第二十三話、八雲立つ出雲に夕日落つ。
「…さてと、お嬢様は…。出雲大社の方ですね。」
出雲市のとある岬。アリエは食事を終え、近くの高い灯台の上に立っていた。
何の因果か彼女のお昼も海鮮丼だ。
「今の所近付いてくる敵はなし…。もう何かが起こることはないでしょう。」
龍であるアリエは電気を操ることができる。そのためそれをレーダーのように使い、離れている人の微弱な電波を感知して場所を特定したりすることができる。
「私はそろそろ帰りましょうかね…あれ?」
そこでアリエはある違和感に気づいた。
「この電波は…。なぜ彼女たちがここに…?」
生物や個人によって発せられる電波は多少なりとも違いがある。アリエは悪魔とも人とも違う電波を感じていた。この電波のパターンにアリエは覚えがあった。
「彼女たちに限って敵意はないでしょうが…面倒ごとに巻き込まれなければ良いのですが…。」
強い潮風がアリエの髪を揺らす。
「風が強くなってきましたね…。」
吹き荒れる強風の中、アリエが呟く。
晴れた空にただ木の葉だけが舞っていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「へくちっ!」
「…?どうした?」
「ちょっとくしゃみが…。ちょっと寒くなってきたからかな?」
「確かに風が出てきたね…。大丈夫?」
「うん、我慢できるくらいだし。まぁ、魔法でも何とかできるしね!」
「魔法様様だね…。」
食事を終えた二人は参道をまっすぐ歩いていた。日は照っているが風は寒く、体を外からじんわりと冷やす。最近は暑すぎて忘れていたが、今はまだ5月である。
「やっぱりジャケット持ってきた方が良かったかな…?」
「ふっふっふ、私に任せて!」
ベルの手がぼんやりと発光する。途端に体が暖かくなってきた。いや…暖かいというよりこれは…
「…熱っ!」
「ああ、ごめんごめん!今冷やすよ…。」
「いや今度は冷たっ!」
熱くなったり寒くなったり散々だ。
「はぁ〜…。」
「本当にごめんね?神社ではあまり魔力の操作が効かなくてさ…。」
「えっ、でも神社って何か魔力が沢山あるイメージっていうか…。」
「魔力が多いっていうのは正しいよ。でもね〜、多すぎるんだよ。ほら、少し火をつけようとしても…。」
ベルの指に灯った小さな火は一瞬で業火に変わり果てた。
「こんな感じでほぼ暴走状態になるんだ。」
「へぇ〜。」
「まぁ、魔力が消耗した後に来るにはもってこいなんだけどね。自動で魔力が回復していくし。」
例えるならゲームのMP回復エリアといったところだろう。今更気付いたがベルの体は境内に入ってから少し発光しているようにも見える。
「まぁ、魔力に限界はあるけどカンストしないからあればあるほどいいんだけど、その分魔力の制御が難しいから結構大変なんだよ。だから制御できる範囲の魔力だけ残して、他は身体強化とか、傷の回復とかに当ててるって感じ。理解できた?」
「まぁ、うん、できた…よ。」
「さてはあんまり分かってないな〜?」
「まぁ、ちょっとね…。でも大体はわかったから。」
「ふーん、ならいいけど。」
ベルが大きく伸びをする。
「さて、そろそろ行こうか。もう暑くなったり寒くなったりしすぎて今暑いのか寒いのか分からなくなったけど。」
『本当にごめんって!」
少し歩くと黒い大きな鳥居が見えてきた。
「これが勢溜の大鳥居…。勝手に赤いのを想像してたけどこれって…。」
「うん、黒いね。」
神様の領域の門として聳え立つ大鳥居に無意識のうちに気圧される。魔力を感じ取れるベルが近くにいるせいだろうか。いつもは感じることのないオーラのようなものが身体中を駆け巡る。
