表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/57

13 悪意に壊されたもの

「――以上が、キースリング子爵家の情報です。ご質問は?」


 クラウスは辺境の執務室でフランツが集めた情報を聞いていた。王都へ出向いたついでに自分でも情報収集に動いてみたが、大した成果は得られていない。ベルトホルトと面会したものの、彼が一部の記録を隠しているらしいことが分かったぐらいだ。


 フランツが所属する情報局へ問い合わせても、似たようなものだった。つい最近の出来事――キースリング子爵家が抱えていた問題は、表面化すると同時に解決している。まるで誰かが情報を流すべき時を見定めているようだ。


 ――心当たりしかないけどな。


 どうせ父親やフランツが所属している情報局の仕業だろうとクラウスは予想した。


 情報局は政治の安定のために国内外から情報を収集、分析している場所だ。どうやって情報の流れを遮断すればいいのか、よく心得ている。


「ゼンケル伯爵主導で追い出した継母とその娘は、どこへ行ったんだ?」

「母親は神殿の清掃係です。最初は威勢よく抵抗していたようですが、食事が提供されないと知って大人しく従っています。他の清掃係からは無視されているようですね。あの性格ですから、無理もありません」


 継母はキースリング子爵家の内情には疎い。家のことをリディアに押しつけていたせいだ。味方へ引き入れたところで、役に立たない。クラウスに恨みを抱く者が継母を利用する確率は、限りなく低いと思われる。


「娘のほうは、どこかの屋敷でメイドとして働き始めました。厳しいメイド長がいると評判の場所ですので、決して楽ではないでしょう」


 クラウスは王宮のメイド長を思い浮かべた。彼女もかなり厳格だと聞いたことがある。


 ――さすがに王宮へ放り込むようなことはしないと思うが。


 家格が高くなるほど使用人に求めるものも高い。使用人を束ねる立場の者が厳しいのは、王宮に限ったことではないだろう。


「キースリング子爵家に付け入る隙は全て潰したか。これは情報局とゼンケル伯爵、どちらの計画だろうな?」

「ゼンケル伯爵が主体かと。情報局だったら、もう少し泳がせてますよ。継母を利用して、殿下を妨害する者を誘き出すために」


 現状で調べられるのは、ここまでのようだ。ひとまずリディアの周囲に厄介事はない。クラウスはそれで満足することにした。残りはリディアが嫁いでから明らかになるだろう。


 ――リディアローゼ、か。


 先日、王宮の庭園で彼女と会った時は、まだ顔を知らなかった。あの出来事の後に母親から姿絵を見せられ、驚いたものだ。


 リディアは不思議な気配を纏っていた。


 ミルクを入れた紅茶色の髪と、新緑を切り取ったような緑色の瞳が印象に残っている。微笑む彼女の表情は蠱惑的だった。口元のほくろのせいかもしれない。どこかで聞いたような声をしていたが、はっきりと思い出せなかった。


 ――貴重な体験だったな。


 クラウスはずっと姿が見えない声のことで悩んでいた。自分以外の人間には聞こえない。幻聴が聞こえる自分は、おかしいのかとさえ思っていた。それを精霊だと断言して、見えるようにしてくれたのは、リディアが初めてだ。


 精霊と触れ合って喜ぶ自分を、不安そうに見つめていたリディアが気になる。


「ところで殿下。婚約者のリディアローゼ嬢と交流してますか?」

「交流?」


 リディアの不可解な表情について想いを巡らせていたクラウスは、唐突に現実へ戻された。


「まさか結婚式まで無視するつもりですか? それ、最低な男として記憶されてしまいますよ」


 フランツは白けた顔で、手紙を出せと言ってきた。


「政略結婚だろうと、恋愛結婚だろうと、対話を怠るのは駄目ですって。殿下から出さないと、相手が困るじゃないですか」

「困るとは?」

「婚約したとはいえ、相手は子爵令嬢ですよ。貴族のマナーが身についているんですから、王子へ手紙を送るのは勇気がいることなんです。クラウス様から手紙を送って、返事を書く理由を作ってあげないと」

