第二話 危険な香り
神授暦一○一五年――。
伯爵令嬢アンジェリーヌ、御年、花も恥じらう十四歳。
家出したいお年頃である。父親である伯爵と喧嘩しては、家出する。
敷地内の使用人棟ではあるが……。
アンジェリーヌを溺愛する伯爵は、これを黙認していた。数年前に母親が急逝し、アンジェリーヌも寂しいのだろうと強く窘めることを避けたのである。
また、女家庭教師のジャミーに信頼を置いていたことも大きい。ロイス帝国という大国からきた訳ありの元貴族、という触れ込みで九年ほど前にブクマ王国の伯爵領に現れたジャミー。
そのジャミーは、アンジェリーヌの家庭教師を申し出た。当初、二十歳に満たないジャミーに伯爵は難色を示す。
しかしジャミーに対して採用試験をしたところ、所作や教養の深さが判明した。伯爵はアンジェリーヌの家庭教師として、ジャミーを正式に採用した。
アンジェリーヌはもう間もなく、ブクマ王国の王都カルビーの学院に入学する予定だ。そこでは寮生活で三年間を過ごす。
これは貴族としての義務であるが、アンジェリーヌと同じ学年にブクマ王国の第一王子がおり、伯爵は密かに期待していた。アンジェリーヌが第一王子と親密な関係にーーと。
それらしいことを口には出さなかったが、伯爵の教育熱は上がる一方であった。
(ひ、ひぃぃぃっっ! 冗談じゃない、王都の学院だなんて!)
アンジェリーヌは焦っている。
何故だか自分でもわからない。
しかし、王都の学院は危険な香りがする。ジャミーのおかげで、伯爵令嬢として恥ずかしくない振る舞いはできるようになった。
王都の学院に行っても、やっていけるだけの知識も得つつある。伯爵領から出て見識を広めることができるのは喜ばしい。
ーーしかし、王都はマズイのだ。
第六感がそう囁く。これは、人生の分岐点のようだ。
ベッドの中で、『むむー』とアンジェリーヌは唸る。
「アンジェは、王都が嫌いなの?」
ジャミーが囁くように尋ねる。
「嫌いじゃない。……だけど、なんか危険な香りがするのよね」
「なに、それ?」
「危険な香りよ。危険な、なにか……」
ピシッ。
「イタッ!」
デコピンされる、アンジェリーヌ。
「変なこと言わないの。明日は外出するから、早く寝るよ」
デコピンしたジャミーは、アンジェリーヌに言い聞かせる。
アンジェリーヌが家出した翌日、ジャミーはアンジェリーヌを外に連れ出す。アンジェリーヌも館の中だけでは気が滅入るだろうし、外の世界を知らない人間は視野が狭いとジャミーは言う。
「ほんと? やったねぃ!」
「調子いいねー……。まあ、いいけど。明日はどこに行きたい?」
「行きたいとこがある! 明日はね……」