鳥居とは元々神域と人間たちの世界との境界を表すためだけではなく、何か邪悪なものが中に入ってこないようにする結界のような役割もある。そんなものから強い魔力を感じるのは当たり前だ。
「さて、ここで立ち止まっていてもしょうがない。行こうか。」
「うん。」
そうして鳥居を通過したがその時ベルが何か魔法を出したのを亘希は見逃さなかった。
「…今何か魔法使った?」
「うん、まあね。」
「どうかしたの?何か敵がいるとか…」
「ふふっ、秘密だよ。後で教えてあげる。」
「気になるじゃん…。」
「秘密はお互い様でしょ。」
「まあそうなんだけどさ…。」
そうして談笑しながら歩いていく二人を追う影があった。その二つの影はバレないようにゆっくりと二人の後をつけていく。
「追いついたです…!さっさと任務を終わらせてやるです!」
「頑張ってね〜。」
「お前もやるですよ!付いてくるがいいです!」
鳥居のそばまで走り、柱の影に隠れる。
「まだ見つかってないみたいです…。先回りしてカッコよく登場してやるです!」
だが、ベルはそんなに甘くはなかった。
二人が鳥居を通過してベルたちを追おうとする。しかし…
「あれ〜?ここって…?」
「どうなってるですか…!?何で鳥居の外に…!」
鳥居を通過したはずなのになぜか二人は鳥居の外にいた。
「まさか…!追ってきてることがバレてるですか!?」
戸惑いつつも遠ざかっていくベルの背中を目で追う。
ベルはそんな二人に軽く振り返ってからかうように舌を出した。
「――ッ〜〜!ムキーーッ!あの女やってやるです!あの方の娘だろうが知ったこっちゃないです!こら、離すです!」
「落ち着いてよ〜!今はここを突破しないと…。」
二人とベルとの距離はどんどん開いていく。二人が鳥居を突破した時にはもう見えなくなっていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ベル、どうかした?さっきからやたらニヤニヤしてるけど…。」
「ううん、ちょっと面白いことを思い出しただけ!気にしなくていいよ!」
「ならいいけど…。」
二人は順調に参道を進み、三の鳥居、『松の山道の鳥居』まで来ていた。
「もうすぐ『銅の鳥居』って呼ばれてる鳥居が見えてくるはず…。あれかな?」
「結構歩いたね。」
「うん、鳥居はこれで四つ目か…。何でこんなに鳥居があるんだろう?」
「それはね、亘希くん、鳥居を通れば通るほど神聖な領域になっていくからだよ。」
「神聖な領域?」
「そう、鳥居は神の世界と人間界との境界を表すもの。つまり鳥居をくぐれば人間の世界から離れて神の世界に一歩近づくってことになるの。だから四本もくぐればどんどん神の領域に近づくってわけ!」
「へー、物知りだね。まぁ神様だから当然っちゃ当然か。」
「…ってグー◯ル先生が言ってた。」
「いやグー◯ル先生かい。っていうかそのスマホ…。」
「ごめん、借りちゃった!」
「まぁ別に使ってもいいよ。今はあんまり使わないし。」
「やった!ありがとう!」
出雲大社は長い参道を抜けた際にある。拝殿や八足門、御本殿、素鵞社、神楽殿などからなり、日本でも特に有名な神社だ。名前すら聞いたことがないという人はおそらく日本にはいないだろう。
『銅の鳥居』をくぐり抜けると、一際目立つ神楽殿が二人を出迎える。
「あれが神楽殿…!調べてた通り大きなしめ縄だな…。」
神楽殿で一際目を引くのはその大きなしめ縄だろう。長さ13メートルにもなるその日本最大のしめ縄は出雲大社のシンボルになっている。
「さて、本殿から回ろうか。ベル、行くよ。」
「了解!」
国宝である本殿は中に入って見ることはできない。なので八足門から参拝する必要がある。
賽銭箱にお賽銭を投げ入れる。
出雲大社の参拝方法は他の神社とは違って特殊だ。
