プロローグ
ジリリリリリリリリリリリリ!
屋内消火栓の起動ボタンが押され、火事を知らせる非常ベルが校内に鳴動する。
「おい!またかよ!」
「どうせまたイタズラでしょ?」
「ガチだったらどーすんだよ!」
(どっちでもいいけど、やることは同じでしょ)
「みんな落ち着いて、慌てずに校庭に向かおう」
この教師も半信半疑だろうが、責務として生徒達の避難誘導を始める。
(もう何回目かな…)
ここ都立小名木川高校では、夏休みが明けたこの九月になってから、同じ出来事が何度か繰り返されていた。
その度に授業は中断され、全校生徒は校庭に避難をする。
(はやく授業に戻りたいなあ)
教頭が何やら話をしているけれど、全く耳に入ってこない。
「理ちゃん、理ちゃん!」
後ろから私の肩を叩いたのは、クラスメイトの晴山のどかだった。
艶のあるミディアムの黒髪ストレートで、背は高くないけれどスタイルは良い。
(胸は私と変わらないか私より小さい…ことにしておく)
色素の薄い茶色の大きな瞳が特徴で、名前の通り『のどか』な子だけれど、噂話とか学校の七不思議なんかに目がない。
「これって機械の故障かな?それともやっぱりイタズラなのかな?」
「どっちでもいいかなー、あんまり興味ないな」
「でもさでもさ!前にも同じようなことがあったらしいよ?」
「ふ〜ん」
(いつの時代にも、同じようなことをする暇人がいるんだな)
「理ちゃんって、ほんと何にも興味なさそうだよね」
こういう呆れた口調で自身を評されることには慣れていた。
「そんなことないけどね」
(面倒なことには関わりたくないだけなんだよな)
「三十年くらい前のことらしいんだけどさ、何度かスイッチが押されて、今みたいに全校生徒が校庭に避難してたことがあったんだって」
「………」
(反応しなければ話は終わるかな)
「でねっ!」
(ダメか)
「何度目かに本当に火事が起きたんだって!〝その時に逃げ遅れた生徒が一人死んじゃったらしいよ〟」
「………」
「それからスイッチが押されることは無かったみたいなんだけど、そう思うと何だか怖いよねえ」
「そうだね」
(逃げ遅れて亡くなるなんて、よっぽどの火事だったのかな)
「ねえ、ちょとは気になった?!」
「べつにー」
「おいそこ!私語は慎みなさい!」
(ほら怒られた)
「〝あんな大きい声で怒鳴らなくても良いのにね〟」
(もういいから静かにしてなさいよ)
こうやって授業が中断されると、終了時間が後ろ倒しされることになっていた。
私は授業を受けたいからではなく、これから上履きに履き替えて四階の教室まで戻らなければならないこと…
そしてなにより、家に帰る時間が遅くなる不毛さに心底嫌気が差していた。
私、五月七日理は普通の高校一年生である。
普通が正義。
生まれつきのアッシュグレーの髪、勝手に外ハネするボブ。
薄紫色の瞳。
大きめの丸眼鏡を掛けた、何の変哲もないタダの『普通人間』だ。
目立ちたくなんてないし、変化もあまり好まない。
普通に過ごせればそれで良かった。