6-1: 「成長の証と絶望の棘」
緊張感が頂点に達した瞬間、ミラの凛とした声が静寂を切り裂いた。
「リバンス、ルーン。グレンは二人で対処して。私はほかの者たちを相手するわ」
二人が頷くや否や、戦いの火蓋が切って落とされた。
グレンの動きは、かつてリバンスが知る彼の姿とは似ても似つかなかった。まるで影そのものが実体化したかのような、不自然な速さで襲いかかってくる。
「リバアァァァァァァァァァアンス!」
グレンの叫び声には異様な興奮が滲んでいた。その目は血走り、まるで理性の欠片も失ったかのようだ。
グレンの腕が伸び、その手から漆黒の刃が形成される。リバンスは咄嗟にその刃の鋭さをコピーし、自身の剣に纏わせた。二つの刃がぶつかり合い、火花が散る。
「ぶち殺してやるよ!」グレンの口元が歪む。
グレンの体から黒い霧のようなものが立ち昇り、彼の周囲に渦を巻き始めた。その様は、まるで闇そのものが具現化したかのようだ。
「リバンス、これが俺の新しい力だ。犠牲魔法!」
「供犠召喚」
その言葉と共に、グレンの左手の指が3本、黒く変色し崩れ落ちた。直後、その崩れた指から黒い塊が膨らみ、巨大な鉤爪を持つ獣のような姿に成長した。
「な...何てことを」リバンスは言葉を失う。
しかし、ルーンが即座に対応した。「リバンス、下がって!」
ルーンの杖から蒸気が放たれる。
火と水の融合による水蒸気。それに雷の魔力を融合させた雷雲だ。その渦は獣を包み込み、一瞬にして蒸発させた。
「ちっ...」グレンは舌打ちしながら、胸の中心にある赤黒い器官から黒い霧を噴出させ、失われた指を再生させる。
「再生能力...!」リバンスは驚きながらも次の一手にでる。
リバンスは先ほど見たルーンの雷雲をコピー。さらにグレンが出した魔物の「生物」という要素をコピー。それらを脳内で融合させ、意思を持った雷雲をペーストした。
それを見て驚きを隠せないルーン。
「な、なにが起きてるの!?」と動揺するルーンに対して、リバンスは少し得意気に説明する。
「修行のおかげでね、直近で見たものを遡ってコピーするのと、脳内でコピーしたものを組み合わせて融合させることができるようになったんだ。あれは意志を持った雷雲。『雷霆獣』とでも名付けようかな!」
「いよいよチートが過ぎる能力になってきたわね」とルーンは若干引き気味だ。
「無駄話する余裕はねえぞぉ!!!」
グレンの咆哮が響き渡る。彼は片腕を犠牲に黒く輝く大きな斧を形成した。それをリバンスたちに向かって一振りすると、地面から出たどす黒い棘がリバンスたちに向かって進んでいく。
その光景は、まるで大地そのものが敵に回ったかのような戦慄を誘うものだった。
ルーンの瞳が凛と輝いた。「リバンス、私に任せて!」
彼女の杖が空を掻き切る。「融合魔法、空重の壁!」
空気と重力の魔力が絡み合い、まるで目に見えない鋼鉄の壁のような障壁が形成される。グレンの黒い棘がその壁に阻まれ、砕け散った。
リバンスは咄嗟の判断で雷霆獣に襲撃の指示を出す。「行けっ!」
轟音と共に雷霆獣が突進する。それを見たグレンが身構えた瞬間、リバンスの瞳が鋭く光る。
「複写再現!」
リバンスは瞬時にグレンの周囲の空気に、地面の「硬性」をペーストした。まるで空気が固まったかのように、グレンの動きが封じられる。
「ぐがっ!」
動きを封じられたグレンに、雷霆獣が激突。閃光と爆発。そしてグレンの全身に電撃が走る。
「ぐああああっ!」
