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41王都2

 子供を乳母に任せたディアナは、テラスの一角に案内してくれた。庭を眺めながらお茶を楽しむために設けられた一角のようだ。


「兄上は昔から、何でも出来る人でした」


 最初にヘンドリックはそう言った。


「本人は先に生まれたからそう見えているだけだって言ってましたけどね。俺が当時の兄上と同じ年齢になっても、追いつける気がしませんよ」

「いつも完璧な人という印象だったわ」


 今度はディアナが教えてくれた。


「私はいつも気後れしてしまって……足を引っ張っていないか、それだけが気になっていたのです。だからでしょうか。婚約を白紙にしようと言われた時は、私が至らないせいかと思ったのです」

「まさか俺たちの気持ちを知ったせいだなんて。しかも俺には教えてくれなかったんですよ。お前なら言わなくても気がつくから言わなかった、なんて酷いですよね?」


 酷いと言いつつ、ヘンドリックはクラウスを恨んではいないらしい。


「クラウス様が夫の政治手腕を評価しているのは、婚約中に聞いたことがあります。自分なんかより、よほど王に向いていると」

「俺の適性はともかく、兄上が置かれていた立場は難しいものでした。夫人はそのことをご存知だと兄上からの手紙に書いてありましたが?」

「はい。大体のところは。余計なしがらみの少ない、王太子殿下を次の王にするのが目的でしたね?」

「自分たちの権力を拡大させるためだけに、政治をしている集団がいましたからね。影響を受ける人や情勢なんて見向きもしない。兄上に影響力を削ぎ落とされた今は、大人しくしていますよ」


 大量の宿題を出されてしまったとヘンドリックは言った。


「王太子の間に政治基盤を作るのは当然として、他にも色々と。俺のことはともかく、あの兄上が本音を曝け出しているのは驚きました」


 ヘンドリックの隣では、ディアナが嬉しそうに頷いた。


「リディアローゼさんと結婚なさったことが、良い影響になっているのでしょう。本当に、良かった」


 そう言ったディアナだったが、ふと表情が曇った。真横にいたヘンドリックは気がついていない。憂いの表情はすぐに消えたので、わざわざ話題に出すこともないだろう。


 王太子夫婦に会えたのだから、聞きたいことがあった。


「お二人に王宮内のことでお尋ねしたいことがあります。結婚するまで社交界とは縁がなかったものですから」

「俺たちに分かることなら

「ええ。何でも聞いてください」

「まず、クラウス様が誰かに狙われているのはご存知でしょうか?」

「大体のことは兄上から聞いているよ」

「私も夫と、情報局にいる兄からおおよそのことは聞きました」


 ディアナの兄は情報局でも上の方にいたはずだ。


「刺客の一人は、クラウス様がよく知る人物が関わっていたようです。クラウス様は身内だったと言っていました。お二人から見て、クラウス様に明確な殺意がある方はいらっしゃいますか?」


 二人は顔を見合わせ、しばらく沈黙した。


「……兄上と敵対している者は何人か思い浮かびますが、殺したいほど憎んでいる者となると、想像がつきませんね。兄上の敵にしても、兄上の辺境伯としての重要性は理解しているはずなんですよ」

「クラウス様の敵というと、勢力を削られた宰相派ですね?」

「そう。国が無くなってしまっては、政争どころじゃありません」

「リディアローゼさん。なぜクラウス様はご自分の身内だと断定されたのです?」


 刺客の判明している素性や、刺客を始末した魔術をクラウスが調べた時の様子を語って聞かせると、ヘンドリックはなるほどと相槌を打つ。


「兄上が魔力残滓を知っているほどの相手なら、身内や側近でしょうね。授業の一環として、魔術師からやり方を教わったことがあるんです。兄上なら家族の魔力を調べて、完璧に習得することぐらい――」


 そこまで言ったヘンドリックは、リディアに向かって微笑んだ。


「俺じゃないですよ。兄上を亡き者にする理由がない。家族としてという意味もありますが、政治的な面から見ても、です。ようやく王家の思惑と連動してくれる辺境伯が決まったんですよ。今さら空白にはできません」

「王太子殿下は疑っておりません。もしクラウス様が殿下が黒幕だと疑っておられるなら、私をここに置いていくことはしなかったでしょう。クラウス様を狙う犯人について、犯人と話し合うことになりますから」

