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51 精霊

 西の国境へ向けて馬車の隊列が動きだした。王都の西門で隊列を見送ったリディアは、シェーラと護衛のイザークに帰ろうと声をかけた。


 クラウスが急いで辺境へ向かった日からずっと、リディアは彼の助けになる人材と物資を集めていた。あとは辺境で彼らが上手くやってくれるのを祈るしかない。


 リディアは服の上から左腕に触れた。日を追うごとに違和感が強くなっている。念の為に医者に診てもらったが、体に異常は見つからなかった。


「いかがなさいましたか?」

「傷が痛みますか?」


 シェーラとイザークが心配をして立ち止まった。


「痛みはないわ。浅い傷だったのよ」

「ナイフには追尾の魔術が仕込まれていたんですよね? 他にも魔術が隠されていたんでしょうか?」


 イザークが馬車の扉を開けながら言った。


「私もそれが気になっているのよ。一段落ついたことだし、伯父様のところへ行ってみようかしら」


 リディアとシェーラが馬車に乗ると、イザークは扉を丁寧に閉めた。動きだした馬車は大通りから王城へ向かっている。


 王都でやれることは全てやった。ディアナたちへの挨拶を済ませたら、リディアも辺境へ戻ろうと決めていた。王都でも国境付近の様子が伝わってくるが、やはり辺境にいるほうが情報が伝わりやすい。


 王城の門を潜った馬車が別棟の近くに停車した。


 リディアはシェーラに言って、伯父のベルトホルトに伝言を頼んだ。魔術師団にいる彼なら、ナイフの詳しい調査内容を知っているかもしれない。シェーラは身軽に馬車を降りると、すぐに行政区がある方へ去っていく。


 別棟で荷物の整理をしていると、シェーラが戻ってきた。


「今日の午後から面会の時間が取れるそうです」

「分かったわ。ナイフについて、何か言っていた?」

「何も」


 部外者には言えないか、見つからなかったのだろう。


 約束の時間にベルトホルトへ会いに行くと、ちょうど執務室から箱を抱えた魔術師が出てくるところだった。魔術師はリディアに会釈をしてから、執務室にいるベルトホルトに知らせてくれた。


「来たか。座ってくれ」


 いつもは笑顔で出迎えてくれるベルトホルトの表情が険しい。来客用のソファに座ったリディアに、ベルトホルトが告げた。


「あのナイフは元々、祈祷用として作られたものだ。刃の一部に願望を刻んで使用するのだが、魔術の品として扱うほどの効果はない。だが、全く効果がないとも言えないのが面倒でな」

