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私の、創世記。  作者: 皐月リリ
第一章、悪魔と契約者。
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第八話、いつも通りの日常。


遊園地での一件の後、ベルは亘希を二人っきりの旅行に誘い、そこで『自分の過去を明かす』と約束した。

ベルはその行き先に島根を選んだ。彼女曰くそこは彼女にとって関係の深い場所だという。

旅行の予定日にゴールデンウィークを選び、二人の旅の始まりが刻一刻と迫っていた――。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「――どう?どう?亘希くんのお母さん、許可してくれた?」

「うん、気をつけて行ってきなさいって。まぁ、友達と行くって言い訳しちゃったけど。」

「まぁ、いいじゃん。嘘は言ってないわけだし。」

「それにしてもよく許可してくれましたね。前にもこのようなことを?」


当然のように家にいるアリエが不思議そうに尋ねる。


「うん、引っ越す前に一人で京都旅行に行ったことがあったんだ。お父さんと別れてこの家を見つけるまでは別の場所に住んでたから。」

「京都…ですか…。」

「私も京都行きたい!八ツ橋!羊羹!団子!」

「お菓子ばっかりじゃん…。」

「湯豆腐も捨て難いですね…。」

「アリエまで…。」


行く場所は島根だと自分で言ったのに、京都の下調べが始まってしまっている。

お菓子の話になるとベルは止まらなくなる。いつもは制止役のはずのアリエまでその波に乗ってしまっている。


「これから行くのは京都じゃなくて島根でしょ…。」

「ああっ!そうだった!!」

「そうですよお嬢様。余計なことを考えずにきちんと考えてください。」


自分もその余計なことを考えていたくせに、人のことを言えないでしょ…と亘希が呟く。


三人は今亘希の部屋に潜伏している。なぜなら旅行の約束をしてすぐ亘希の母が帰ってきたからだ。

遊園地で浮かれて帰ってきた三人は亘希の弟がもう帰って自室にいることにも気付けなかった。

なんとか見つからずにこの部屋に逃げ込めたものの、これからどうするかは見当もつかない。


「…さぁ、もう寝よう。もう遅いよ。」


時計はもう既に23時を回っていた。


「もうお母さんは夜勤に出かけたみたいだからもう部屋を出ても大丈夫だよ。」


亘希の母は保育園で働いている。こうしてたまに夜勤に出かけることもある。父と別れている今、そこで稼ぐお金が亘希たちの糧になっていた。


「先にシャワー浴びてもいい?」

「うん、いいよ!私はもう少しアリエと話しとくから。」

「とのことです。お先にどうぞ。」

「ありがとう。」


そう言って部屋を後にする。


暖かいシャワーを浴びていると今日のことが一気にフラッシュバックした。

ベルたちとたくさん遊んだこと。ベルにずっと友達でいると宣言したこと。ベルの胸の中で、泣いたこと。

いま思い返すとすごく恥ずかしくて顔が赤くなる。


あの時涙が流れたのはおそらくベルが自分の過去を受け止めてくれたからだ。

自分もあの時のベルのように彼女の過去を受け止めきれるだろうか。

いや、受け止めなくてはならない。それが亘希にできる最大限の恩返しだった。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