「クラウス様はリディアローゼさんの良き理解者なのですね」


 嬉しそうにディアナは言う。

 理解してくれると言えば、してくれる。同時に釘も刺されているが。


「俺以外に知っている身内となると、父上……は、違うな。兄上と俺のどちらが王位を継いでもいいと考えていた人です。オイレンブルク領が抱えていた問題も熟知していました。きっと俺以上に、兄上が重要な位置にいると考えているはずです」

「王妃様はどうかしら」

「母上は、少し感情で動くところがあるからなぁ。あの人は良くも悪くも世間知らずだけど、自分の子供を殺すようなことはしないと思いますよ。兄上が一番大切だったんじゃないかな」


 俺なんて何をやっても見向きもされませんでしたよ、とヘンドリックが他人事のように言う。


「母上は兄上に自分の理想を押し付けがちなところがありました。大抵のことに意見して……兄上は上手く受け流してましたけどね。兄上があの噂を流して辺境へ行ってから、ようやく熱がさめてくれたようです。子離れしてくれた、と言ったほうが近いのかな?」


 つまりクラウスは婚約破棄をきっかけに、王妃の自慢の息子ではなくなったらしい。


「兄上を狙う身内か……俺の方でも調べてみます」

「殿下。私は刺客を殺した魔術について、知らないことになっています。どうか私から聞いたことはご内密に」

「もちろん。情報提供者の素性を明かすようなヘマはしませんよ」


 王宮で人生経験豊富な貴族たちと対等に渡り合っているヘンドリックなら、上手くやってくれるだろう。


「俺もそろそろ仕事に戻ります。ゆっくりしていってください。ディアナ、君も無理はしないようにね」

「大丈夫よ。助けてくれる人が大勢いるもの。ヘンドリックこそ、危険なことはしないで」

「覚えておくよ」


 ヘンドリックが部屋から出ていくと、ディアナは何かを言いかけ、視線を小さなテーブルに落とす。話すきっかけを探っているようだ。


「ディアナ様。遠慮なくおっしゃってください。ここには私とディアナ様しかいません」

「……そうですね。今なら……」


 ディアナは深呼吸をしてから話し始めた。


「第三者から聞かされるよりは、いいかもしれません。実は王妃様のことなんです。あの方は、リディアローゼさんと会話をなさいましたか?」

「いいえ。目も合わせてくださいませんでした。無理もないでしょう。辺境伯の妻といっても、元は子爵家の娘ですから」

「そうですか……」


 自分のことのようにディアナは落ち込んでいる。


「実は私もなんです。クラウス様のあの噂が流れ始めた頃からでしょうか。私がしっかりしていないからだと、お叱りを受けました。クラウス様が辺境へ出立されてからは、目の前にいても反応していただけません。まるで空気になってしまったようです。国王陛下や夫がいる前では、かろうじて会話をしてくださいますが……」

「不仲であることは、王太子殿下たちはご存知なのですか?」

「はい。無理に仲を取り持つようなことはせず、日が経てば怒りも収まるだろうと判断なさったようです。公務に影響はありません。ですが、この頃は二人きりの時に……」


 ディアナはますます表情が暗くなった。


「クラウス様が私のことを一途に想っていた、なんて仰るのです。そんなことないのに」

「なぜそうお考えに?」

「クラウス様にはいつも優しくしていただきましたが、あれはきっと婚約者の義務だからです。優しさ以外の感情を向けられたことがありません。リディアローゼさんとは全然違う。私ではクラウス様の本音を引き出すことなんて、到底できません」


 このすれ違いは、王子として受けた教育のせいだろう。常に冷静であるよう心がけていたことが、お互いに歩み寄るきっかけを奪ってしまった。


「すいません。こんな話をしてしまって……たぶん、私はリディアローゼさんに聞いてもらって、安心したいのだと思います。自分の選択が間違っていなかったのだと。面と向かって、王妃様に裏切り者だと言われ続けていたからでしょうか」

「ディアナ様」


 リディアはなるべく穏やかな声で呼びかけた。


「私には推測しかできませんが、きっとディアナ様が感じたことが正しいのです。あの誠実なクラウス様が、ご自分の心の内に秘めた想いを婚約者に伝えないなんて、ありうるのでしょうか? あの噂を流す前に、ディアナ様にご相談なさったのに?」