「使用者の願望を増幅ということは、あの人の願いがこもっていたのね?」

「彼女が魔術師だったなら、その願望は何かしらの魔術として現れていただろう。非魔術師なら不発に終わるはずなのだが……」

「願いが強すぎたのかしら。伯父様たちが問題視していなかったのは、魔術の範疇ではなかったからなの?」

「そう。呪いだよ。魔術の原型とも言える力だ。非常に不安定な力かつ、表面化するまで時間がかかったことで、関連性に気付くのが遅れた。申し訳ない」


 どれだけナイフを調べても出てこなかったわけだ。リディアは冷静に受け止めていた。


 ナイフに魔術を仕込めば、いつでも使用できる代わりに証拠として残る。


 呪いは使った道具と呪われた対象の二つを調べないと、解呪方法すら分からない。だが必ずしも成功するとは限らず、呪いをかけた本人が悲惨な結末を迎えることもあった。


「解呪方法はあるの?」

「まず媒介となったナイフを浄化する。箱を持った者とすれ違っただろう? あいつに神殿へ持って行かせた。ナイフが呪いの媒介になっているなら、これで解呪できる」

「できない場合もあるのね?」

「ナイフがただのきっかけで、呪った者と呪われた者の間に繋がりができているなら、普通の解呪方法では難しい」


 怪我をしてから今日まで、数日が経過している。


「ナイフの浄化が終わるまで分からないのね。私も神殿へ行ったほうがいいかしら。効果がないと分かれば、私自身を神官に診てもらわないと」

「そうだな。俺も同行しよう。君だけで行くよりも、緊急性があると思ってもらえるだろう」


 おそらく辺境伯夫人の肩書だけでも、神殿では蔑ろにされない。そこに魔術師団の団長も加われば、呪いの話は悪戯や気のせいではないと信じてくれるだろう。


「城から神殿の間に裁判所があるのは知っているね? 今日は裁判の日だから混んでいるだろう。迂回路を使おうか」


 距離は遠回りになるが、時間は短縮されるかもしれない。


 ――そういえば、今日だったわね。


 ナイフで騒ぎを起こしたシビルの裁判だ。相変わらずリディアへの恨み言を言っていると、ヘンドリックから聞いている。グロリアは母親と完全に決別し、面会どころか手紙すら送っていない。脇目もふらず仕事に没頭して、休日は神殿の慈善事業に参加しているそうだ。


 リディアとしては、シビルが反省して罪を償ってくれたらそれでいい。もう関わりたくないというのが本音だった。


 ソファから立ち上がったリディアは、軽くふらついた。急に目の前が暗くなってくる。正常に呼吸をしていても息苦しい。


「リディアローゼ!」


 大丈夫と言おうとしたリディアは、左腕にまとわりつく黒いものと目が合った。



***



 国境付近に陣取っていた隣国の軍勢は、数回の衝突で大人しくなった。指揮官の生け取りに成功したので、現在は戦後の交渉へ向けて準備をしている。


 どうやら隣国はクラウスの不在を狙って手を出してきたようだが、簡単に突破を許すような貧弱な備えはしていない。領地に戻ったクラウスが追加の戦力を率いて国境へ向かったとき、拠点にしている砦はほぼ無傷だった。


 ――それに、ここまでお膳立てされて勝てないほうがどうかしている。


 王都に残ったリディアが"知り合い"に声をかけて、医薬品などの物資を送ってきた。さらにそれらを扱う軍医や助手も数名いる。彼らは到着するなりそれぞれの仕事に取り掛かり、今も負傷者の治療にあたっていた。


 ここまでは、クラウスもなんとなく察していたことだ。リディアが大人しく待っているわけがないのは、これまでの行動を振り返れば分かる。むしろ何もしていないほうが怖い。予想外だったのは、リディアの父親と弟が来たことだ。


 クラウスは作戦室の隅に座るキースリング子爵を盗み見た。軍医と共にやってきた彼は、砦全体を覆う防壁を展開してからは、静かに本を読んでいる。必要以上のことを喋ろうとせず、動きも最小限だ。本人によると防壁を維持するために、それ以外の活動を制限しているらしい。


 キースリング子爵が到着してからは、明らかに被害が減っている。クラウスの配下にいる魔術師に防壁について尋ねてみると、同じことをするのは無理ですと言って自信をなくしてしまった。クラウスもそう思う。あれは規格外だ。


「キースリング子爵」


 クラウスはそっと話しかけた。


「支援をしてもらえたのはありがたいが……ここへ来ても良かったのだろうか。あまり心に負担を抱えてもらいたくない」

「お気遣いありがとうございます」


 キースリング子爵は静かに答えた。


「私はここで自分の身を守っているだけです。強制的に参戦させられたわけではありません。私が以前にいた戦場に比べたら、ここは居心地がいい」


 貴族の醜い功績争いで物資が滞ってしまった戦争よりも酷い環境があるなら、それは敵の捕虜になった時ぐらいだろう。比較されても嬉しくはないが、キースリング子爵が嫌でなければ良いと思うことにした。


