第十四話、とある悪魔の御子の話。
『これは誰の話?』
『これはあのコの話。』
『私も知らない。』
『アナタも知らない。』
『誰も知らない。』
『知っているのは上部だけ。』
『さぁ、御覧なさい。』
『見てみなさい。』
『さぁ、神の御子よ。』
『さぁ、悪魔の子よ。』
『『あなた自身の過去を。』』
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ここはどこだろう…?
暗い…何も見えない。あっ、目が開いた。ここは――。
「ベル、おはよう。」
!…お母さん…?お母さん…!
…!?声が出ない。話したいのに。私は…。
「ベル、産まれてきてくれてありがとう。」
お母さんの手が私の頭を撫でている。そこからかすかに感じる熱だけで涙が溢れる。
私も触れたい。お母さんに触れたい。なのになんで触れれないの…?
お母さんの柔らかい腕が私の体を包む。懐かしい、いい匂い。ずっと離れたくないような…そんな気持ち。なのになんで私は…。
「ただいま。」
「あら、おかえりなさい、あなた。」
普通の日常。これが私の望む日常。もう叶わない日常。
視界が暗転する。
私が見える。子供の頃の私が。私はどこからみているのだろう。分からない。
「ふふっ、おかーさんからのお使いもおわった!おやつ買ってこよー!」
「おい、お前!」
見覚えがある。これはあの時だ。
「あっ、この前のこわい人!」
「いや正直に言うなよ…。お前、悪魔の子なんだろ?悪魔ってのは神々の敵だ。悪魔に神々の主は務まらねぇよ。とっととこの天界から失せろ。」
「またおかーさんの悪口言ってる!おかーさんは悪いやつじゃないもん!かっこいいあくまだもん!」
「ハッ!その悪魔が天界に分断をもたらしたんだろうが!オレたちに何も聞かずに進めやがって!悪魔との同盟?政略結婚?冗談じゃねぇ!オレたちが悪魔にどれほど苦しめられたか…!」
「…?せいりゃく…?ちょっと何言ってるかわかんない。」
「フンッ、子供にはわからねぇか。…そうだ。お前を痛め付ければお優しいお前のお父様ならなんとかしてくれんじゃねぇのか…?これ以上可愛い娘を傷つけられたくなかったらなぁ!」
ドンッ!
『私』が蹴っ飛ばされている。間違いない。これは私の…。
「いたッ…!」
『私』の小さい体が地面に叩きつけられる。今すぐにでも飛び出してあいつを殴りたい。でも、今は駄目だ。だってこれは…。
「そこまでです!」
「ああっ?」
その声の方には少女が立っていた。綺麗な淡い水色の髪。それに引き込まれるような澄んだ水色の瞳。間違いない、これは私の過去だ。アリエに初めて会った時。あの時の私にはあの子は本当にヒーローに見えた。
「ぼう力はだめです!と言うわけであなたを成敗します!」
「いや急に何言ってんだお前。てか誰だよ。オレを成敗?そのおもちゃの剣でか?」
「なっ!?これはおもちゃじゃないもん…です!ちゃんと銀色だから鉄だし本物です!」
「銀色だからって鉄とは限らないだろ…。…まぁ、いい。来てみろよ。こいつを助けに来たんだろ?やってみろよ。」
「後かいしないでくださいよ?わたしの必殺技でこう…ああなってこうなりますから!」
「訳わかんねぇよ。」
アリエが刀を抜く。その刀はどうみてもおもちゃの剣だった。
「では、いきます。」
その瞬間空気に緊張が走る。とても子供が出しているとは思えない殺気。
アリエが、踏み込む。
一気に間合いを詰め剣を振り下ろす。
だがその刀が脳天に当たる前に刃を止められた。
「やっぱりおもちゃじゃねぇか。こんなのでオレに勝てると…。」
その瞬間アリエの刀の鞘が鳩尾を突く。
「ッ…!」
とても子供とは思えない強さ。
あっという間に首筋に刃が当てられる。
「その子に失せろと言う前に、あなたが失せたらどうですか?」
「ッ、くそっ!」
その去っていく背中を目で追ってからアリエは『私』へ手を伸ばす。
「だいじょうぶですか?」
「…。」
昔の私は無言でブルブルと体を震わせている。
「えっ、どうしたんですか、けがしてるんですか!?それならえーっと、えーっと…。」
「…すっごーい!!!」