「そうですよね」


 安堵の笑みを浮かべたディアナは、ほっと息をついた。


 初めての出産と育児で疲れているところに、王妃から身に覚えのないことで責められていたのだから、相当な負荷がかかっていただろう。


 心が弱っている人間は自分が信じたいものを信じる。だから付き合いが長い王妃よりも、リディアの言葉を正しいと判断してしまった。


 ――クラウス様が隠そうとしているのよ。妻の私が協力するのは当然だわ。


 今さら掘り起こしたところで、誰も幸せにならない。だったら、闇に葬ってしまうのがいいのだ。



***



「さあ、これで綺麗になりましたよ」


 乳母はそう言って、王子に笑いかけた。ベビーベッドの中では丸々とした赤子が上機嫌で手足を動かしている。


「おむつを片付けてきますから。いい子にしていてくださいよ」


 少しの間なら大丈夫と判断した乳母が、汚れたものをバケツに入れて部屋を出ていった。窓は閉まっている。廊下には護衛がうろつき、外の庭にも生活を邪魔しない程度に見張りが歩いていた。


 平穏な室内に、小さな羽音が響いた。窓の隙間や、床に落ちた影から妖精が顔を出す。好奇心に満ちた顔で室内を見回し、ベビーベッドを見つけてにんまりと笑う。


 ようやく獲物に近づけた。

 いつも厳重に守られているが、今は邪魔は大人がいない。


 なるべく窓の飾りを見ないように、慎重に近づいた。あちらこちらにある妖精避けから、嫌な魔力が流れてくる。娯楽に飢えていた妖精は、激しい頭痛と吐き気を我慢していた。


 ここにいるのは大切な子供だ。大勢の人間が祝福しているから間違いない。誘拐すれば、きっと面白い騒ぎになる。最大級の楽しさが待っているなら、体に突き刺さるような魔力の波なんて乗り越えられるはずだ。


 子供を入れ替えようか。

 それとも自分が子供になろうか。


 他の妖精も同じことを考えている。先を越されまいとベビーベッドに近づいた妖精だったが、子供の顔を見た瞬間に体に衝撃を受けた。


 視界が歪む。景色がものすごい速さで流れ、床に叩きつけられた。


「おい。誰の許可を得て入ってきたんだ?」


 上から濁声が降ってくる。


 何者かが妖精の体を踏みつけていた。ふかふかとした肌触りのクセに、力が強い。どんなにもがいても抜け出せなかった。


「まあいい。どうせ死ぬ奴に聞いても意味ねぇな。おい兄弟! こいつらの死体は窓に吊るそうぜ」

「馬鹿か。子供は妖精が見えるのだぞ。窓に汚い妖精の死体を吊るして泣かれてしまったらどうする。庭にこいつらの血で警告文を書く程度にしておけ」


 もう一つ、勇ましい声がした。


 人間の大人が戻ってきたと思っていた妖精は、クリーム色のぬいぐるみを見て愕然とした。


 なぜ、あいつらがここにいるのだろうか。


 遠く離れた地に移動したと聞いて、しばらく安泰だと思っていたのに。活動を開始した途端に遭遇するなんて、ついてない。


 クマのぬいぐるみが宙を舞い、長い爪で妖精の羽を引きちぎった。飛べなくなった妖精が床に落ち、踏み潰されていく。


「ったく、王都の妖精は一匹残らず殺したと思ったのによ。お嬢が言った通りか」

「生き残りが増えたか、よそから移動してきたのだろう。我らの新しき主が言った通りだ」

「聞け、クソ妖精ども。このお方には指一本、鱗粉のひとかけらだって触れさせねえよ。残念だったな」

「死ぬ相手に言っても無駄なこと。我らの仕事を遂行するぞ」

「じゃあな。死ね」

「さらばだ。眠れ」


 それが、侵入してきた妖精が聞いた最期の言葉だった。




 子供の泣き声を聞いて、乳母が急いで戻ってきた。


「まあまあ王子様。お一人は嫌ですか。大丈夫ですよ。私がおりますし、ディアナ様も大切なお話が終わったら、戻ってきてくれますからね。王太子殿下だって、お仕事が終わったら、すぐ帰ってきますとも」


 子供を抱き上げた乳母は、すぐそばのイスに目をやり、首を傾げた。


「あらま。大切なぬいぐるみさんが落ちてるじゃないですか。これが嫌だったんですか? お友達ですものね」


 乳母が床に落ちていたぬいぐるみを拾い、行儀良くイスに座らせた。二つのぬいぐるみは愛くるしい顔で沈黙している。柔らかい体も手足も、子供を傷つけるものは一切ない。


「本当に素敵なぬいぐるみですこと。きっと名のある職人が作ったのでしょうねぇ。ご存知ですか王子様。子供に贈る人形やぬいぐるみはね、身代わり人形なんて呼ぶ地域もあるんですよ。怖いものが襲ってきても、子供の代わりになってくれるように」


 そう言って乳母はぬいぐるみの頭を優しくなでた。

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