27坑道の魔獣2
荷車から落ちた鉱石は、三つの塊に分かれた。それぞれ犬に似た姿へ変わっていく。完全に姿が固定されると、尻尾らしき突起を振りたくってリディアに近づいてくる。頭を撫でてやると、尻尾の動きはさらに激しくなった。
即席のゴーレムにしては、よくできている。改善すべき部分は多いが、魔獣にぶつけるなら上出来だ。
鉱石の犬と戯れている間に、クラウスと護衛が集まってきた。みな鉱石の犬を見て驚いている。
「領主様。あれは……?」
「猟犬みたいなものだ。気にするな」
そっけない説明だ。護衛たちは聞いても無駄だと察したのか、それ以上は聞いてこなかった。
――冷たい態度のクラウス様も素敵だわ。普段が近寄りがたいほど、照れた時の可愛らしさが引き立つのよ。
この喜びを誰かと共有したい。リディアはそろそろ仲間が欲しくなった。
いつでも話を聞いてくれるシェーラは、人間の感情に疎い。絶対に共感を得られないので寂しかった。メイドたちは同意してくれるだろうが、本心から言っているのか、リディアの機嫌を損ねないように言っているのか分かりにくい。主人と雇われている身の間には越えられない壁があるのだ。
作戦の細部を決めて、彼らに説明をするのはクラウスが代わりにやってくれた。リディアは実際の戦闘を見たことがない。そんな素人が作戦を組み立てるよりも、慣れているクラウスに任せるほうがいい。
「準備はいいか?」
「ええ。いつでも」
坑道を塞いでいる扉は、盗掘や魔獣を閉じ込めておくために、金属製の重い落とし扉だ。開くには巻き上げ機を数人がかりで動かす必要がある。扉を開くためだけに坑夫が呼ばれていた。
扉が固定されたので、リディアは鉱石の犬を放った。犬は迷うことなく坑道へ入っていく。足音が次第に遠くなり、やがて完全に聞こえなくなった。
「……本当に上手くいくのか?」
「でも動きは猟犬みたいだったぞ……」
護衛たちの囁きが聞こえる。
彼らのほとんどは王都から辺境へ移動するとき、簡単に自己紹介をしたので知っていた。屋敷に到着してから会ったのは、一人だけだ。早朝によくクラウスと手合わせをしているので、印象に残っている。所作が綺麗なので貴族の令息だと思っていたが、本人は平民ですよと言って笑っていた。
辺境で採用した護衛はいない。クラウスと付き合いが長いので、よほどのことがない限り、連携が乱れることはない。
鉱山の奥から、咆哮が聞こえてきた。中で大きなものが暴れる音がする。軽い足音と、地面を揺らすほど大きな足音が近づいてきた。
「まずは一匹目。来ますわ。準備はいいかしら」
無言で護衛たちが入り口を囲む。
「君は安全な……あの荷車のところまで下がって」
クラウスが示した荷車は、遠く離れた場所にあった。もう少し近くで勇姿を見学したい。だが素直に従うほうが好感度が高くなるだろうと打算が働いたので、にっこり笑って引き下がった。
最初に出てきたのは、リディアが作った犬だ。すぐ後ろに魔獣がいる。ツノが生えた狼の頭が二つ、翼が生えた胴体に、尾は蛇の姿だ。
魔獣が完全に鉱山から出てくると、出入り口の扉が落ちた。扉を操作した坑夫は、出入り口から離れた場所にいるが、目立たないように荷車の影に避難している。逃げ道になりそうな坑道を塞ぎ、広場で討伐するようだ。
最初に正面から斬りかかったのはクラウスだった。挑発するように魔獣の頭を狙う。剣は魔獣の頭に当たる軌道だったが、クラウスは途中で後ろへ下がった。
魔獣が体を回転させ、近づこうとしていたクラウスたちを牽制する。尾の蛇が近くにいた護衛に牙を向いた。
狙われた護衛は剣の腹で蛇の頭を横から叩く。さらに別の護衛が蛇に斬りつけ、狼の体から分離した。落ちた蛇は首の辺りを踏まれ、剣で頭を貫かれて動かなくなった。
誰かが魔獣の気を引き、死角から攻撃して体力を削っていく。これが初めての連携ではないのだろう。最初の打ち合わせだけで、指示がなくても無駄なく動いている。
「狭い坑道では無理ね。誘い出して正解だったわ」
リディアが読んだ本が正しいなら、あの魔獣は尾の蛇が毒を持っている。真正面からやり合うと、魔獣の牙や爪に加え、蛇にも注意が必要だ。
程なくして魔獣が地面に倒れた。すかさず首と心臓のあたりに剣が突き刺さる。暴れていた魔獣が次第に大人しくなり、やがて動きを止めた。
「皆様。鉱山にはまだ魔獣がいるみたいよ」
戻ってきた犬は一匹だけだった。魔獣がいないなら三匹とも戻ってくるように指示をしている。
「……いけるか?」
「いつでも」
クラウスが問いかけると、護衛たちは倒した魔獣の体を入り口から離した。
再び扉が開けられ、リディアの近くにいた犬が走っていく。
今度は一回り大きな魔獣が誘き出されてきた。ここへ来るまで犬たちに襲われたらしく、ところどころ血が出ている。尾の蛇は力なく垂れ、翼も折れていた。死にそうな見た目とは逆に、目は生への執着でぎらついている。
