第二十一話、救済。
新しい、朝が来た。
「ふあぁ〜…。もう朝…?」
カーテンの隙間から日の光が差し込んでくる。
亘希はまだ寝ていた。彼の顔を見た途端に昨日のことがフラッシュバックする。あの時を思い出すと妙に胸がドキドキする。またあの時のように亘希に手を伸ばす。が、すぐに思い留まり、手を引く。
「はぁ…何やってるんだろ、私。こんなこと考えっぱなしじゃあせっかくの亘希くんとの二人旅楽しめないじゃん…。」
すぐに忘れたい。頭の中を空っぽにして新鮮な気持ちで旅がしたい。
でもやっぱり…。
再び亘希の頬に手を伸ばす。だがその手が触れる直前に亘希は目を覚ました。
ベルはハッとして伸ばしていた手を誤魔化して顔を背ける。
「ん…、あ、ベル、おはよう…。」
「う、うん、おはよう。」
――もー!ほんとに何しようとしてるの私!
そう叫びたくなるほどベルは恥ずかしさの頂点に達していた。
「…?ベル、どうかした?なんか顔が赤いけど…。」
「ななななんでもない!」
「じゃあなんで頑なにこっち見ようとしないの?」
亘希がベルの顔を覗こうとする。だがベルはまた顔を逸らし続ける。
「ふん!」
「…?どうした…」
「ふん…!ふんっ!ふんっ!ふんっ!」
「え、なんで首振ってるの…?」
もちろん亘希はその理由を知るはずもない。
「ベルー…?」
「ふんっ!ふんっ!ふんっ!」
「…ご飯食べにいくよー?」
「ふんっ!ふんっ!ふんっ!」
「…行かないの?」
「ふん…あっ、行く!」
結局理由は分からずじまいだったが、その後ご飯を食べて元に戻ったベルを見て内心安心した亘希であった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
『…ゆっくり◯夢です。』
『ゆっくり魔◯沙だぜ。今日は今日の出雲旅行の予定について解説していこうと思うぜ。』
『わー、楽しみね!私も今からワクワクするわ!』
『私もだぜ。それじゃ…』
『ゆっくりしていってね!!!』
「いや何このコーナー?」
ご飯を食べ終わり部屋に帰るや否やベルが急に話を進めてきた。しかも紙芝居までつけて。これではまるっきりゆっくり解説ではないか。
確かに今から予定を説明しようかとは思っていたが…。
「…まあいいや。じゃあ今から今日の予定を説明するよ。」
『それじゃあ早速…ゆっくりしていってね!!!』
「その地味にうまい棒読みやめて。」
「はーい。」
「えーと、まず行こうと思ってるのは稲佐の浜ってところ。その後に出雲大社に行こうと思ってるよ。」
「ふーん。出雲大社より先にそこに行くんだ…。私はてっきり…。」
「うん、僕も最初はそうするつもりだったんだけど、色々調べてみたらちょっとやりたいことがあってね。」
「えっ、なになに?」
「まだ秘密。出雲大社に着いたら説明するよ。」
「むぅー。私に隠し事するんだ…。」
「着いたらちゃんと話すよ…!」
頬を膨らませるベルを宥める。
「それで次は…。」
「続きは話さなくて良いよ。今聞くより自分でその場所に行った方が楽しめるし。」
「そう?…まぁ、確かにそうか…。分かった。」
「よし、それじゃあ早速ゆっ…」
「言わせない言わせない。」
「分かったよ…。それじゃ、レッツゴー!!」
こうしてベルと亘希の、二人の旅が始まった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
昨日まで亘希は本当に出雲大社に行って良いのか悩んでいた。ベルは悪魔だ。悪魔とは聖書などでは神の敵を意味する。そんなものが神域である出雲大社に入ると何が起こるかわからない。下手すれば死ぬ可能性すら考えられる。ベルをのためにも行かない方が得策なのではないかと考えたりもした。
しかし、昨日の一件でベルの正体が分かった。悪魔の子とはいえど神の子でもあるなら神社には行ってもおそらく問題ないだろう。なら、行くなら出雲大社は確定だ。亘希は出雲大社くらいしか島根の印象が薄い。最初に島根の旅行を考えた時も真っ先に思いついたのは出雲大社だった。
亘希たちはホテルを出たあと、電車を乗り継いで伊佐の浜へ向かった。
「出雲大社よりも遠い駅にあるんだね…。なんで先にこっちに行くの?」
「さっきも言ったでしょ、出雲大社に着いてから話すって。それまでのお楽しみだよ。」
「むぅ〜〜。」
「不機嫌にならないでよ…。」
