第十一話、介入者。
「…今日は本当にありがとうございました。楽しい誕生日になりました。」
「どういたしまして。このサプライズを提案したのはベルだし、僕はあまり手伝えなかったけど。学校もあったし。」
「そうだ、私の提案なのだ、もっと褒めたまえ〜♪」
「ほら、調子に乗らないの。」
そう胸を張るベルを諌める。
誕生日のサプライズパーティーも終わり、すっかり夜も更けていた。月のない空に星がキラキラと瞬いていた。
「本当にありがとうございます、お嬢様。これからも誠心誠意使えさせていただきますので、よろしくお願いします。」
「いいって〜。そんなに褒めても何も出ないぞ〜。」
「褒めてって言ったのはベルでしょ…。」
「…でも、嬉しかったのは本当です。こんな楽しい誕生日なんて滅多にありませんでしたから。」
「喜んでもらえてよかった〜。色々準備した甲斐があったよ。」
ベルの顔に満面の笑みが浮かんだ。
「…ところでこれからどうするのですか?」
「どうするって?」
「もう暗くなっています。もうそろそろ帰られた方が良いかと。家までお送りします。」
「いいよ、ベルもいるし。じゃ、また明日。」
「はい、お気をつけてお帰りください。」
亘希とベルの二人はアリエの家を後にした。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ふー、美味しかった!」
「うん。アリエも喜んでもらえたみたいで何よりだよ。」
「うん!…ねぇ、亘希くん。」
「…?」
「明後日、だね。」
「何が?」
「島根旅行!」
「…!あっ、本当だ…!ベルはもう準備した?」
「まだあんまり。亘希くんは?」
「僕もまだできてないな…。時間が経つのって早いね。結構楽しみだったから毎日が早く進んだよ。」
「ふふ、なにそれ。でも…私も一緒…。」
途端にベルの顔が曇る。そうなのだ。この旅の目的、それはベルの正体や過去を教えてもらうため。少なくともベルの過去は良い過去というわけではない。亘希はもう理解していた。それを自分の口から話す。それがどれだけ難しく辛いことか、身に染みて分かっていた。
「大丈夫。大丈夫だよ。ちゃんと背負うから、一緒に。君の過去も秘密も。だから安心して。」
ベルの頭を撫でる。ベルもあの時、僕が安心できるように抱きしめてくれた。あの時どれだけ心が温かくなったことか。今度は僕の番だ。亘希はそう感じていた。
「…ありがと。もう大丈夫。…そうだよね。楽しい旅にしよう。せっかくの二人旅なんだから。」
「うん。」
ベルの顔に笑顔が戻る。
月のない暗い空の下、亘希たちは帰路についていた。星の光だけが空を彩る。その空に一筋の流れ星が見えたような気がした。
「あーーー!やっぱり!」
そんな静寂を破る大きな声。
亘希には聞き覚えがあった。
「…!静香…!?」
「うん、久しぶり!数ヶ月ぶりかな?元気してた?」
黒髪の黄色い瞳の少女――静香がそこに立っていた。
静香はその黄色い瞳を下から覗かせる。
どこか幼さの残る顔。間違いない。
「静香はどうしてここに?」
「えへへ、近くを散歩してたら偶然おにいちゃんを見つけたの。おにいちゃんこそどうしてここに?」
「えっと…友達の家に行ってて。」
「え〜、おにいちゃんに友達〜?ほんとかな〜?あっ、もしかして空想の友達?」
「本物だよ!」
クスクスと笑う静香についツッコミを入れる。
このからかい具合もいつもの静香だった。
「あっ!そうだ!ねぇ、おにいちゃん、わたし、おにいちゃんの家に行ってもいい?」
「まぁ、いいけど…。」
「やった!じゃあ早く行こー!」
「はいはい。」
こうして三人で家に帰ることになった。
ベルがそっと耳元で囁く。
「この子って誰なの?さっき亘希くんのこと、『おにいちゃん』って呼んでたけど…。」
「静香のこと?この子は僕の従妹。まあ昔の名残でおにいちゃんって呼ばれてる。」
「ふ〜ん。」
中川静香。中学一年生。亘希と二つ年の離れた従妹。亘希のことを『おにいちゃん』と呼び慕う、まるで兄妹のような関係だ。
「ベルはいいの?挨拶しなくて。」
「もしかして忘れてない?私は今は他の人には見えないよ。」
「あっ、そうだった。忘れてた。」
「だから私と話す時も慎重に話してね。じゃないと誰もいないところに話しかける変な人になるよ。」
「分かった。」
そうコソコソと話す亘希を不思議に思ったのか静香が首を傾げる。
「おにいちゃん、どうかした?」
「ううん、なんでもないよ。じゃあ行こうか。」
「…ふ〜ん。」
静香のその黄色い瞳に見えないはずの少女が写っていることに気付いた者はいなかった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「…えー!静香、同じ学校だったの!?」
三人は家に帰り、亘希の部屋に集合していた。
蛍光灯の灯りが三人を照らす中、亘希の声が響き渡る。
確かにここあたりに住んでいることは知っていたが、まさか同じ学校だったとは。
「…今まで気付かなかったことにびっくりだよ…。」