グレンの悲鳴が木霊する中、その体は黒焦げになって地面に倒れ込んだ。しかし、すぐに胸の赤黒い器官から黒い霧が噴出し、焼けた皮膚が再生していく。
グレンの全身が再生し終わると、その目に狂気の色が濃くなる。
「うぜぇうぜぇうぜぇうぜぇうぜぇ!」
グレンは自らの両腕を掻き毟り、黒い霧を引き出す。
「犠牲魔法、闇の双剣!」
霧が凝縮し、両腕から漆黒の剣が生え出る。その刃は光を吸い込むかのように、不気味に輝いている。
「喰らえ!」
グレンの動きが一瞬で加速する。リバンスの目にはほとんど残像でしかとらえられない。
「くっ!」
リバンスは咄嗟に風の「速さ」をコピーし、自身の動きにペースト。かろうじてグレンの斬撃を回避する。
「リバンス、私が援護するわ!」ルーンの声が響く。
「融合魔法、光霧の結界!」
光と霧が融合した薄い膜がリバンスを包み込む。グレンの剣がその膜に触れると、かすかに減速する。
「これなら...!」
リバンスはその隙を突いて反撃。しかし、グレンの動きはまだ速い。両者の剣が激しくぶつかり合い、火花が散る。
「はぁっ!」
リバンスの剣がついにグレンの防御を破る。鋭い刃がグレンの体を縦に貫く。
「ぐあっ!」
グレンの体が真っ二つに裂ける。しかし、その断面から黒い霧が噴き出し、瞬く間に元の姿に戻っていく。
「はぁ...はぁ...」
グレンの呼吸が荒い。明らかに消耗し切っている。
「もう終わりだ、グレン」リバンスが剣を構える。
しかし、グレンの口元に不敵な笑みが浮かぶ。
「終わり...だと?」
グレンの体が再び膨張し始める。両手足が黒く変色していく。
「これが...最後の切り札だ...」
グレンの四肢が溶け崩れ、巨大な塊へと変貌していく。
「供犠の大槌!」
巨大な鉄槌のような塊が形成され、リバンスとルーンに向かって襲いかかる。
二人は咄嗟に防御の構えをとるも、その圧倒的な質量に押し潰されそうになる。
「しねしねしねぇ!!!」グレンの狂気の叫びが響き渡る。
ルーンの瞳に閃きが宿る。「リバンス!私が融合魔法で時空の歪みを作り出すわ。その隙にグレンの心臓部を狙って!」
彼女の杖が光り、空間が歪む。一瞬、リバンスの姿が消える。
その隙に、リバンスは風の「質量」をコピーし、自身にペースト。瞬く間にグレンに接近し、剣を心臓部に突き刺す。
「ぐあっ!」
グレンの動きが止まる。巨大な鉄槌が消え失せる。
「リバンス、離れて!」ルーンの警告に、リバンスは跳び退く。
次の瞬間、グレンの心臓部から大量の黒い霧が噴出し、その体は崩れ始める。
「くそがよぉ...」
リバンスとルーンは安堵の表情を浮かべるも、すぐに「ミラは無事か!」と辺りを見回す。
そこには、すでに残りの敵を片付け終えたミラの姿があった。彼女は倒れた敵の上に座り、微笑みながらこちらを見ていた。
「さ、さすがだね。あの人数を一人で」リバンスは驚きと安心の表情を見せる。
「こっちも終わったわよ、ミラ!」ルーンが嬉しそうに伝える。
三人が安心の表情を浮かべた瞬間、背後で微かな声が聞こえた。
「命奪いの棘...」
その言葉と共に、ミラが倒した敵たちの体から黒く鋭い棘が無数に伸び、ミラを貫く。
「ミラ!」
リバンスとルーンの悲鳴が響く。血を吐くミラの姿に、二人は言葉を失う。
「は...はは...ざまぁみやがれ...」
崩れゆくグレンの声が聞こえる。
「おめぇは一人じゃなにもできない。大事なものも守れない『無能』なんだよ...」
その言葉と共に、グレンの体は完全に崩れ落ち、風に舞う塵となって消えていった。
