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55 譲れないもの

「クラウス様。どうして……?」


 リディアは払われた手を胸の前で抱えている。悲しそうな姿に罪悪感がわく。


「どうして、だと? 妻以外の女に、気安く触られる趣味はない」

「何を仰るのですか。私たちは夫婦ですよ? 結婚したことをお忘れですか?」

「俺が結婚したのはリディアだ。お前じゃない」


 部屋には使用人たちが集まりつつあった。クラウスとリディアの様子がおかしいと気がついて、困惑が広がっている。


 使用人たちの間からフリッツが出てきた。国境の砦から戻ってきていたのだろう。


「クラウス様? なぜその人が奥様ではないと思うのですか?」

「リディアが今の俺を見ても、問い詰めてこない。どう考えてもおかしいだろう。毎日のように俺を観察していたんだぞ。見た目が変わったことに気が付かないはずがない」

「あっ。確かに。旦那様ガチ勢の奥様が気にしないわけないですよね。目が綺麗だって、よく言ってたから」


 思わず口走ったのはカルラだ。クラウスが知らない単語が出てきたが、意味は雰囲気で理解した。


 所在不明になっていた夫が眼帯をして帰ってきた。髪も短くなっているのに、リディアはそのことに全く触れてこない。


 クラウスが知っているリディアなら、目を怪我したのか心配してくる。髪型が似合っていれば、きっと褒めてくるだろう。似合っていなかったなら、さりげなく改善するように誘導してくるはずだ。この状態を「無事で良かった」などと言って片付けるわけがない。


「もちろん気がついておりました。でも、生きていてくださったことが嬉しかったんです!」

「僕たちもしばらくお会いしてませんでしたが、入れ替わりを許すような警備はしてませんよ。それに、付き合いが長いシェーラさんに気付かれずに、どうやって奥様を連れ出すんですか?」


 一斉に視線を向けられたシェーラは、眉間に皺を寄せて黙っている。


「君は気がついたから、黙っていたんだろう? 下手に刺激をしたら、リディアが帰ってこないかもしれない」

「はい。その通りです」


 あっさりとシェーラが認めた。さっとリディアの顔が青ざめる。


「眠っているお嬢様に不快な気配が近づいた後のことです。お嬢様の体は目覚めたようですが、中身は似ても似つかない別人になっておりました。お世話をしつつ、原因とお嬢様の居場所を探っていた次第です」


 リディアは支えてくれているシェーラを払いのけ、部屋の隅へ移動した。仇敵のようにシェーラを睨み、ふと笑みを浮かべた。


「原因? 居場所? あなたたちは何を言っているの。私が別人なわけないでしょう?」


 彼女は優しく慈愛に満ちた笑顔でクラウスたちを諭しているつもりなのだろう。クラウスには取り繕った笑顔で言いくるめているようにしか見えない。


 王都にいた頃は、こんな人間とよく接していた。嫌いな種類の人間と同じ顔を、リディアにさせているのが腹立たしい。


「シェーラを睨んだときの顔。王城で襲ってきた女にそっくりだ。リディアに呪いをかけただけでなく、体を乗っ取るつもりか」

「あら。そこまで分かっているの? じゃあ、もう演技しなくてもいいわね」


 否定をしない。リディアの中にいるのはシビルだと確信した。


「乗っ取るつもり、じゃなくて、もらったのよ。私って可哀想な人生だったでしょ? 愛人も後妻も嫌だったわ。でも生きるために、仕方なくやっていたのよ。もう苦労が報われてもいいはずよね」


 勝手な言い分だ。リディアの体でなければ、さっさと拘束していた。


「子爵の娘が王子と結婚するなんて、恵まれすぎているわ。幸せな結婚式と新婚生活を経験したんだから、もう思い残すこともないでしょ」

「もういい。黙れ。お前の言い分なんて、聞くだけ無駄だ」

「怒ってるの? 脅してもリディアローゼさんは返してあげないわよ。それとも離婚する? いいわよ。この見た目と若さなら、貢いでくれる男はすぐに見つかるわ。噂通りの最低な王子に捨てられたって泣けばいいだけなんだから。簡単よ」


 これにはシェーラが反応した。心の底から軽蔑する目でシビルを見ている。スカートの陰から見えている短剣は抜き身だ。目の前にいるのがシビル本人だったなら、迷いなく短剣を振り下ろしていただろう。


 使用人たちも、目の前にいるのがリディアではないと気がついて遠巻きにしている。メイドの中にはあからさまな敵意を向けている者もいた。


 クラウスは精霊の名を読んだ。


「契約違反だ。俺は呪いをかけられる前の状態に戻してくれと言ったんだぞ。余計なゴミがリディアの中に残っているじゃないか」

「お前、やはり嫌いだ」


 クラウスの背後から、ぬるりと毛玉が現れた。大型の猿に似ているが、異様に発達した足の爪や、長すぎる尻尾など現実の猿とは違う。木製の仮面をつけており、口元だけが見えていた。


「引き摺り出したら抜け殻になるぞ」


 精霊はニタニタと笑っている。


「分離できないのか? なぜ交渉時に言わなかったんだ」


 役立たずという意味を込めて聞くと、とたんに精霊は不機嫌になった。


「囚われの姫様が自力でアレに勝たないと無理だ。内側から手助けはしてやろう。お前は外からやれ」


 精霊の体が床に広がって消えた。


「何を言っているのか分からないけれど、私を追い出すつもり?」


 シビルには精霊が見えていなかったらしい。皆は精霊が消えた床を見ていたが、シビルだけは首を傾げて腕組みをしている。


「やれるだけやってみれば? 無駄でしょうけど。あなたたちは私を大切にするしかないの。リディアローゼさんの体に傷をつけたくないわよね? そうだ! 私が満足したら、体を返してあげてもいいわよ。リディアローゼさんが大切なら、何年かかってもできるはずだわ。そうでしょう?」

「えぇ……あんな人のお世話をするなんて、死んでも嫌なんですけど」


 楽しそうに笑うシビルに、カルラが本音をこぼした。声が聞こえたシビルが睨みつけると、カルラはフリッツの後ろに隠れる。盾にされたフリッツは、愛想笑いを浮かべるだけだった。


「あとは……そうねぇ……」


 シビルはクラウスの全身を眺めてから、面白いことを思いついた顔で微笑んだ。


「見た目は嫌いじゃないわ。貴族の義務も受け入れてあげる。問題ないはずよね? だって体はリディアローゼさんですもの。血を残す目的は果たせるわ」


 死んでも嫌だ。カルラのように、はっきりと言いたかった。クラウスはリディア以外を妻にする気はない。体だけでなく、中身もリディアでないと意味がなかった。


 どんな手段を使ってでも、リディアを取り戻す。クラウスは手始めに、シビルの肩を抱き寄せた。

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