21東の辺境6
ブルーノが気持ちよく眠りについた翌日、予定通りに銀細工を扱っている店を見学していた。この辺境は隣国との交易路にもなっていることから、行商人が銀細工を買っていくことも珍しくない。
――銀塊は外国への持ち出し禁止だっけか。
事前に辺境のことを調べていたブルーノは、町の門から出ていく馬車の群れを目で追った。あれが王都へ銀塊を運んでいるのだろうか。見るからに屈強な騎士が護衛についている。よほどの馬鹿でなければ、あの集団を襲う盗賊などいない。
適当に時間を潰したブルーノは、銀細工の店から出てきた商人らしき男に目をつけた。長旅でくたびれた格好をしているが、着ている服は悪くない。顔立ちも、ずっと東に住んでいる草原の民に多く見られる特徴が出ていた。
「すいません。少しだけ、話を聞いてもらえませんか?」
話しかけられた男の顔に、警戒する色が浮かんだ。
「実は仲間が病気になってしまって、薬を買うお金が必要なんです。この宝石を買っていただけませんか?」
ブルーノは小粒のものを男に見せた。元は髪飾りについていたダイヤモンドだ。
「いくら?」
男は訛りが強い言葉で聞いてくる。
「二万でどうですか?」
「高い」
「じゃあ一万九千! お願いします。本当に困ってるんだ」
最終的に男は一万五千で手を打ってきた。宝石の価値を考えれば、かなり買い叩かれている。だがブルーノは宝石を厄介払いできることに満足していた。
男が金を用意しているあいだ、次の押し売り相手を探す。この町では二人までと決めていた。宝石の処分を焦って、目をつけられたくない。
また丁度良さそうな外国人を見つけたブルーノだったが、音もなく近づいてきた誰かに肩を掴まれた。
「その取り引き、待ってもらおうか」
聞こえてきた声は荒っぽく、明らかに商売人とは違う。
ブルーノと男は、揃いの革鎧を身につけた集団に囲まれていた。
「な、なんですか、あなた方は!?」
ブルーノの隣で、男が外国語で弁明するように喋っている。集団のうち一人が男をなだめ、行っていいという風に手を振った。
「まだ金は払ってないな? 大丈夫。あんたじゃない。俺たちの用事は、こっちの男だ」
自分は無関係だと知った男は、こちらを振り返ることなく走って逃げていった。
「ブルーノ・アンデだな? 許可証は持っているのか?」
「……持っていますよ。ずいぶんと荒っぽい取り調べですね。これが辺境のやり方ですか?」
ブルーノを囲んだのは、辺境の騎士たちだった。辺境に入るときはもちろん、町の門で同じ格好をしている騎士を見た。ブルーノに話しかけている男は隊長だとか班長と呼ばれているような、集団の統率者だろう。
「俺たちだって、好きで荒っぽいことをしているわけじゃないさ。とある方々が、お前に会いたいんだとさ」
彼の合図と共に、ブルーノは腕を掴まれた。逃げる暇もなく、後ろ手に拘束されてしまう。どんなに無実を訴えても、彼らは聞いてくれなかった。
「目的は何ですか。お金? それとも宝石ですか?」
「賄賂の話をしているのか? 残念だな。俺らの頂点にいる人は、そういう不正が大嫌いなんだ」
「俺たちは自分の命が惜しいんでな。お前の端金なんか要らねえよ」
買収はできそうにない。他に使える策はないかと考えているうちに、騎士の詰め所まできた。持ち物を全て取られ、ブルーノが宿に置いていた荷物まで、机の上に並べられる。許可証は遅れてやってきた文官らしき男に渡された。
文官は許可証を隅々までながめ、光に透かして点検をしている。
――本物そっくりだろう? 本物だよ。俺が偽造したほうは、店にあったものとすり替えたんだから。
ブルーノを解雇した店が、許可証の偽造で捜査されたという話は聞こえてこない。今も許可証が偽物だと発覚していないのだろう。
「……なるほど。確かに本物だね」
文官のつぶやきに、ブルーノは笑みがこぼれた。許可証が本物である以上、自分を拘束しておく理由はない。持っている宝石には特徴がないのだ。換金目的で貴金属や宝石を持っている商売人など、珍しくもなんともない。
己の自由を確信していたブルーノは、続いて聞こえてきた声が信じられなかった。
「本物を持っているということは、こいつが詐欺師だね」
文官はブルーノに近寄り、哀れみの目で見下ろしてきた。
「この辺境に来たのが運の尽きだよ。奥様だけなら騙せると思ったんだろうけど。その奥様が一番の曲者なんだよなぁ」
何を言っているのか理解できなかった。ただ、ブルーノを捕まえたのはリディアの仕業だと察しただけだ。
ブルーノは詐欺を働く前に、一通りの下調べをしている。辺境に嫁いだのは、あまり社交界に出てこなかった深窓の令嬢だ。婚約破棄騒動を引き起こして辺境へ流れた王子と結婚が決まってから、ようやく表に出てくるようになった。それも積極的とは言えず、夜会に参加しても「人の話を笑顔で聞くだけ」の飾りのような存在。
親しい友人とは遠く離れ、孤独だったはずだ。
――何が間違っていた?