お風呂から出ると、ベルが風呂場のすぐ外で待っていた。


「じゃあ、入ってるね。」

「うん、ごゆっくり。」


そう軽く話して部屋に戻る。


部屋に戻った亘希は部屋の窓が開いていることに気付いた。

その部屋の窓からはベランダに入ることができるようになっている。


外を覗いてみると、アリエがただ一人風に当たって涼んでいた。


「あっ、ようやく出ましたか。お待ちしておりました。」


こちらに気付いたアリエがそう声をかける。


「お待ちしてた…って…。」

「はい。あなたがこちらに来るのを待っておりました。さぁ、こちらへどうぞ。」


そう手招きをする。

ベランダに降りるとひんやりとした冷たさが床から伝わってくる。

風が涼しく気持ちいい。満月に限りなく近い月が明るく二人を照らしていた。


「…この前は色々と厳しいことを言ってしまい申し訳ございません。私の勝手な持論を押し付けてしまいました。」

「いや、いいよ。それのおかげでこれまでやってこなかったことが分かったんだし。」

「いいえ、それはただの結果論に過ぎません。これは私の自己責任です。」


アリエがそう沈んだ顔をする。


「謝らないで。もう大丈夫だから。」


少しの沈黙が流れた。


「…そういえば、お嬢様からお伺いしました。あなた、ご自身の過去をお嬢様に話されたそうですね。」

「うん、誰かを知ろうって思うならまずは自分を知ってもらうべきだと思ったからね。」

「あのような過去があったのは驚きました。私ももう少し言葉を選ぶべきでした。申し訳ございません。」


そう言って頭を深く下げる。


「大丈夫!大丈夫!そんな頭下げないで!あの言葉がなければ今もあの子のことを知ろうともしなかっただろうから。それに気付けたのはアリエのおかげだし、逆にお礼を言いたいくらいだよ。」


ようやくアリエが頭を上げる。その顔は先程より楽になっていた。


「あの…あなたの過去の話を聞いて…少し思ったことが…。」

「思ったこと?」

「はい。それを今からお伝えさせていただきます。」

「分かった。」

「まず前提としてあなたにお伝えしておきたいのは、あなたとお嬢様では正反対なところが多いということです。」

「どういう意味?僕と正反対って…。」

「…あの方は…家族には恵まれておりましたから。その他にもお嬢様にはあなたと真逆な点が多いと私は思っています。」

「それがどうかしたの?」

「誰かと真逆ということはその分価値観が違うということです。あなたが最善だと思っていることでもお嬢様はそうは思わないかもしれない。そんなすれ違いを起こすリスクがいつも付き纏います。それを十分理解して行動してください。これが、今私ができる警告です。…ですが…。」

「ですが…?」

「そんな真逆なあなただからこそ、本当の意味でお嬢様をお支えできるのではないかと思います。真逆であるからこそ足りない部分を補い合える。それこそ本当の友達と呼べるのではないでしょうか?」


アリエは軽く微笑み目を閉じる。その顔は少し安心しているようだった。


「あなたならお嬢様の価値観を受け入れられる。私はそう信じることにします。お嬢様のこと、よろしく頼みます。」

「うん、頼まれた!ベルのことは任せといて。」


アリエは静かに頷いた。


「ギャーーーッ!」


その静寂を貫くようにベルの叫び声が響き渡る。


「何かあったのでしょうか!?」

「風呂場の方から聞こえたよ…。」

「急ぎましょう!」


二人が駆け寄るとベルが風呂場の外でタオル一枚の状態で突っ立っていた。


「いかがされましたか、お嬢様!?」

「大丈夫、ベル?」


二人の声にベルが振り返る。その目は涙目になっていた。


「あの…ゴ…ゴ…ゴキ…が…!」


恐怖で言葉が飛び飛びになっていたが、それだけで二人は何が起きたのか把握した。

見てみると結構大きめのGが床を這っていた。


アリエが静かに殺気を募らせる。


「お嬢様を怖がらせる不当な輩は…私が許しません…!!」


そう言って刀を持って斬りかかる…のではなく隠し持っていたスプレーで始末する。

そしてその死骸も跡も残さずあっという間に片付けてしまった。


「すごい…。」


思わず声に出てしまう。

…ちなみに亘希もGが苦手なのであった。いつも逃げ惑うだけだったので一度も退治したことがなかった。


「もう大丈夫です、お嬢様。駆除は完了致しました。」

「ほんとに…?」


そうドアの隙間から顔を覗かせる。


「うん、もう大丈夫だよ。」


ベルの顔にやっと安堵の表情が浮かぶ。


戻ってきたベルの格好に思わず目を逸らす。ベルが不思議そうな顔をする。


「亘希くん、どうかしたの?」

「ううん、なんでもない!もう体冷えちゃったでしょ!?もう一度シャワー浴びてきたら?」


そう焦って返してしまう。


「…まさかあなた…、、お嬢様の裸を…!?もう許しません、万死に値します。」


アリエが刀を引き抜く。


「いや誤解だって!刀抜かないで!ベルもなんか言って!」


ベルはしばらく驚いていたが、何かを察したのかニヤリと笑うと、


「…ふふっ、亘希くんのえっち…!」


まるでからかうようにそう言った。

その言葉にアリエの刀がさらに殺気を纏う。


「あなたのような変態にベルは任せられません!ここで処刑します!」


何度も何度も刀の刃先が頬を掠める。


「うわああっ!やめて!助けてベル!うわぁーっ!」

静かな夜に亘希の悲鳴だけが響き渡った。

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