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私の、創世記。  作者: 皐月リリ
第一章、悪魔と契約者。
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第十八話、北極星。


「なっ…!?」


巨大な蛇の頭がゆらゆらと闇夜に動いていた。

その目は赤く輝き、なんとも不気味だった。


「あれって…。」

「しっ。静かに。気付かれるよ。」


その巨大な蛇はまだこちらには気付いていないようだった。

その体を見て亘希はある違和感に気付いた。明らかに首が多い。森林から首を何本も覗かせている。

その姿には亘希は見覚えがあった。とてつもない巨体、一つの体から生えるたくさんの首。まさかこれは…。


「八岐大蛇…!?」


地響きを立ててその大蛇――八岐大蛇はどこかへ向かって進んでいく。

八岐大蛇――日本神話に出てくる怪物。神話では天照大神(アマテラスオオミカミ)の弟・須佐之男命(スサノオノミコト)によってここ、島根で討伐されたはず。そんな有名な怪物がなぜここに現れたのか、亘希には全く予想がつかなかった。


「…ねぇ、ベル。」

「…なに?」

「あれって八岐大蛇だよね?なんで今ここに…?」

「私に聞かれても…。ていうか八岐大蛇って…。」

「うん、間違いないと思う。」

「あれが…!?私も初めて見たけど。」

「やっぱり天界でも伝わってるんだ。」

「うん、下界(ここ)で神話と呼ばれるものは全て天界に記録として残ってるんだよ。あー、テスト大変だったな〜。」

「えっ、テストに出るの!?一回受けてみたいかも…。」

「ちょっと!声が大きい!」

「ごめんごめん…。」


二人は息を潜めて大きな岩の陰に隠れている。どうにかここでやり過ごせればいいが、無事で済む想像がつかない。おそらく見つかるのは時間の問題だろう。


「…あれ?」

「どうしたの?」

「ガープとフルフルは…?」


さっきまで対峙していた二人がいない。


「どうしよう…?あの二人だと何するか分からないよ!」

「うん…!今魔力を集中させてあいつらを探すから亘希くんは周りを警戒しといて!」

「分かった。」


空気が緊張で張り詰める。静かな山中に八岐大蛇の体を引きずる音と虫の声だけが響く。


「…いた!上だ!」

「えっ…!」


上を見上げるとそこには八岐大蛇の眼前で飛んでいる二人の姿があった。


「何やってるのあいつら…!」


八岐大蛇の赤い目がギロリとガープたちを睨む。


「ふふっ、ご機嫌よう。アタクシたちはあなたに敵意はありませんわ。だから今は見逃してくださいまし。」

「いやっ、そんなの聞くわけ…。」


案の定二人に向かって八岐大蛇が襲いかかる。だがガープは怖がる素振りすら見せず軽々と避ける。


「かかりましたわね。さぁ、アタクシの目をご覧くださいませ…♡」


ガープと八岐大蛇の目が合った瞬間、八岐大蛇の体が硬直した。

首がだらんと垂れ下がる。

そして再び首が上がった時、雰囲気が先程とはガラリと変わっていた。殺気が濃くなり、鎌首をもたげている。


「さぁ、これでこいつもアタクシのモノ。さぁ、あいつらを始末してしまいなさい!」


八岐大蛇の八つの首が全てベルたちの方へ向く。


「気付かれてる…!仕方ない!迎え討つよ!」

「勝てるの!?」

「分かんない!でもここで止めないと結構やばいかも…!」


この山は市街地からそれほど離れているわけではない。もしベルたちが逃げたとして、八岐大蛇が追ってきてしまっては街は壊滅してしまうだろう。気付かれてしまった以上、ここで食い止めなければならない。


「最初から全力でいくよ!亘希くんも鎌を構えて!」

「うん…!」


ベルに抱えられて二人は八岐大蛇に接近する。神話の伝承通り山と谷を八つ跨いでしまうほどの巨体だ。


こうしてベルの鎌の一振りから放たれる斬撃によって戦いの火蓋が切られた。

八岐大蛇はそれをいとも簡単に鱗で弾く。


「…で、どうやって倒すの?」

「えーと、神話ではお酒を飲ませて…。」

「そんな大量のお酒どこから持ってくるのさ!」

「街に戻ればなんとか…あっ、そっか、今街に戻ったら八岐大蛇が…!」


そう話している間にも八岐大蛇はその大きく長い首を揺らして喰いつこうとしてくる。


「っ…!仕方ない!いくよ!」

「何かわかったの!?」

「分かるわけないでしょ!?とりあえずゴリ押ししてみるだけ!」


ベルは魔力を鎌に纏わせ、八岐大蛇に突っ込む。

亘希がベルに持たされている鎌は亘希のような素人でも斬撃くらいなら飛ばすことができる。八岐大蛇は体が大きい分的が大きい。標準をある程度絞らなくても当てることは可能だ。よって亘希は八岐大蛇と距離をとりつつ斬撃を放ち続けることができる。


一方ベルは攻撃を当てては一度距離を取り、また近付いて攻撃を当てるを繰り返していた。いわゆる一撃離脱戦法。八岐大蛇の攻撃は今のところ単純だ。避けるのは簡単だが一度でも食らうとひとたまりもない。だが八岐大蛇に効いている様子はなかった。


