第二十二話、出雲の旅路。
「…つ、着いたーーー!」
ベルの声が響くここは出雲大社。
日本でも屈指の有名な神社であり、そして年に一度、十月に八百万の神々が集まるとも言われている神社である。
今はまだ十月ではない。しかし、五月の今、本当に神様が来ていることに気付く人はいない。と言うか考えもしないだろう。まぁそれは仕方ないのだが…。
「まぁ、こんな子が神様だなんて思う人はいないよね…。」
「何してるのー!早く早く!」
「こら、神社の中では走らない。あと、真ん中は歩かないように…ってあれ?」
そういえば神社の参道の真ん中を歩いていけないのは神様が通るからだったはず。これはもう神社のマナーとして理解されているが、このマナーは人が基準である。この場合、神様であるベルはどこを歩けば良いのだろうか?神社に参拝しに来る神様なんて前例がなさすぎて(そもそも参拝される側だし)、全くわからない。
「ベルは神様…じゃあ真ん中か?いや、一応人の見た目してるしみんなにも見えてるから端を通ったほうが…いやでも…、」
「さっきからボソボソ何言ってるの?」
いや、考えすぎてもしょうがない。ここは人目につかないためにも端っこを歩かせよう。
「ベル…あれ?」
いつの間にかベルの姿がない。もう先に行ってしまったのだろうか?
「亘希くん♪」
後ろから声をかけられる。
「あっ、ベル今までどこに…むぐっ」
振り返った瞬間口に何かを突っ込まれる。
あまりの熱さに悶えるが、すぐに甘いものが舌に触れた。これって…。
口に突っ込まれたものを飲み込めるサイズに噛み割って頬張る。ほどよい甘さの餡子の味が口一杯に広がる。
「…!美味しい…!」
「でしょ〜!おふく焼きって言うんだって!」
「へぇ〜…!」
あっという間に食べ切ってしまった。
「いつの間に買ってきたの?」
「え〜、亘希くんがずっとブツブツ言っててずっと動かないから今のうちにって思って。」
「勝手にどっか行かないの…。それにしてもこんな良いものよく見つけたね。調べたりとかしてたの?」
「ううん、良い匂いがしたからそれで!その匂いを辿ったらそのお店に着いたんだ!」
「地獄耳ならぬ地獄鼻だな…。ここからは他の匂いも混ざってどこから匂うかなんてわからないのに…。」
「ふふん、すごいでしょ〜!」
そう言って頭を近付けてくる。この前のホテルの一件といい、ベルは全体的に距離が近い。人と話すのが苦手な亘希にとっては先に話を振ってくれるのでありがたかった。優しくベルの頭を撫でる。満足そうな笑みを浮かべるベルにこちらまで口元が綻んでしまう。
「…っていうかここ道の真ん中じゃん!端寄って端!」
知らぬ間に人の流れが多くなってきている。そろそろ昼になってくるからかもしれない。
「ベル、そろそろお昼にしようか。」
「うん!」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「…と言ってもどこ行こうか…?」
「出雲そばは昨日食べたし…、あっ!」
「ん?何か見つけた?」
「なんか…良い匂いがする…!」
「あっ、ベルの地獄鼻発動。」
「こっちだよ!」
「了解!」
ベルの案内で人の波を越えていく。
「ほらここここ!!」
「えっと…海鮮丼…か。いいね。じゃあここにしようか。」
幸い席は空いていた。席に案内されて席に着く。
「ベルは何頼む?」
「えっと、私は…あっ、このイクラ丼で!」
「じゃあ僕はこのノドグロ丼にしようかな。」
出雲は海産物も名物だ。特にノドグロの漁獲量は全国でも多く、名物となっている…らしい。
しばらくして頼んだ丼が運ばれてくる。
「あっ、来た来た。」
「わぁー!美味しそう!」
ノドグロなんて食べるのはいつぶりだろうか。もう数年食べていない。こっちに引っ越してくるより前に一度、どこかで食べてとても美味しかったのは覚えていた。
「それじゃあ…」
「いただきます!」
ベルがいつもの通りに美味しそうに口いっぱいに頬張る。
そんなベルの笑顔を見ながら亘希も箸を進める。
とても美味しく、懐かしい味がした。
「とっっってもおいしいね!!」
「うん、これもベルがここに案内してくれたおかげだね。」
「ふふふ、私の地獄鼻に狂いはなかったのだよ、ククク…!」
「いや何のキャラだよそれ…。」
とても美味しく箸が進むので、すぐになくなってしまった。
「ふ〜、食べた食べた!もうお腹いっぱい!」