手負いの獣は危険だ。リディアは戻ってきた犬に言った。
「助けてあげて。足を固めるのよ」
指示を聞いた犬が駆けていく。クラウスたちが苦戦しているところへ近づき、魔獣の右前足に体当たりをした。犬の体が崩れて魔獣の前足を覆う。同じ場所に別の犬がまとわりつき、地面に固定するように体を崩した。
「良くやった! 一気にいくぞ!」
犬を褒めたクラウスが護衛たちと仕上げにかかる。
「……間接的に私が褒められたと解釈してもいいのでは?」
鉱石から犬を作ったのはリディアだ。その犬が褒められたということは、リディアの魔術を褒められたのと同じ意味になる。つまり、自分はクラウスに褒められたのだとリディアは思うことにした。
後ろ足の腱を切られた魔獣が倒れる。とどめの一撃はクラウスが下したように見えた。
「皆さま。今のをご覧になって?」
リディアは我慢できず、近くで隠れていた坑夫たちに近寄った。
「こんなに近くでクラウス様の勇姿を見られるなんて……ついてきて良かった」
「あんた、よっぽど領主様が好きなんだなぁ」
年嵩の坑夫が微笑ましそうに言う。リディアのことは魔獣を討伐に来た魔術師だと思っているらしい。
「ええ。好きよ。最愛の夫で、初恋の人ですもの」
「そうか、最愛……夫!?」
「嘘じゃないわ。一ヶ月くらい前に結婚したの。今日は初めて二人で遠出をしたのよ」
二人で馬に乗って楽しかったと感想を伝えると、坑夫は変わった人だなとつぶやく。
「貴族の女性は、こんなところまで来て一緒に戦うのか? こんなところには来ないと思ってたんだが」
「普通は来ないでしょうね。私は手助けできる力を持っているから来たのよ。鉱山で働いている人たちは早く問題が片付いて幸せ、私はクラウス様のかっこいいところが見られて幸せ。全員が幸せになれるのよ。やらない理由がないわ」
「領主様は反対しなかったんですか?」
他の坑夫が聞いてきた。
「最初は反対されたけれど、この子を使うと説明したら許可を出してくれたわ。とても優しい人よ。私がわがままを言っても、否定する前に話を聞いてくださるの」
「へえ。見かけによらないもんだな。もっと冷たい人だと思ってたよ。おっと。あんたが貴族なら、こんな口の聞き方しちゃいけないな」
年嵩の坑夫は、リディアの身分を思い出したようだ。
「別に構わないわ。クラウス様に敬意を払ってくれるなら、大抵のことは許すわよ」
「そりゃ寛大なことで」
坑夫たちの間で笑いがおこった。変わり者だと思われてしまったようだが、気分は悪くない。彼らにはリディア自身のことを話していなかった。地味な服を着て魔獣討伐に来たのが、領主の妻だなんて分かるほうが、どうかしている。
王都にいた頃は、坑夫と交流する日が来るなんて考えたこともなかった。粗野なところもあるが、表裏がないのは好感が持てる。
「随分と盛り上がっているな」
クラウスが荷車のところへ来た。背後では護衛たちが魔獣の解体を始めている。魔獣の体は高値で売れるものもある。魔術の媒介や生活必需品の素材としてだけでなく、種族によって食肉として流通していた。
魔獣の足を固めていた犬は、役目を終えてただの鉱石に戻っている。
「お疲れ様でした。お怪我はありませんか」
「ない。障害物がない場所で戦えたからな」
クラウスの服には、少量の血痕がついていた。
「今回は、その……君の功績だと思う。通常、魔獣を討伐した際は、素材の一部を戦った者で分けることになっているんだが……」
言いにくそうだ。リディアは急かさず待っていた。クラウスの顔を見ていたら、時間なんてあっという間に過ぎる。
「君は特殊な魔術を使うから、魔石がいいんじゃないかと……」
クラウスが見せてくれた魔性は、両手で覆えるほどの大きさだった。緑色をした表面には赤黒いものがついている。
「領主様。血みどろのもんはちょっと……田舎もんの俺ですら、さすがに贈り物には向かないって分かるよ」
「あっ……ち、違う。このまま渡すんじゃなくて、洗ってから!」
坑夫からの指摘に、クラウスが慌てた。リディアから見えないように後ろ手に隠す。
いきなり魔獣の腹部を見せられたならともかく、血液ぐらいは平気だ。クラウスが必要としているなら、魔獣の解体にも参加する気持ちでいる。
「お気遣い、ありがとうございます。魔石がいいわ。そういえば、初めての贈り物ね」
言葉にし難い生温かい視線がクラウスに集まった。
「贈り物じゃない。功労者への報酬だ」
気まずそうに言ったクラウスは、魔獣のところへ戻っていく。
「逃げたな」
「領主様って不器用なんですか?」
「ええ。本当は、とても可愛らしいの」
すっかりクラウスへの評価が変わった坑夫たちは、口々に勝手なことを言う。等身大のクラウスに会ったことで、親しみを感じ始めているらしい。怪我人を見舞いに来たり、魔獣の討伐もやってのけたことも影響しているようだ。




