表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/9

最終話 七色

 ーー炎が強くなった。

 天空を焦がせと、誰かが魔鉱をくべたのか。

 ショットは炎の方を見た。今日も酒がうまい。

 手にしているのは、キラが造ってくれた杯だ。

 『キラが造った杯』ではなく『キラが造ってくれた杯』なのだ。

 今更にして『心』を知る。

 情けない話だ。

 キラは言っていた。

『あとは、心をいれるだけ』と。

 言葉にして、教えてもらっていた。

 言葉は聞いていたが、意味がわかっていなかった。不肖の弟子だ。

 また、初めて杯を使ったときのことを思い出した。なんと、じんわり酒が滲み出ていたのだ。驚いたが、使っていくうちに滲みはなくなった。

 杯を焼いた窯が、焼き物用の窯ではなかったから少し具合がわるかったのか、と首を捻ったものだ。が、違った。

 焼きが柔らかいのだ。目が荒い土を使い、焼き締まりも少ない。さらに、細かいヒビの模様に水分が浸透し、酒が滲む。

 するとどうだろう、杯の色が変わる。酒の色が徐々に表れ、ほんのりと色が酒の色を見せた。

 ーーショットは打ちのめされた。

 こんなことが、起こるのか。使えば使うほど、杯に味が出る。手に馴染む。


(こんなことを、してくれていたのか。こんなことが、できるのか)


 自分では気が付かなかった。

 ーー気付かせてくれたのは、一人の少女。

 ショットが焼いた陶器は、固く丁寧だ。だが、使う者のことを想ったことはない。

 正確な曲線、鮮やかな色彩。そしてガチガチに固めた、自分よがりの陶器だった。

 『心』など、なかった。

 鍛冶の技術も高まり、【七鐵】には認められたが、まだまだ未熟だったーー。



 今回の事故で、二十名もの尊い仲間を喪った。

 痛ましい事故だと思う。

 ーーが、ショットは仲間を悼むというよりも自分の責任や事故の始末、防止策の検討に気持ちが向かっていなかったか……。そもそも、仲間と『心』を通わせた付き合いをしていただろうか。


「……」


 何もかもが、今更だ。

 ショットは複雑な表情で酒を飲んだ。

 そんなショットの肩を、何人もの男たちが叩いていく。

 ショットは自身の父も崩落事故で亡くしている。仲間たちはそのことを知っていて、そんなショットを気遣ってくれているのだろう。


(ーー違う。俺は、そんなこと気にしちゃいない)


 ショットは自問自答する。

 今思えば、父親が亡くなった時も『【七鐵】を継ぐのは荷が重い』『好きに鍛冶ができなくなる』など、自分のことしか考えていなかったのではないかーー。


(ひょっとすると……、俺には『心』が欠落しているのではないかーー)


 なんだか身体が冷えてゆくショットに、酒が次々と注がれる。

 ショットは酔えない。

 みんな、かけがえのない仲間たちだ。

 ただ、自分にはこれ以上鍛冶をする資格がないのかもしれないーー

 自分には『心』がーー



 ショットが杯の中身を呷ったとき、炎の側に一人の少女が立った。

 アンジェリーヌである。

 一目で、ショットに足りないものを見抜き、教えてくれた。

 少し、炎の勢いが増している。

 ショットはヒヤリとしたが、炎は制御されているかのように穏やかであった。

 ーーそして、輝きだした。

 ーー七色に。


「ーー!」


 ショットは、あんぐりと口を開けて炎を見つめた。

 炎の側では、アンジェリーヌが両手を上空に上げていた。火の粉が、舞い散る。

 ーーいや、それは火の粉ではない。

 ーー妖精!?

 やがて、現れたのは一際大きくーー七色に輝くもの。

 ーー七色に輝くもの。

 その場にいたもの全てが、その存在を見た。

 それは、ドワーフが心の拠り所として敬うべき存在。


【土の妖精王チーカ】


である。

 妖精ですら、ここ数十年見ていない。

 それが、ここ二百年は姿を現していないという【土の妖精王チーカ】が現れた。

 見た者、全ての時が止まり、ただ、立ち尽くす。辺りは、静寂が支配した。

 その静寂を嘲笑うかの如く、炎が変化する。七色に輝く炎が優しい光となり、七色の火の粉が飛び散る。

 幻想的な光景である。

 ーー誰も、言葉を発することが出来ない。

 炎はただ、優しく穏やかに七色の輝きを放っていた。

 死者にーーそして残された者たちに優しい祝福をくれる七色の輝き……。

 優しげな、輝きであるーー。



 遺族の一人だろうか、やがて嗚咽を漏らし膝から崩れ落ちた。

 側にいたものが、その肩を支える。

 それを皮切りに、一人また一人と嗚咽を漏らしていく。


「……」


 ショットは唇が震えるのを自覚した。

 アンジェリーヌは、自分を教導してくれただけではなかった。亡くなった二十人に、ドワーフ族に寄り添ってくれるのか。

 妖精王を呼び出してくれた?

 とすると、妖精王の使徒?

 ショットはアンジェリーヌと妖精王に感謝を捧げた。

 そして、亡くなった二十人や仲間たち、それに父親のことを想って嗚咽した。


◇◆◇


 この日、ショットが治める地区での篝火は他の地区からも見ることが可能なほど輝き、【妖精王チーカ】が降り立ったことはルーム地底王国に知れ渡った。

 七色の輝きは、ドワーフ族の夜を照らした。


 ショットが生み出す陶器は、この日を境に【七彩焼】と呼ばれるようになる。

 ショットの陶器に、ある変化が見られるようになったからだ。ショットはまず、完成したその【七彩焼】をアンジェリーヌに届けた。杯である。

 その杯は、白かった。

 ただ、使えば使うほど色味が出てくる。目が荒い焼き物の模様に飲み物が入り込み、色が変化するのだ。

 これは【七化け】と呼ばれ、ドワーフ族のみならず近隣諸国にも驚愕とともに広く伝わることとなった。

 なお、ショットの造る陶器の中でも白色のものは【妖精王の白】と呼ばれ【七彩焼】を愛用する者たちの間で垂涎の的となる。


 ――更に、ショットは鍛冶の腕前も飛躍的に向上させ【七鐵】を代表する鍛冶師となった。





 ……なお蛇足であるが、家出令嬢アンジェリーヌにある通り名が爆誕した。

 その名も【妖精王の使徒】という――。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