「全然攻撃が入らない…!なんで…!?何かカラクリが…?」


ベルの額から冷や汗が流れ落ちる。

八岐大蛇の攻撃は単調だ。しかし、その合間を縫ってガープの攻撃が飛んでくる。


「だいぶ苦戦しているようですわね。あれを真っ先に配下にしたのは正解でしたわ…!」

「うっさい…!大体、あんなデカいのを本当に操れてるの?そんなの見た試しがないんだけど…。」

「アタクシの魔法は完璧なのですわ…!破れるものなど存在しない!」


ガープの後ろから八岐大蛇の首が伸び、ベルを狙う。

かわせばガープの鞭に当たる。かわさなければそのまま食われる。


「もー、こうなったらヤケクソだ!」


八岐大蛇の開いた口に向かって鎌を振るう。傷すらつかなかったが、その衝撃で少し後ろに仰け反った。


「よし!このままッ…!」


そのまま鎌を振るって押し出す。ガープと八岐大蛇の間に僅かな隙間ができる。その間を抜けてようやく安全圏に抜け出した。だが…


「抜け出せた…!ッ…!痛…!」


別の頭が皮膚を抉る。真っ赤な鮮血が空に舞う。痛みで魔力が乱れ、一気に墜落する。地面に叩きつけられたベルに八岐大蛇の八つの頭が迫る。


「ベル…!危ない!」 


咄嗟に間に亘希が入り、攻撃を受け止める。


「ありがとう!もう大丈夫だよ!」


そう笑顔を見せるベルの血はもう止まっていた。


「…?回復魔法苦手って言ってなかった?」

「そうだよ?でも今はなんか調子いいんだ!なんかわかんないけど!」


迫る八つの首にベルが飛びかかり、斬りつける。その度に傷つき血が流れるが、その都度傷は回復していく。降ってくる雪と相まってベルの姿はとても神々しかった。


「この調子で一気に倒しちゃうよー!って、あうっ!」

「ベル!」


馬鹿正直に突っ込むベルを死角から飛んできた尾が弾き飛ばす。すぐにその場へ駆け出す亘希の前にガープが立ち塞がる。


「ふふっ、手も足も出ないでしょう?さぁ、このままアタクシの手となり足となりアタクシの忠実な駒としてあの二人を倒しなさい!」




その時八岐大蛇の体がピクッと震えた。一斉に頭がガープが方へ向き、首を近づける。


「…?何をやっているのです?早く二人を…。」


一瞬でガープの腕が食いちぎられる。 


「…!?何を…!?や…やめなさい…!アタクシはあなたの…!」


ガープに初めて困惑と恐怖の表情が浮かぶ。八岐大蛇の全ての首がガープに群がる。ガープは必死に抵抗するが、成す術はない。再び八岐大蛇の目を覗き込み、魔法をかけようとするが全く効く様子がない。


「なぜアタクシの魔法が…!?まさか最初からアタクシを…!?やめて…!死にたくない…!やめっ…!」


静かな夜にガープの断末魔が響き渡る。ガープに避ける隙さえ与えず八方から頭で囲み貪り喰う。血が飛び散り、骨の砕ける音がする。全員ただ呆然と見つめることしかできなかった。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


後には血の池しか残らなかった。

神話では八岐大蛇の腹は常に血で真っ赤にただれていたという。口から血が滴り落ち腹が血で濡れている八岐大蛇の姿はまさに神話での八岐大蛇そのものだった。


誰も何も言えない。恐怖で足がすくみ、立っていることでさえ難しい。亘希の肩に置かれたベルの腕はブルブルと震えていた。


喰い終えた八岐大蛇が首を持ち上げ、赤い目がこちらを見つめる。


「ひっ…!」


普段は怯えることがほとんどないベルがらしくない声をあげる。実際亘希も声が出そうなほど心は恐怖で満たされていた。


全ての首がベルたちを四方八方から取り囲み、今にも飛びかかってきそうだった。

八岐大蛇の熱い息が体を掠める。ベルが力なくヘナヘナと尻餅をつく。



そんな時だった。

空中から飛んできた何かに八岐大蛇の頭が地に叩きつけられる。


「えっ…?」


さっきまでどんな攻撃も入らなかった八岐大蛇に大きな斧が刺さっていた。人の気配を感じ、振り返る。そこには薄い灰色の髪の少女がいた。ベルよりも小柄なその少女は背の丈の半分くらいもある大きな斧を担いでいた。


斧の攻撃を受け、怒り狂った八岐大蛇が少女に飛びかかる。その状況でも彼女は冷静だった。


「…獣を狩るにはまずは弱点をよく知ることが大切です。」


飛びかかってくる首を軽々と避けて八岐大蛇を翻弄する。


「たとえば蛇などの爬虫類ならば弱点は急激な温度変化。即ち、気温を急激に熱くするか寒くすれば相手は忽ち動けなくなります。」


そう言いながらあの重そうな斧を軽々と振り上げ、首一本ずつ叩き伏せていく。それを見て全員が気付いた。八岐大蛇の動きがさっきより落ちている。戦いに集中していたせいで降ってきていた雪に気付かなかった。


「その内に叩き潰せばどんな毒蛇でもどんな大蛇でも討伐可能です。」


斧に氷を纏わせ振り下ろし続ける彼女は、その言葉通り瞬く間に全ての首を斧で捩じ伏せてしまった。


「…討伐完了です。」


その言葉と同時に最後の頭が崩れ落ちて倒れる。まるで星のように金色に輝く彼女の瞳がベルたちの方へ振り返る。


「あなたは…?」

「私は玄武。地動隊四大隊長の一人であり、北を司る守護神です。」


月の輝く空の下で雪はまだ舞っていた。

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