「え〜、私はまだいけるけど〜?」
「いや、ベルは少し例外だから。」
さすがは暴食の悪魔・ベルゼブブの孫なだけはある。一体どこに消えているのかとてつもない食欲だ。
「分かったよ。ちょっと休憩したらもう一軒だけ寄ろうか。まぁ流石にご飯はもう終わりだけど。もう目星はつけてるから。」
「分かったよ。…はい休憩終わり!行こう!」
「いや早すぎるよ!もう少し休憩させて…。」
そのまま出雲大社の参道をお土産などを見つつぶらぶらする。お腹にデザートが割って入る隙間ができるまでの時間潰し…ではあるがこういう時間はなかなか楽しい。こういう自由時間が亘希は好きだった。
「ねぇ〜、まだ〜?」
…ただ一つ、ベルが肩にまとわりついてくることを除けば…。
「分かったからちょっと離れて…。」
「むぅ〜。早く行こうよ〜。」
「分かったから…!じゃあ行こうか。」
「…!!うん!」
二人が向かったのはここからそれほど遠くない和菓子屋。ここで頼むものといえば…。
「ぜんざい…だよ!」
「うぉ、いきなりどうした?」
「だってさっきからいい匂いがくるんだもん!早く食べたい…。」
「分かったよ。」
しばらくして待ちに待ったぜんざいが運ばれてきた。
「うわぁ〜!!おいひほう!」
「いやもう食べてるじゃん…。」
でも確かに…。
「…!美味しい…!」
「でしょでしょ〜!あったかくて甘い…。まさに至福…!」
「まさかベルがここまでぜんざいにハマるとは…。思いもしなかったよ。」
「私は全ての甘いものの味方なのだ〜。自分から私の方に来てくれると嬉しいな〜。」
「いや来ないから。自分で行かないと。」
「私のルーティーンは『食べる』、『寝る』!この二つだよ!」
どこからかドヤッと効果音が聞こえてくる。
「それ絶対太るやつ!ドヤるところでもないし…。怠惰すぎるにも程があるでしょ…。」
でも確かにベルの気持ちもわからないことはない。こんな美味しいものを永遠に食べれたらどれだけ至福だろう。一緒に出てきた抹茶の苦さがぜんざいの甘さにフィットしている。なんて美味しすぎるのだろう。
「…さて、ご飯も休憩も済んだことだし、そろそろ出発するよ!」
「えっ、待って、私まだ食べ終わってない…!」
「待つに決まってるじゃん。よく噛んで食べてね。」
「はーい。」
亘希が残ったお茶を啜っていると、
「そういえばさ、これ、君に渡してなかったよね。」
「えっ?」
そう言って手渡されたのはまるでバッジのようなものだった。
「これは…?」
「これは言わば私の依代。と言ってもこれが弱点とかそういうことはなくて、契約者がこれを持ってると、契約者が呼べばいつでもどこでも具現化できるって代物だよ。あとは君に何かあった時の追跡装置にもなるし。」
例えるなら『アラジンと魔法のランプ』の魔法の指輪のようなものだろうか。確かにこういうものがあった方がいざという時に役立つだろう。
「分かった。受け取るよ。」
「よかった〜。…よし、食べ終わったしそろそろ行こうか!」
「うん!」
レジでお金を払って店を後にする。
その背中に感じる視線にベルたちは気付かなかった。
「…あれがあの方の御息女ならびに大悪魔ベルゼブブの孫…ですか。」
「確かに可愛らしい子だったねぇ〜。」
ちょうど二人が座っていた席の隣。そこに彼女たちは座っていた。
少し暑くなってきたのにそれを気にも留めないような長袖の黒いローブ。そして何より目を引くのはその頭から生える大きな耳。片方の女性には大きなウサギの耳が生え、もう片方の女性にはネコのような耳が生えている。
なぜか周りの人たちはそれに見向きもしない。まるで何も見えていないように。
「白虎様のご命令通り私があの方達に手紙を渡してくるです。」
ネコ耳の女性が話す。
「私もいくよ〜。一人で行かせるのはしんぱいだしぃ〜。」
それにウサ耳の女性が応えていた。
「ありがとうございますです。ですが、余計な手出しは無用です。あなたは後ろからついてくるだけでいいですよ。」
「はいはい。分かったわ〜。」
ベルたちの後を追うようにローブを翻しながら店を後にする。
その時急に強風が吹き、ローブを吹き飛ばす。
だがそんなことは気にも留めず、いまさっきベルたちが歩いて行った方向へ歩みを進める。
「必ず私がやり遂げるです。もう失敗などしないのです。」
「ええ、行きましょうか〜。」
二つの影は『神の領域』へ足を踏み入れた。




