第8話:激録っ!社長とリーダーのオフショット!!
「今回のやり取りはばっちり撮らせていただきましたぞ!!早速ITubeに流していいかな?!!「ひしかわ開拓」のPRにもなるよねっ?!」
三人とも既に帰ったと思っていたが、夜暗森だけ死角となるソファの後ろに隠れ、ずっと小雪と菱川の会話を盗み聞きしながら録音していたらしい。
「動画のタイトルはずばり「激録っ!社長とリーダーのオフショット!!」。「ひしかわ開拓」の社長・さんごちゃんが持つ強い意気込みと我らがリーダー・こゆきちゃんの話を引き出す素晴らしい話術に、再生数が伸びまくるに違いないよっ!!会社の非公式アカウントにアップしちゃおうかな~」
「……ねえ夜暗森さん。夜暗森さんは年齢不詳ってことになっているのよね?」
「きゃるん☆。みんなのアイドルはじめちゃんには、年齢なんていう概念は存在しないのだあ!!」
「あなたって結構真面目よね。うちの面接を受ける時に、履歴書にちゃんと正しい生年月日と年齢を書いているのだから」
ぴたり。
独自の喜びの舞を披露していた少女の動きが突然止まる。
「この「ひしかわ開拓」でわたしだけ夜暗森さんの本当の年齢を知っているのだけど、これを世間に公表してもいいのかしら?」
ぎぎぎぎぎぎ――。
錆びた機械のようにぎこちなく首を動かすと、
「やめて」
結構ガチ目なトーンで否定の意志表示が口から漏れ出る。
「はじめちゃんはずっと年齢不詳キャラで通っているんだよ?ママタレントに実は子供がいなかったくらいの大スキャンダルだよ……?」
「もはやママタレントじゃなくない?!それ?!!」
小雪がツッコみを入れてみるがそんな余裕がないらしい。目を見開いたまま静かに涙を流す。
「さあ交換よ?あなたが今撮った動画を消してくれるって言うのなら、わたしは黙っていてあげる。……でも、その動画をITubeに流すっていうのなら、あなたの実年齢を公開しちゃうわ。どうする?」
「ぐぬぬ……。卑怯な駆け引きをしやがるっ!!桃李成蹊は何処に行っちゃったんだよう!!」
「こちらは盗撮された被害者なのよ?卑怯なのはどちらかしら?」
勝ち誇ったかのようにスマートフォンへと手を差し伸べる。
「わたしの動画をネットに公開するのと、あなたの年齢が明るみになるの、どちらがいい?あなたに選ばせてあげるわ」
「ちぇーっ、分かりましたよはいはい。動画を消せばいいんでしょ?」
「クラウドとかに自動で保存してないでしょうね?そこら辺も確認したいから、わたしが見ている目の前でちゃんと消したことを証明しなさい。そこまで完了して交渉成立よ」
「はじめちゃんそんな盗撮魔みたいなことしないもーん。その場その場の一瞬の切り取りを大切にするタイプだもーん」
「プロのカメラマンみたいなことを言っても、思いっきり盗撮していた奴のセリフじゃ説得力ないわよ?」
がっくりと肩を落としながら動画を消す夜暗森の横顔を眺めながら紅茶に口を付ける。
『開拓屋』にもいろいろな過去を持った者がいて、菱川家で立派な大人として認められるための、いわゆる通過儀礼として会社を設立した菱川杉冴のような者もいれば、大家族を養うために働く四方山唯のような者、代々門外不出とされてきた危険な殺人剣・撫霧流がモンスターとの戦闘に役に立つから、と評価され、その結果17歳で戦場へと駆り出された撫霧削穢のような者など様々である。
本人曰く、「バズる動画を撮って目指せトップアイドル!!」らしいが、その子供のような幼さと大人のような聡明さが綯い交ぜになったような横顔からは、何かもっと別の野望が見え隠れしているような……。
年齢不詳のはずなのにティーンズのような、子供っぽいかわいさと大人っぽいかっこよさが内包された横顔に魅了されたような……?
「どうしたの?こゆきちゃん?もしかして、はじめちゃんのかわいさの虜になっちゃった?」
子供と大人の間なのか。
子供っぽい大人なのか。
大人っぽい子供なのか。
そのどちらにも見える年齢不詳さんは自らの武器を知っているかのように、かわいく首を傾ける。
「言ってくれればいつでもチェキを撮ってあげるんだゾ☆。世界をはじめちゃんのファンでいっぱいにしてやるのだー!!」
ダージリンティーの入ったティーカップは、まだ熱を失っていなかった。
☆★☆★☆
「ワタシはこれから何をすればいいのだ?」
「何をすればいいって、自由に暮らせばいいんじゃよ。元居た世界では誰に指図されるでもなく、自分で考えて自分で思うように行動していたんじゃろ?」
時刻は『ひしかわ開拓』のメンバーと食事を終えて別れてから数時間。
場所はモンスターたちの移住の地となった愛知-006番ダンジョン。
彼の趣味なのか、松や五輪塔・宝篋印塔・石灯籠などの日本特有のアイテムが建てられた庭園に面した縁側に座った老人に向けて、身長2m30cmのモンスターは質問する。
「とは言っても、ここはあまりにも平和すぎるではないか?戦いと迫害の毎日に怯えていたワタシからすれば、欠伸の一つでも出てしまいそうなほどにな」
「だったら欠伸でもしてのんびり過ごすが良い。ここにはお主を迫害するようなモノもいなければ、お主を殺そうとするようなモノもおらぬ。やりたいことをやりたいようにやればいいのじゃよ。それとも、生きるか死ぬかの緊張感のあった時代の方がお好みかのう?」
ホブゴブリンが生活していた世界は決して裕福な世界ではなかった。
老衰によって天寿を全うするモノよりも戦死者・病死者の方が圧倒的に多く、人々やモンスターにとっては生き残ることそのものが目標のようなものだった。
しかし、それが一気に充足してしまうとなると、果たして何をすればいいものか。
旅人たちを襲って宝石類を強奪する必要もなければ、食べられる木の実を探すために森林へと駆り出す必要もない。
自分たちを見つけ次第殺してくる冒険者たちとの抗争や、近隣に生息するモンスターたちとの縄張り争いなどの小競り合いをするようなこともない。
平和になったことで生き甲斐がなくなったのか。
生きることを目的とした人生が間違っていて、何もしなくても生きられることを甘受すべきなのか。
もはや『平和』というものが何か分からなくなりそうだった。
「ふむ、そういうことであるならば、いろいろなモンスターに話を聞いてみるのもよいのではないかのう。何せ、ここには適度に意思疎通のできるモンスターしかいないのじゃからな」
「??どういうことだ?」
「はて、言ってなかったかのう?」
明日の天気でも話すような調子で稲葉山は口を開く。
「『ひしかわ開拓』はお主のような意思疎通のできるモンスターは説得してからこの地に連れてきているが、それができなかった場合は片っ端から殺しておる。彼女たちがダンジョンで出逢ったモンスター全員が全員、この土地で暮らしているわけじゃないんじゃよ」
「……どういうことだ爺さん?」
耳を疑わずにはいられなかった。
無意識のうちに縁側に座っていた老人の胸倉を掴むと、その足裏は宙へと浮かぶ。