リディアの第一印象は、噂通りだった。ブルーノの話を疑いもなく聞いて、ときに無邪気な質問をするような、今まで騙してきた貴族と何ら変わらない。
「ええと、ブルーノだったね。君が騙した人のうち、特にシュタート伯爵夫人がお怒りでね。個人的に会いたいって言ってるんだよ。相手が悪かったね」
文官は声をひそめた。
「権力さえあれば、人間の一人ぐらい簡単に消せるって知ってた? 君が捕まったことに気がついた頃には、君の姿は表の世界から消えるんだよ」
***
サロンで午後のお茶を楽しんでいたリディアは、帰ってきたフリッツを見て微笑んだ。
「お帰りなさい。彼は素直に喋ったかしら?」
「いいえ全く。役に立つことは一言も喋りませんよ」
「あら。情報局仕込みの尋問でも無理なの?」
「おや。僕の素性をご存知でしたか」
リディアは答えずに、シェーラを呼んだ。仕事をしてきたばかりのフリッツに、同じお茶を出すよう指示をした。
フリッツのことは、夜会で知り合った貴族が「王子の補佐に情報局から精鋭が派遣された」と言っていたからカマをかけただけだ。フリッツの名前は出ていない。
「僕がお相手をしてもよろしいのですか?」
「立ったまま報告されるのは慣れていないわ」
フリッツが空いている席についた。彼はシェーラが給仕した紅茶を飲み、役得だなぁと感想をこぼす。その隙だらけの笑顔は、彼をどこにでもいる文官に見せていた。
「奥様が僕のところへ来た時は驚きましたよ。どうやって彼の情報を掴んだんです? 町に手配書が届くよりも早かったんですが」
「手配書は作成から配布まで時間がかかるわ。あなたは私が文通をしているのを知っているわね?」
「ほぼ毎日、どこかへ出しているアレですか」
「その文通相手から質問されたのよ。貴金属の貸し借りを持ちかけてくる商人が訪ねてこなかったかって」
「ははぁ……貴族同士の繋がりというやつですね」
「あら。あなただって仕事仲間と雑談くらいするでしょう? 私にとっての雑談方法が、手紙だっただけよ。一つ一つは物事の断片でしかなくても、繋ぎ合わせれば、立派な情報になるわ」
情報収集は文通相手だけではなく精霊の力も借りた。だが精霊のことをフリッツに教える気は全くない。証拠として不十分だし、厄介ごとの種になりそうだ。
フリッツは苦笑した。
「今からでも情報局へ来ませんか? どこでその思考を身につけられたのか、興味があります」
「あなたがクラウス様よりも魅力的な男性だったら、選択肢に入れるか考えてあげてもいいわ」
「遠回しな拒否ですね。クラウス様を説得するほうが早そうだ」
リディアはクラウスの利益になることでしか動きたくない。ブルーノの件はクラウスの資産に被害が及びそうだと判断したから、排除に動いたまでだ。
「あの詐欺師、まさか雑談が原因で捕まるとは思わなかったでしょうね」
「そうね」
「奥様のことですから、情報提供がなくても商人が怪しいと思うのでは?」
「買い被りすぎよ」
サロンの入り口に護衛の姿が見えた。
「準備ができたのね? いま行くわ」
「行くって、どちらへ?」
リディアに続いてフリッツも席を立った。
「もう一度、あの商人とお話がしたいのよ。質問し忘れたことがあるわ」
「僕もお供をしてもよろしいですか?」
「ええ。お好きにどうぞ」
単にリディアの疑問を解消しに行くだけだ。リディアはフリッツを連れて馬車に乗り、町へ向かった。
領主の屋敷から最も近い町は、辺境にある中で最も大きい。門の近くには犯罪を取り締まる目的で騎士が常駐しており、犯罪者を留置しておく牢もある。面会には手続きが必要だが、領主の代理を任されているフリッツのおかげで、すぐに通してもらえた。
牢と廊下の間には鉄格子がはまっている。頑丈さと監視しやすさを優先したのだろう。牢の高い位置には、換気のために小さな窓があった。そこにも鉄格子がはめられ、光が差し込んできている。
中にいたブルーノは、リディアの顔を見るなり嫌そうな表情を浮かべた。小声で何かをつぶやいたが、リディアには聞こえない。どうせ悪態だろう。
――あら。こんなところにも精霊がいるのね。
この場にいる人間よりも多くの視線を感じる。彼らはリディアが見える側の人間だと気がついていた。面白いことが始まりそうな予感に、目を輝かせている。
リディアは精霊を無視したまま、ブルーノに話しかけた。
「あなたに貴族の情報を渡したのは誰かしら?」
「なんの話だ」
「被害者の派閥が同じなのよ。狙ってできるものじゃないわ。私のことも、情報提供者から聞いたのかしら。辺境に飛ばされた王子と結婚した世間知らずって。だから騙し方がぬるかったのね?」
ブルーノは答えない。落ち着きなく視線が動いた。
「その沈黙は肯定でいいわね? あなたは全て自分でやり遂げたと思っているけれど、都合よく動かされていただけよ」
「いいや違うね。全て俺が一人でやったのさ」
「許可証の偽造にいくら支払ったの? あれは本当によくできていたそうよ。まるで『本物の作り方』を知っている人が用意したみたいに。詐欺事件がなければ、発覚しなかったでしょうね。あなたは私たちの駆け引きに放り込まれた捨て駒だわ。かわいそうに」
リディアは鉄格子に近づいた。
「素直に捕まったご褒美に、いいことを教えてあげる。あなたには二つの道しかないの。牢の中で情報提供者の後ろにいる人に始末されるか、この辺境にいる間に全てを正直に話して一矢報いるか。よく考えておくことね」
リディアが後ろを振り返ると、フリッツと目が合った。
「私の用事は、これで終わりよ」
「もうよろしいのですか?」
「ええ」
牢から外へ出るまでの間に、リディアは精霊へ目を向けた。興味を惹かれた精霊が、いくつかリディアについてくる。屋敷へ戻ったリディアは自分の部屋へ入るなり、精霊に微笑んだ。
「楽しいことをしましょう。牢の中にいた男の人に、劇を見てもらうの」
小さな声で歓声が聞こえる。リディアは精霊がやりすぎないように、しっかりと筋書きを決めていった。