そう目をキラキラさせて飛びつく『私』にアリエは戸惑いを見せていた。
「ねぇ!今のすごくカッコよかった!バーってやって、ドンってやって、それでそれで…!」
「えっ、けがは…?」
「うーん、手すりむいただけかな?そんなことより今のもう一回見せて!」
「まぁいいですけど…。」
そう言ってもう一度技を見せる。技を見せるたびに「おー!」っと目を輝かせる『私』を見て、アリエは顔を赤くして顔を背ける。
「…あの、これ以上はだめ…です…。」
「え〜、なんでなんで〜?」
「あの、その、恥ずかしい…から…。」
「すごくカッコよかったよ!もっと自信持っていいと思う!」
「そう…ですかね?」
「うん、そうだよ!」
アリエの顔に笑みがかすかに浮かんだ。
アリエがベルの手に回復魔法をかける。
「…いつもあんなことされているんですか?」
「…うん。」
「ほかの大人に言った方が…。」
「ううん、私が悪いから。」
「えっ?」
「…私ね、神とあくまのハーフなの。あくまが昔、神と戦ってたっていうのはおかあさんから聞いた。だから、その両方の血を引く私が受け入れてもらえないのは当たり前で、全部私が悪いの。だからおかあさんもおとうさんも悪くないの。」
「…。」
「ごめんね。こんなのじゃ神の主失格だよね。こんな私じゃだれもみとめてくれない。」
『私』は泣いていた。
アリエはそんな『私』をじっと見つめていた。
「あの…その…アルジ?ってなんです?」
「…え?」
「すみません。あまりここのこと知らなくて…。」
「えー、主っていうのは、この天界を治めて神々をまとめる神のことだよ。代々私の一族がついでるんだ。」
「あっ、王のことでしたか!すみませんでした。」
「少し違うと思うけど…。」
「でも王ってだれでもなれるんじゃないんですか?一番強いやつが王だ、みたいな。私、王になるのが夢だったんですけど。」
そうだった。この頃のアリエは今とは違って言うならば脳筋で、力の強いやつが世界の頂点だと信じ込んでいた。あの時の私はアリエがとても真剣な顔で言ってくるので笑いを我慢していた。
「いや違うけど…。ぷっ…。」
「…?」
「いや…ごめ…ぷっ…!ふふ、ふふふふ!」
もう我慢できなかった。私は笑った。ここまで笑ったのは久しぶりだった。
アリエは不思議そうな顔で私を見つめていた。
「…まぁとにかく、あなたは悪くないと思いますよ。お父さんもお母さんも。だれにだって産まれてきたことに罪はありません。あなたがなやむ必要はありません。」
「…それでも、みんなは私をみとめてはくれないよ…。」
「いいえ、きっとみとめてくれます。だって…。」
アリエが立ち上がる。
「私はあなたを信じますから。私はあなたがみんなにみとめてもらえるよう全力をつくします。あなたはいつでも私をたよってください。もし私が信じられないと思うなら、だったら私と友達になってください。それが私とあなたの約束です。」
「約束…。」
「これからよろしくお願いします。」
アリエが頭を下げる。
「…うん。私はベル。ベルゼ•バアル。あなたの名前は?」
「私は―――」
再び視界が途切れる。
そう、これまではよかったのだ。これまでは。
アリエが手伝ってくれたおかげで私を認めない者はみるみる数を減らしていった。
しかし、ある一定の数まで減った後にそれ以上減ることはなかった。
私に反対していたのは多くが歴戦の猛者たちだった。長年悪魔と戦い、傷付き、多くのものを失ってきた者たち。その者たちにとって私を認めると言うことは今までの自分の戦いが無意味だったと認めるようなことだったからだ。さすがに子供の私たちでは手も足も出ない。誰も私たちに手を伸ばしてはくれなかった。
目を開けると私の体は鎖で繋がれていた。
腕を伸ばしてもどこに届くこともない。
誰も私を認めてくれない。もう誰も――
「…ル!」
なにか声がする。誰だろう…?
「ベル!目を覚まして!」
バキッ…!
大きな音がして壁にヒビが入る。ヒビはどんどん広がり全体を包み込む。
完全に壁が割れる。
そこに立っていたのは堂々と私の過去を認めると宣言してくれた『友達』だった。