「あの学校、下級生と交流する授業なんて稀だし、それに交流するにしても同じクラスの子だけだったし…。」 「まぁ、そうだけど。それに、一年生は一時間授業少ないし。会える機会が少なかったかも。」
南桐中学校は学年によって一日の授業数が違う。中一、中二は六時間授業だが、中三は七時間もある。よって、下校時刻も変わってくるため、二人が会うことはなかった。
「でも、静香が教室まで会いに来たことなかったよね?現に今まで同じ学校だったって気付かなかったわけだし。」
「えー、会いに行けるわけないじゃん…。おにいちゃん以外の中三ってなんか怖いし、会いに行くのも恥ずかしいし…。っていうか、私は気付いてたよ?移動教室でいつもわたしたちの教室の前通ってたじゃん。なぜか授業ギリギリに。」
「あー、あれは…。」
言える訳がない、先生が来るまでの待ち時間が気まずくていつも授業ギリギリに教室に入ってたなんて。
そんな様子を見てか、静香がニヤリと笑う。
「あれれー?言えない理由でもあるの〜?」
「いや、そんな訳じゃ…。」
「ま、おにいちゃんの性格なら大体想像つくけどね。今は言わないであげる。」
視界の端に必死に笑いを堪えているベルが見える。
そんな彼女を止めたくなる自分を必死に抑える。少し落ち着くために部屋から出ることにした。
「ちょっとトイレ行ってくる。」
「…分かった。行ってらっしゃい。」
亘希が部屋を後にする。
こうして部屋にはベルと静香、二人だけになった。
「…さて。少し君のことが聞きたいな。あ・く・ま・さん♪」
急に部屋のドアが閉まる。
ベルは呆気に取られていた。なぜ彼女が私を見えているのか。全く分からない。
「なんで…私が…!?」
「なぜ見えてるのかって?教えて欲しい?くすっ。」
不敵な笑みが広がる。その顔には先程までの面影はなかった。
鎌を構える。
しかし、そんな状況でも関係なしにベルへの距離を詰める。鎌の間合いギリギリで静香は歩みを止めた。
威圧感、得体の知れなさ、そしてその顔に張り付いた笑み。ベルの頬に冷や汗が滴る。
「…ふっ。やっぱり。」
「…?」
「これが効かないということはやっぱり君は、悪魔ではないね?」
「…!?」
壁一面に御札が貼られていた。壁にも天井にもびっしりと。いつの間に準備したのだろうか。静香の黄色い瞳が妖しくベルの顔を下から覗き込む。
「あっ、おにいちゃんのことは心配しないで。この家の時間は止めてあるから。」
「なんでそんな力を…!?」
「まぁ、親が神職だからね。っていっても私程の力は特に稀だけど。」
「…神職だからってそんな力を持ってるのはおかしいと思うけど?」
「必死に平静を装っても無駄だよ。君の心の揺らぎは見えてるからね。」
「見えてるって…。」
「うん、私、人の心が読めるんだ。心の奥底に隠していることでもなんでも。」
「…亘希くんは知ってるの?」
「知らないよ?この能力は両親にしか話したことはないからね。」
ベルは警戒を強めた。もし本当に心の中が読まれているのだとしたら、攻撃しようが何をしようが先読みされる。彼女に戦闘力があるのかはわからないが、もし戦闘になると厄介だ。
静かに鎌を下ろす。
「…で、ここまでして私に何をする気なの?」
「よく聞いてくれたね。でもそれはさっき言った通りだよ。君のことが、いや、君がこれからどうするかを聞きたいだけ。」
「心が読めてるなら聞く必要ないんじゃない?」
「それもそうだけど、君の口から聞きたいんだ。心の中だけじゃ分からないことも多いからね。」
「私は私の正体を亘希くんに教える。ただそれだけ。これで満足?」
「君の正体…か。それをおにいちゃんは受け止めてくれるかな?」
「きっとね。私はそう信じることにしたの。もう後悔はしない。」
「怖くない?」
「それはまあ怖いけど、でも、たぶん大丈夫。亘希くんなら。」
私が話しやすいように先に苦しい過去を教えてくれた彼なら。ちゃんと受け止める、そう言ってくれた彼なら。あの優しい彼なら。私はきっと言えるだろう。彼の覚悟を無駄にはしたくない。
「…ふーん。分かった。」
そう言って静香は黙り込んだ。
そしてその顔に笑みが広がる。
「…何?」
「…パンパカパーン!」
「は…?」
「あなたにはおにいちゃんに危害を加える気がないと証明されました!パチパチパチ!」
「えっ、何、どういうこと?」
ベルはまた呆気に取られていた。
「ここまで芝居を打ってみたけどなかなかいい表情だったよ!」
静香が手を叩く。
札が消え、亘希が部屋に戻ってきた。
「あれ?何かあった?」
「ううん、なーんにも!」
こうしていきなりやってきた嵐は静まりを見せたのだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
しばらくして静香は帰路についていた。
そこに一台の車が止まる。
真っ黒な高級車。中からは黒い服の男たちが降りてきた。
「お嬢様、どうぞこちらへ。」
「ええ、ありがとう。」
静香はその車に乗り込む。
その顔に先程までの笑みはなかった。
「お嬢様、どちらまで行かれますか?」
運転手が聞く。
それまで窓の外を覗いていた静香は静かに目を閉じ、口角を上げた。
「予定通り、出雲まで。」
静香は静かに妖しげに笑っていた。