通常、神社ではニ礼二拍手一礼が一般的だが、出雲大社ではニ礼四拍手一礼が正しい。
亘希の願いは『ベルとこれからも仲良くいれますように』。
それが今の一番の願いだった。
願いを伝え終えた亘希はゆっくりと目を開き、ベルを覗く。ベルはまだ祈っていた。神が神に祈るという奇妙な光景だが、邪魔しては悪いので少し下がって待つ。しばらくしてベルが戻ってきた。
「長かったね。なに願ったの?」
「秘密!話したら叶わなくなるから。」
「そんなことはないと思うけど…。まぁいいか。」
「で、次はどこ回るの?」
「素鵞社ってところ。祀っているのは須佐之男命だね。」
「ふ〜ん。」
そういえばベルはどのような家系なのだろう。既に最高神の娘であることは知っているが世界各地に神話がある以上特定は難しい。亘希はまだイマイチ天界というものを掴めていない。どういったところなのか、何のためにあるのか。疑問は浮かぶばかりだ。
「ねぇ、ベル。」
「ん〜?」
「ベルってさ、こういった日本の神様とはどういう関係なの?」
ベルは少し黙り込んだ後話してくれた。
「私たちは天照大神の遠い子孫に当たるね。だから、日本の天皇家とも遠い親戚みたいな感じかな。」
「へぇ〜。」
ということはここで祀られている天照大神の弟の須佐之男命も無関係ではない。ベルとは血が繋がっている。神話マニアの亘希としてはほかにもいろんな神々との関係を聞きたかったがここはあまり深追いしないことにした。
素鵞社に向かってまたニ礼四拍手一礼をして参拝する。
参拝を終えた後、亘希はあることに気付いた。
そうだ、確かここであれを…。
カバンから袋を取り出す。稲佐の浜で亘希が何かに使っていたアレだ。
「それって浜辺で使ってたやつだよね?何が入ってるの?もう教えてもいいでしょ?」
「うん、何をいれてたかというと…。」
袋の封を解き、取り出す。柔らかい砂が指の隙間を通っていく。
「それって…。」
「うん、稲佐の浜の砂だよ。」
「何で持ってきたの?砂なんて何に…。」
「あそこに供えるんだよ。」
よく見れば砂の入った木箱が両端においてある。亘希はそこに持ってきた砂を入れて既に入っていた砂を代わりに入れる。
「ここの砂は厄除けの効果があるって言われてて、『お清めの砂』とも呼ばれてるんだって。これを見てから僕もちょっとやってみたいなって思ったから。」
「へぇ〜、私も持ってきたらよかったな〜。」
「ベルの分も持ってきたよ。」
砂の入った袋をベルに渡す。
「ほんと!?ありがとう、亘希くん!」
そういって木箱の方へ駆け出す。
「入れすぎないようにね!」
「はーい!」
こうして二人とも砂を手に入れたのだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
太陽はもう沈みかかっていた。
出雲大社への参拝を終えた二人は再び稲佐の浜に来ていた。
静かな波の音が心を和ませる。二人の旅の終わりが近づいていた。
「…楽しかったね。」
「…うん。」
夕日を写した海面がキラキラと反射している。
とても楽しい旅だったと思う気持ちともう終わってしまうという寂しさが交差する。
だが、本当に今日で二人の旅はほとんど終わりだ。明日の朝、またバスに乗って帰る。
そんな何ともいえない気持ちを抱えながら二人は海を見つめていた。
「何勝手に…!終わらそうとしてるですか…!」
「…!?」
「やっと…!追いついたです…!」
二人だけの浜に新たな二人の乱入者が現れた。猫耳の女性がコホン、と咳払いをする。
「自己紹介をするです。私は白虎様が配下、地動隊参謀・副隊長、カマイタチです!」
「同じく副隊長、白兎だよ〜。」
夕日が沈む出雲の中で現れたウサギとイタチは二人の目論見通りカッコイイポーズをして名乗ったのだった。