そうこうしているうちに駅に着く。
「えっと…ここから少し歩けば着くみたい。歩ける?」
「うん、大丈夫だよ。」
駅から出て街道を二人で歩く。
「…そういえば亘希くんはさ、どうして私が悪魔だって信じてくれたの?」
「そりゃあ夢で見た人が現実にもいてその上夢のことまで知ってたら、もしベルが普通の人だって名乗っても信じられないよ。自分でも悪魔だって名乗ってたし。」
「そっか。…じゃあさ、もし私が神だって名乗っても、私を信じてくれた…?私が夢じゃなくて最初から現実で会っててもそう信じてくれた…?」
「うん。絶対に。」
「なんで…?もしかしたら嘘かもしれないんだよ?なのにどうして…?」
「それでも、僕は信じずにはいられなかったと思う。だって僕、神様に会うのが夢だったんだ。」
歩みを止め、空を見上げる。
「言ったっけ、昔から僕はお父さんに連れられていろんなところに旅行に行ってたんだ。神社にも何回も行った。そうしているうちにどんどん神様に惹かれるようになったんだ。僕は友達もいなくて親もあんな感じだったし一人でいることが多かった。暇な時はいつも神社に通ってた。神社に行くと誰かがそばにいてくれるような感じがして一人ぼっちだった僕を支えてくれた。だから僕は一度でいいから神様にお礼が言いたかった。ベルはそれを叶えてくれた。友達にもなってくれた。」
亘希が振り返り微笑む。
「ありがとう、ベル。僕と友達になってくれて。僕を、支えてくれて。」
ベルは知っている。強すぎる信心はいずれその人を滅ぼすことを。
ベルは知っている。それでも神を信じることは人の心の支えになることを。
どちらにしろベルがその人たちに口出しする権利はない。当事者として、神として、それをよく知っていた。
「…私たち神は君たち人間が思っているようなものじゃない。私たちができるのはせいぜい生命の監視者として君たちを見守ったり、体を失った魂を導くことくらい。この世に全知全能の存在はいない。――でもね、私はできるだけ多くの人を救いたい。そう思ってる。私の人生は私以外の全ての人のために使う。そう約束したから。」
「ベル…。」
「だからさ、亘希くんにも協力してほしいんだ。私はお礼を言われる立場ではないし君の助けになれるわけじゃない。でも、それでも、亘希くんが私を助けてくれるなら私も自分を諦めずにいられる。私の夢を叶えられる。だからお願い、これからもずっと私の助けになって?」
「…分かった。これからも君をできる限り助けるよ。」
「うん、ありがとう。」
ベルの顔に喜びの表情が浮かぶ。
そんな中亘希が小さくつぶやいた。
「…約束…か…。」
「…?どうかした?」
「いや、なんでもない。もうちょっとで着くみたいだから早く行こうか。」
「…うん。」
二人は再び浜に向かって歩き出した。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ふー、着いたー!」
「結構歩いたね。」
「ほんとだよ〜。ちょっと疲れたなぁ…。」
「はい、これ飲んでいいよ。」
亘希はベルにスポーツドリンクを差し出した。
まるで冷蔵庫から出したばっかりのように冷たい。
「冷たっ、いつの間に買ったの?」
「ベルが砂浜に着いた途端に海に走り出したからそのうちにね。近くに自動販売機があったから。」
「ふーん、気がきくじゃん。褒めて遣わす。」
「いやなんでそんな偉そうにしてるの?」
「ふっふっふっ、私は神様だよ?」
「お客様は神様みたいに言うな。まあそっちと違って本当に神様だけど。」
「ふっふっふっふっふっ。」
「結局何がしたいの…。」
心地よい波の音が耳元を掠める。
潮の香りがちょうどいい具合に漂っている。
「わー…。…。」
いつもは騒がしいベルも今ばかりはその音に耳を澄ませる。
そうだ、今のうちに…。
「…ん?座り込んで何してるの?」
「後でのお楽しみだよ。」
「えー、また〜?そろそろ、教えてくれてもいいんじゃない?」
「まだダメ。すぐに教えるから待って。」
「むぅ…。」
伊佐の浜は大国主と建御雷神が国譲りの交渉をした場所として知られる。近くにある弁天島もあり、それもなかなか見栄えが良い。
「…さて、そろそろ行こうか。」
「えっもう!?」
「うん、時間は有限!それに後でもう一回ここ来るしね。」
「うん、分かった。」
二人は出雲大社へ駒を進める。新たな始まりを予感させながら――。