 キースリング子爵の隣にいるカミルに視線を移すと、リディアとよく似た雰囲気の笑顔を向けられた。


「父さん一人だけだと心配なんで、ついてきました。ついでに姉さんにも会えるかなと思いまして」


 ついてきたと軽く言いつつ、カミルも十分すぎるほど役に立っていた。精霊に命じて敵の魔術を妨害してくれたお陰で、魔術による被害は皆無だ。


「リディアは屋敷に戻っているらしいな。もう交渉段階に入ったし、二人は先に離脱するか?」

「いいえ。交渉が決裂した時が危ないって伯父から聞きました。もう少し様子を見てからにします」


 キースリング子爵も隣で同意するように頷いている。一度決めたら自分の意思を貫くところは、リディアと同じだ。


 ――ようやくリディアに会えるな。


 あの夜からろくに会話もないまま、時間が過ぎてしまった。結婚してから毎日のように素直な恋心をぶつけられていたせいか、会えないと物足りなさを感じてしまう。母親から心無い言葉をかけられた時も、リディアが即座に否定してくれた。


 リディアがいて良かったと、まだ伝えられていない。手紙を出す機会は何度かあったが、彼女に直接言いたかった。


 隣国から交渉のために使者が訪れる時間が迫ってきたとき、屋敷にいるはずのフリッツが砦に現れた。


「クラウス様。交渉前にお伝えしたいことが……」

「王都から連絡でもあったか?」


 戦争関連のことなら、まず砦に届くはずだ。


「奥様が体調不良で倒れました。詳細は教えていただけませんでしたが、王都からの情報によると呪いの一種ではないかと」


 何を言っているのか、理解するのが遅れた。


「いつからだ?」

「王都で元義母に襲撃された時、使用されたナイフが原因です。表面化するのが遅かったせいで、原因の特定に時間がかかりました」


 屋敷に戻ってきてすぐ、リディアは寝室から出てこなくなったそうだ。日付を聞くと、支援が届いた翌日だった。


「一週間も前じゃないか。なぜ言わなかったんだ」

「奥様に禁止されておりまして」

「それでもお前は伝えるべきだろう!? 何のために情報局の人間を出入りさせたと思っているんだ!?」


 クラウスはフリッツの胸ぐらを掴んだ。


「着任前にお前の上司が言ったんだぞ。辺境で異変を見つけたら伝えると。リディアの体調不良は異変に含まれないとでも?」

「ですから、倒れた本人から言われたんですよ。戦争やってる最中に伝えたら、クラウス様は集中できなくなるって」


 フリッツはクラウスの手を引き剥がした。


「今、奥様のことで頭が一杯になったでしょう? この後に交渉が控えているんですけど、僕に言われるまで出てこなかったんじゃないですか? クラウス様は身内に甘いんですよ。絶対に見捨てられない」


 悔しいが、その通りだった。


「交渉は僕の上司とヘンドリック様が担当します」

「ヘンドリックも来ているのか?」


 フリッツが扉を開けた。呼ばれて入ってきたヘンドリックは、話は終わりましたかと言う。


「兄上。呪いをかけた者は、神殿に閉じ込めています。呪いの力が強くなることはありませんが、体に蓄積された分を浄化しないといけません。神官を派遣して治療に専念してもらっていますが……」

「分かった。どこまで効果があったのかは、帰って確かめてみる」


 部屋の隅にいたキースリング子爵を振り返ると、彼と目が合った。


「……私はここでヘンドリック殿下を守ります。呪いに関しては素人ですので」

「僕も残ります。あの姉上が呪いに負けるとは思えません」


 カミルも父親と同じ選択をした。ただ、大丈夫と言いながらも不安そうだ。


「ヘンドリック。交渉は全て任せていいんだな?」

「ええ。そのために来たんですよ。俺とディアナが今まで兄上にお世話になったぶん、全て返させてくださいね。それに」


 ヘンドリックは意地悪そうに笑った。


「完璧だった兄上が、たった一人の女性に振り回されるなんて愉快なもの、末長く見ていたいじゃないですか。王都では笑いを堪えるのが大変でしたよ」

「後で覚えてろよ」


 クラウスは悪役のような捨て台詞を残して、作戦室を出ていった。

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