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第5話「見回りの教師」

英語の授業中に非常ベルが鳴らなかったこと…佐伯(さえき)先生は何故あの時だけ事を起こさなかったのだろうか。


そんなことを頭で駆け巡らせていた私は、ついに不覚を取った。


金曜五限の体育の授業中に軽い熱中症を起こしてしていまい、事が起きるはずの『数Ⅰ』の時間を保健室で過ごすことになってしまったのだ。


今回こそは、強行突破でお手洗いに行ってやろうと思っていたけれどこの有様である。


不幸中の幸いというか、保健室は一階に位置していて校庭にも面している。もし避難することになっても何とかなるだろう。


ずっしりとした倦怠感が体を覆って、まだ意識が朦朧としている中、誰かが保健室に入室してくる気配を感じた。


「……先生……疲れさまです」


養護教諭の口ぶりからすると相手は教師だろうか。その会話は無抵抗な私の耳に自然と流れ込んできた。


「お疲れ様です。いま休んでいる生徒はいますか?」


「一年生の子がひとり、体育の授業で気分を悪くしてしまって横になってもらっています」


「そうですか…何かあればすぐに来ますので」


「わかりました。いつもありがとうございます」


なんの脈略もないような簡単な会話をして、入室してきた教師(?)はすぐに出ていってしまった。


わざわざ休んでいる生徒の確認をするだなんて、養護教諭がいるのに必要なことなのだろうか。


敏感になってしまった私の耳は、外から聞こえてくる体育の授業の音を捕らえていた。


金属バットがボールを弾く音…ソフトボールだろうか。


私も一学期中に授業でソフトボールをしていたけれど、あれは最高な時間だった。二クラス合同で行なわれる体育では、どうしても十人以上が溢れてしまい、外野の守備位置よりも奥で球拾いをする生徒が出てしまう。サボっている訳ではないけれど、あそこから見える景色は好きだった。



ジリリリリリリリリリリリリ!


そんなことを考えていると時が来たようで、非常ベルが鳴動を始めた。


外からは「また?」とか「いいところなのに」なんて言葉が聞こえてきた。


五月七日(つゆり)さん、申し訳ないけれど起き上がれるかしら?」


養護教諭からの呼び掛けに何とか体を起こすことで、避難できることを伝えた…瞬間だった。


保健室の扉が開き、先程の声の主が慌てながら『まるで特ダネニュースを持ってきた』かのように、養護教諭に向かって叫んでいった。


峰岸(みねぎし)先生!今回もイタズラのようです…生徒はそのまま休ませてあげて下さい!」


「わかりました!ありがとうございます」


それだけ告げると、声の主は昇降口の方に走っていってしまった。


「峰岸先生…いまのは?」


「え?ああ、林田(はやしだ)先生ね…この時間は見回りを担当されていてね、すぐに伝えに来てくれるのよ」


非常ベルが鳴ってから一分も経っていないはず…それを何故イタズラだと断言できたのだろうか。


「あの…林田先生って、この時間だけ見回りをされているんですか?」


何かが掴めそうだった。いや、きっとこれは偶然なんかじゃない気がしていた。


「そうね…あとは月曜日の午前中かしら?林田先生が見回りをされている時は、具合の悪い生徒を連れ出さなくて良いからいつも助かってるのよ。五月七日さんも感謝しなさいね?」


「そうですね…あの、もう横になってもいいですか?」


「ええ、まだゆっくり休んでいなさい」


仕切りのカーテンが閉められると、私は両耳を手の母指球で覆い塞ぎ、完全に音を遮断してから目を閉じ、神経を研ぎ澄ませた。


数Ⅰ、佐伯先生、月曜日の午前中、金曜日のこの時間、体育の授業、ソフトボール、見回りの教師・林田先生…


もう一つだけ聞きたいことを閃いた私は、養護教諭に質問を投げかけてしまった。


「先生っ!」


「どうしたの?!また経口補水液が必要かしら?」


「いえ…それは大丈夫です。あの…林田先生って今年からこの学校に赴任されたんですよね?」


「ええ…って急にどうしたのよ?」


「いや、どうしても気になってしまって…すみません」


「林田先生なら確かに今年から赴任されたけれど…三十年前にもここにいらしたから初めてという訳ではないわね」


「そうなんですか…」


「いいから横になっていなさい?」


「はい」


枕に頭を戻し、光って見えた糸口を心の中で握りしてめて目を閉じた。


校庭には全校生徒が避難してきていて、保健室のベッドからは、グラウンドを踏みつける足音と愚痴をこぼす生徒達の声がよく聞こえてきた。

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