろうとしてるの!?」
「まだ終わってなかったんですか?早く終わらせてください。」
「アリエがやれって言ったんでしょ!」
「…っ…!大体お嬢様が彼に変なこと教えたのが悪いんですよ!罰はきちんと受けるべきです!」
「でもこれはやりすぎでしょ!?」
「いいえやりすぎではありません!出来る範囲のことしか指示していません!」
「じゃあこれが簡単だって言うの?これが?じゃああの亘希くんとの差は何なの?」
「彼はまだ始めて二日です!彼の特訓の方が簡単なのは当然じゃないですか!」
アリエもついヒートアップし口論にまで発展した。
「あーもう!そんなこと言うなら決闘だよ決闘!私が勝ったら二度と私にキツイ鍛錬をさせないこと!いい?」
「いいでしょうやってやりますよ!その代わり私が勝ったら鍛錬内容をさらにキツくしますからね!」
「上等だよ!約束は約束だよ!」
「ええ!約束は守りますとも!ですが、私が勝ちますけどね!」
「勝つのは私だよ!」
本当に火花が見えてくるほど両者が睨み合う。
「では来週の特訓時間!ここでやりましょう!小細工なしですよ!」
「望むところだよ!」
こうして二人の決闘が決まったのだった。
そして迎えた決闘当日――。
「絶対に負けません!」
「私が勝つ!」
規格外の戦いが幕を開ける――。