「……そういうものなのか」


 対話をしろという指摘には納得した。リディアの性格を知るには、ちょうど良いかもしれない。


「ご理解いただけたなら、今すぐ書いてください。危うく結婚前から不仲になるところでしたよ」

「だが、何から書けばいいのか……」

「最初の手紙なんですから、初めましてから始めればいいのでは? 相手だって、最初から愛の言葉なんて求めてないですよ。きっと」


 でも気が利いた言葉は入れましょうね、とフランツは言う。注文が多い補佐だと思いながら、クラウスは机の引き出しを開けて便箋を探した。



 ***



 継母達がいなくなると、生活が少し楽になった。カミルは浮いたお金で、さっそく使用人を雇ったようだ。いずれ厨房を任せるつもりで、料理人を一人。それからリディアがやっていた家事をするためのメイドを一人だ。二人ともよく働いてくれるので、リディアが手伝う余地はない。


 シェーラはリディアの身の回りの世話に集中するようになった。使用人がいる生活に慣れさせるためだそうだ。辺境伯のところへ嫁いだ時、リディアが自分で何でもやってしまうと、使用人の立場がないらしい。


 父親は相変わらず無気力だったが、以前に比べると表情が穏やかになっている。家督を譲り、職場ではますます影が薄くなったことで、心に余裕が出てきたようだ。


 誕生日を迎えて成人したカミルは、伯父がいる魔法師団に就職することになった。前線に出るような戦闘職ではなく、研究員の待遇らしい。忙しそうにしているものの、充実した日々を送っているようだ。


 周囲の状況が変わり、リディアは自分の時間が増えた。


 ずっと家にいてもやることがないリディアは、友人をお茶に誘って結婚報告をすることにした。ちょうどリディアとクラウスの結婚がひっそりと公表され、世間がざわめきだしたころだ。ほとんど交流がなかった家から、探りを兼ねた茶会や夜会の招待状が届く前に、できる範囲で根回しをしておきたかった。


「あなたの伯父様は、本当に策士よね」


 そう言って親友のアデリナは紅茶のカップに砂糖を落とした。


「ゼンケル伯爵家がキースリング子爵家を支援したのは、親戚だからって理由の他に、辺境伯の後ろ盾になるためじゃないの? 無名のうちに味方について、自分たちの派閥へ入れてしまうのよ」

「そういった駆け引きがあったことは否定できないわね。でも助けてくれたのが伯父様で良かったと思うわ。早かれ遅かれ、どこかの派閥に巻き込まれていたと思うもの」


 ベルトホルトは王家やクラウスに否定的な立場ではない。リディアを使ってクラウスを動かしたいとは思っておらず、王位を巡って争うような事態にはならないだろう。


「結婚前に継母達を追い出したのは、一瞬でもあの継母と王族を縁続きにさせたくなかったのね。だって死ぬまで自慢しそうじゃない。あたし、王族と親戚だったことがあるのよ! って」


 想像してしまったリディアは、思わず笑ってしまった。カミルと精霊が母親のドレスを修復してくれたおかげで、継母のことを話題に出されても気にならなくなっていた。もちろん彼女がやったことは許せないが、心の整理はついている。


「リディアなら良い家の人と結婚するだろうなって思っていたけど、まさか王子と結婚するなんて予想外よ」

「私自身、まだ信じられないわ」


 アデリナはリディアと同じく、クラウスの噂を疑っている側だった。婚約破棄騒動には関係がなく、情報が入りにくかったからだろう。彼女が噂を聞いたのも、全てが終わってからだ。


「もうクラウス王子には会ったの?」

「ええ。少しだけ」


 庭園での邂逅も、出会った回数に含めていいはずだ。


「結婚したらリディアも辺境へ? 気軽に会えなくなるわね」

「そうね。でも王都へ行く機会がなくなるわけじゃないわ」


 クラウスは王子だ。大きな行事があれば出席を命じられる。リディアに長距離移動ができない事情がない限り、同伴を求められるだろう。


「王都と辺境の間にある街道は整備されているし、移動は楽なはずよ」

「王都へ来る時は連絡してね。絶対よ」

「約束するわ」


 アデリナとの楽しい時間が終わり、リディアは足早に家へ向かった。クラウスとの結婚が公表されてからは、特に身辺には気をつけるようにしている。クラウスに恨みを持つ者が、弱そうなリディアに目をつける可能性は十分あった。


 今までほとんど社交界へ出ていなかったために、リディアの顔を知っている者は少ない。それでも、用心するに越したことはないだろう。スカートのポケットには、カフスボタンが入っている。リディアが呼べば、いつでもクリスが出てきてくれる。


 家へ戻ったリディアは、シェーラから自分宛ての手紙が届いていると告げられた。


 真っ白な封筒に、赤い封蝋がついている。押されている印は、これからリディアが嫁ぐ相手のものだ。

 手紙を開くと、リディアの名前の代わりに、花の精霊へと書いてあるのが見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