そうそれは突然だった
「さてと……ここはどこだ?」
だだっ広い空間に一人立つ俺はそう呟いた。
つい先ほど目が覚めたばかりなのだが、まったく見覚えのない謎の空間で俺もびっくり。夢かと思って頬を13回つねったが、12回目でやっとこれが夢ではないことに気が付いた。最後の1回は念のためってやつだ。俺は慎重なタイプだからな。これくらいは当然だ。
困ったことにこれが現実だという実感だけはあるのだが、意味不明過ぎてどうしようもなくて途方に暮れてしまっている。
「誰かいませんかぁぁーー!!」
返事はない。
周囲をぐるっと見渡してわかっていたが、俺以外に人は見当たらない。これじゃあ、返事が帰ってきたほうが怖いってもんだ。内心、逆に安心してしまう。
「困ったな。とりあえず、この空間の端まで走ってみるか」
俺は走り出した。それは、脱兎のごとく走り出した。
これでも、校内最速の名をほしいままにしていた実力だ。もちろん、長距離にも自信がある。なんてったって、高校から家まで2キロ毎日歩いてるからな。体力ですら、校内1かもしれない。
「うおぉぉーー!!」
もうやめよう。馬鹿らしい。
どこまで走っても空間に終わりなど見えてこなかった。ただ疲労しただけ、これではただの馬鹿だよ。俺は頭にも自信があるんだ。確かにテストの点だけ見ればパッとしないかもしれないが、真の頭の良さはテストだけで測れる物じゃないんだよ。だから、俺にも未来はある。
「おっと、遅れてしまったわい。うん? おぬしもう起きておったのか。すまんのぉ」
「じじいだ!!」
「誰がじじいじゃ。初対面の相手に失礼極まりないのぉ。どういう教育を受けたらそんな態度を取れるんじゃ」
「口うるさい系のじじいだ!!」
「いくらわしでも怒ることはあるんじゃぞ。おぬしをこの空間に一生閉じ込めることもできるということだけ先に伝えておこう。どうじゃ? おぬしはこの空間で好きでたまらんようじゃが、それでいいじゃろうか?」
「すいませんでしたーー!!」
俺ももうそれは凄い勢いで謝った。
だけど、せめて言い訳はさせてほしい。俺だって、てんぱってるんだ。こんな空間に一人ボッチだったんだ。時間にしてみれば大したもんでもなかったかもしれないが、それでも心にかかる負担は相当なものがあったんだよ!! と声高々に宣言したいが今言い訳していいような雰囲気じゃないことくらい俺でもわかるので、黙って謝る。俺が大人な対応をしておくほうが今後円滑にコミュニケーションを取れるってもんだ。
「まぁよい。おぬしもこんなところで放置されておったんじゃ。少しくらいは不満も貯まるじゃろう。それに関してはすまんかった。突然、ほかの仕事を押し付けられてしまっての。来るまで時間がかかってしまったんじゃ」
「このくそじじいが。待たせておいて人を閉じ込めようなんて心が腐ってんなぁ!!」
「わしは帰ろうかのぉ。おぬしはよっぽどこの空間が好きと見える。それでは、さらばじゃ」
「ちょっとまってくださーーーい!!」
「何じゃ? どうかしたのかの?」
「いや、もう俺が全面的に悪いんでそれだけは勘弁していただけないでしょうか? じじい」
「まずは、じじい呼びを治すところから始めるんじゃな。話はそれからじゃ」
「おじい様!! どうかわたくしめに寛大な処置をお願い致します!!」
「それは気持ち悪いのぉ。もう少しなんとかならんのか?」
「はぁ!? こっちが下手に出てりゃ調子に乗りやがって!! ふざけんなよ!! ……おじい様? 帰ろうとしないでください」
「おぬし何がしたいんじゃ? 態度がころころ変わって面白いのぉ」
このくそじじいが。俺をおちょくってんのか? 今ここで、短い余生に終止符を打ってやりたい。もはやそれ以外考えられなくなりそうだ。俺をここまで怒らせたのはじじいが初めてだよ。
「本題に入ってもいいかのぉ? それとも帰ったほうがいいか?」
「もちろん本題に入ってください。あっ、肩とか凝ってないですか? 俺、マッサージ得意なんですよ。折角なんでマッサージしながら話を聞きますよ」
「いや、わしは別に肩とか凝っておらんぞ?」
「そういうのが危険なんですよ。自分の気が付かないうちから体には疲労が貯まっていくんですから。いいんですよ。俺がそこも含めてやらせていただきますよ。おっ、これは凝ってますねぇ」
有無を言わせず、後方へ回り込んで肩もみを初めた。実際、じいちゃんにしてたこともあるから下手ということはないと思う。満足して話を始めてくれることを祈ろう。
このじじい本当に帰るつもりだったよな。冗談で俺をからかってるようには見えなかったぞ。話さえしてくれればもう用はないからな。思う存分、じじいって言ってやろう。もう決めたぞ。
「存外気持ちいいのぉ。それじゃあ、話を始まるとするかの。結論から先に言うとじゃな、おぬしは異世界に転生することになったんじゃ」
「え、えぇぇぇーーー!!!」
「ぐぎゃ!!」
驚きのあまり肩をぐりってやってしまった。
じじいも思わぬ攻撃を喰らって怯んでいる。なんか少しスカッとした。