リバンスは悔しさと怒りを抑えきれない。「お前は最後までクズだったのか。なにがお前をこうまで復讐に駆り立てたんだ...」
ルーンは叫びながらミラに駆け寄る。「ミラ!!!」
息も絶え絶えのミラは、微かな笑顔でルーンを見つめる。
「ああ...油断しちゃったわね。ここ数週間...あなたの成長を間近で見ることができて...とても幸せだったわ」
「なにを別れみたいなこと言ってるの!あなたは死なないわ!」
ルーンは必死に回復魔法をかけるが、ミラは静かに首を横に振る。
「もういいわ、ルーン。この闇魔法は...闇以外のすべてを拒絶するの。だから、どんな治癒魔法も効かないのよ」
ミラはリバンスを呼び寄せる。「リバンス...こっちに来て」
リバンスが近づくと、ミラは優しく微笑んだ。
「あなたも...この短い間で大きく成長したわ。ルーンを...よろしくね」
リバンスは涙を堪えながら頷く。咄嗟に、自身の無事な「身体状態」をコピーし、ミラにペーストしようとするが、何度試しても失敗する。
ミラは優しく微笑む。「闇魔法は...すべてを飲み込んでしまうの。大丈夫よ...もう十分生きたわ」
ミラの呼吸が弱まっていく。「最後に...お願いがあるわ。私の家の庭に石板があったでしょう?あそこに融合魔法で太陽の光と噴水から出る魔力を合わせて注いでほしいの。そうすればこの村を守る魔法は維持されるから...」
「いや、いやよ...!」ルーンが泣き叫ぶ。
リバンスはミラの手を強く握り、涙を流す。
「安心して...」ミラの声が次第に弱まっていく。「あなたたちなら...きっと...」
そして、静かに目を閉じた。
悲痛な叫び声がグリーンリーフ村に響き渡る。戦いの代償は、あまりにも大きかった。
リバンスとルーンは、しばらくの間、言葉もなく、ただミラの冷たくなっていく手を握り続けた。村の空気が重く沈む中、二人の心には深い悲しみと、これからの使命への覚悟が芽生えていた。
「ルーン...」リバンスが静かに呼びかける。「ミラさんの最後の願い、叶えなきゃいけない」
ルーンは涙を拭いながら、震える声で答えた。「ええ...そうね。ミラの意志を...この村に」
二人は力を合わせ、ミラの体を丁寧に抱き上げた。村人たちが恐る恐る近づいてくる中、リバンスとルーンはミラの家へと向かう。
庭に着くと、初日に見かけた魔法が描かれた石板が淡く光っていた。
「リバンス、私が融合魔法を使うから、あなたは太陽の光をコピーして」ルーンが決意を込めて言う。
リバンスは頷き、空を見上げた。朝日が雲間から差し込み、その光をコピーする。
ルーンは杖を掲げ、噴水から湧き出る魔力を感じ取る。「融合魔法...光泉の守護!」
リバンスがコピーした光と、ルーンが集めた魔力が一つになり、まばゆい光となって石板に注がれる。
魔法陣が輝き始め、その光が村全体を包み込んでいく。
「これで...ミラの遺志は...」ルーンの声が震える。
リバンスは彼女の肩に手を置いた。「ああ、きっとミラさんも喜んでいるはずだ」
二人の前に広がるグリーンリーフ村は、かすかな光に包まれ、より一層美しく輝いて見えた。
悲しみの中にも、新たな決意が芽生える。これからの旅路は、きっと困難に満ちたものになるだろう。しかし、二人の心には、ミラから受け継いだ強さと優しさが宿っていた。
「行こう、ルーン」リバンスが静かに言う。
ルーンは涙を拭い、頷いた。「ええ...ドミナージュだけは絶対に...」
二人は村の出口に立ち、遠くを見つめる。その瞳には、未来への希望と、乗り越えるべき試練への覚悟が宿っていた。




