1 告白の機会は適切に
「俺に言わなければいけないことがあるだろう」
紫色の瞳が、まっすぐリディアを見つめていた。その宝石のように澄んだ色は、いつもリディアを幸せな気持ちにさせてくれる。
ずっと彼と見つめあっていたかった。
その口から出てくるのが愛の言葉ではなかったとしても、リディアが彼の時間と視界を独占していることに変わりはない。
「クラウス様……」
彼の名前を呼ぶだけで、リディアは胸が高鳴った。クラウスは遠くから眺めることしか許されなかった相手だ。それが今や自分の夫だなんて、まだ信じられなかった。
堂々と名前を呼んでも、誰にも咎められない。リディアは喜びを抑えられなかった。
彼に伝えたいことは沢山ある。だが舞い上がって興奮した頭では、支離滅裂な言葉しか出てこないだろう。だからリディアは簡単な、間違えようがない言葉を選ぶ。
「クラウス様。愛してます」
ようやく言えた。恋心を自覚してから、ずっと言いたかったことを。
リディアの告白を聞いたクラウスの頬が、一気に赤く染まった。
「は!? ち、違っ……そうじゃない! 君が誰に依頼されたのか、どこまで事情を知っているのかとか、色々と! 真面目な話が!」
「そう言われましても。クラウス様に伝えたいことといえば、やはり抑えきれない大きな感情とか、常に抱いている恋心ですから」
思わずリディアの口からため息がこぼれた。
思い切って気持ちを打ち明けた反動か、自分の頬が熱い。けれど告白したことで、心は充実している。困難な目標を達成した開放感とでも言うのか、今なら何でもできそうな気分だった。
クラウスは片手で口元を覆い、近くにいた補佐役へ視線を向けた。
「だからって、人前で言うことじゃないだろう」
「二人きりになりたい、と言うことですか? そんな。昼間からだなんて」
結婚してから一ヶ月が経過したが、まだ初夜を迎えていない。そんな状態で誘われたら、どうしても期待してしまう。クラウスは誘うために言ったわけではないと分かっているが、斜め上に暴走を始めた思考は止まらない。
あわよくば、これを機に親交を深めたいなんて欲望も出てくる。
今なら、こちらから押せば関心を寄せてくれるのではないだろうか。もしクラウスが愛おしげにリディアを見つめて、甘い言葉を囁いてくれたら――即座に心臓が止まりそうだ。
「申し訳ございません。想像したら目眩が……一時間ほど、お時間をいただけますか? 精神統一しておかないと、肝心なところで気絶してしまいそうです」
「だから、なんでそうなる!? そこ、微笑ましそうに見るんじゃない!」
補佐役の温かい視線に気がついたクラウスが言うが、補佐役は聞こえていないかのように微笑んでいる。
「僕は邪魔だったようですね。しばらく席を外しましょうか?」
「外さなくてもいい!」
クラウスは執務机に軽く腰掛け、腕を組んで補佐役を睨んだ。上品な外見に似つかわしくないマナーを無視した動作に、リディアは胸の奥を鷲掴みにされた。
――もしかして、これが小説で見た「二面性にときめく瞬間」なのでは?
粗野な人物が、実はとても紳士で教養があったり、物腰柔らかな聖職者が裏で暗殺家業を請け負っているなど、普段の姿からは想像がつかない裏側を垣間見てしまった衝撃。恋愛小説では、とうに使い古されている設定だが、今だに読者から好まれ続けている。まさか非現実的だと思っていたことが、自分の身に降りかかるとは思わなかった。
リディアは痛いほど脈打っている心臓のあたりを両手で押さえた。
「クラウス様……素敵です。もう少し、魅力を控えていただけると大変嬉しいのですが。でも待って。ここで倒れたらクラウス様に介抱していただけるのでは……?」
「頼む。一度、どこかで頭を冷やしてこい」
クラウスが投げかける言葉は辛辣でも、声音までは冷たくない。リディアは夫の要求通り、冷静になるために深呼吸した。
「……それで、君は誰の命令で動いているんだ」
「命令ではありません。可能であれば動いてほしいという依頼です。襲撃されたクラウス様を助けるかどうかは、私の裁量に任されております。ですが、依頼されなかったとしても、私は自主的にクラウス様を助けていたでしょう」
やはり時系列順に話したほうがいいのだろうか。リディアは結婚の話を聞かされた頃のことを思い出した。
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