第6話:ダンジョン攻略後ティータイム!
「ご苦労様」
開けられた扉から入ってきた『ひしかわ開拓』のメンバーたちに不愛想な言葉が掛けられる。
「さんごちゃんさぁ、かわいいかわいいはじめちゃんが凱旋したんだから、もうちょっと盛り上がれないわけ~?バイブスぶち上げ的なっ!!」
「こちとら梲の上がらないクソ議員たちに冷たい目で見られながら仕事をもらって来てるのよ?バイブスをぶち上げるよりも、議会で昼寝しかしないクソ議員たちの内臓をぶち撒けてやりたいわ」
超薄型パソコンからナチュラルロングの美しい黒髪の少女が顔を覗かせると、呆れたように溜息を吐く。
菱川杉冴。
小雪たちが務める民間会社・ひしかわ開拓の社長である。
彼女自身は能力を持つ『英雄』ではないため、社長という立場に身を置きながら、ダンジョンの調査依頼の仕事を受理する事務仕事などを主に担当している。
「……で、今回の仕事は終わったってことにして、上に報告してもいいのかしら?」
ホブゴブリンを倒した後、行っていない部屋を隈なく回って内部を確認。トラップや他のモンスターは確認できなかったため、31体のモンスターをぞろぞろ連れ立った時点で完了したはずだ。首を縦に振る。
「おっ!今回はケーキか!!美味そうだぜ!!」
机の上に綺麗に並んだ五つのケーキを見ながら四方山が少し大きな声を出す。
「近くの専門店で買った、ちゃんとしたケーキよ?わたしに感謝しながら食べなさい?」
「さんごちゃんは食べないのー?」
「わたしは「上」へのお手紙を出してからにするわー。あと、わたしのことは「社長」と呼びなさいって言っているでしょ?」
「ぶーぶー。16歳なのに偉そうなんだー」
「16歳でも社長だからね。偉いのよわたしは」
モニターを見つめながらカタカタとキーボードを打っている様子からすると少し時間が掛かりそうなので、ご丁寧にもお手拭きが用意された長机に四人で座る。
ダンジョンでの一仕事が終わった後は、いつからかメンバーたちでティータイムをするのが日課になっていた。
「おーっ!今回の動画も結構再生回数伸びてるねっ。これはなかなかの取れ高ですぞー」
「戦闘中の動画撮影は危ないから止めて、ってあれほど言ってるのに、どうして守れないかな?」
「だってこれめちゃくちゃ儲かるんだよ?!給料と動画配信でウハウハよー!!」
「ゴブリンたちが人間を襲って手に入れた宝石とか硬貨が大臣たちの寝室にたんまりあっただろー?あのお宝がそのまま手に入れば、あたしたちはもっと金持ちになれるのになー。残念だぜ」
ダンジョンにはモンスターたちが持ち帰った貨幣や宝石・遺物などが隠されていることがあるのだが、『開拓屋』はそれを持ち帰ってはいけない。
この世界とは異なる世界と繋がってしまっているからなのか、宝石類の加工技術・鉄製品などの溶接技術・建築様式など、この世界では使われていないものが非常に多く、各都道府県の埋蔵文化財センターを中心とした、遺跡の発掘・調査・研究をする公的機関へと預けられる。
「いくら稼げるからって危険が伴い過ぎるでしょ?私だったら給料だけでも十分満足できてるけど?」
「小雪は一人暮らしだから、そう言ってられるんだぜ?うちみたいな七人姉弟だと、学費や食費で稼いだ分以上に飛んでいくから、これくらい稼げてやっとトントンってところさ」
「だったらさ、ゆいちゃんも動画配信して一山稼げばいいんじゃないの?!今ならはじめちゃんがコラボしながら手取り足取り教えちゃうぞー?」
「いいよあたしは。そんなことができるほど器用じゃないし」
「……ねえ社長。やっぱりダンジョン攻略中の生配信は禁止にすべきなんじゃないの?」
「そうね。一応国から攻略中のダンジョン内部の撮影・配信許可は出ているけど、危険が伴うのは確かだわ。止めた方がいいかもしれないわね。……ところで夜暗森さん」
メール連絡が終わったのか、黒い制服のスカートをふわっと靡かせながら長いソファへと座ると、夜暗森のスマートフォンを覗き込む。
「その動画ってどれくらい稼げるの?再生回数とか広告料ってどんな感じ?詳しく教えなさい」
「さっきまで止めた方がいいって言ってなかったっけ?!!」
「わたしはあなたたちとは違って通信制の高校に通わなくちゃいけないし、あなたたちが食っていける分の給料も支払わなきゃいけないのよ?とにかく金が欲しいのよ金が」
「ひしかわ開拓」を含む『開拓屋』は、国|(厳密に言えば最近新設されたモンスター対策庁)から外部委託業務として出されたダンジョン攻略を引き受け、その謝礼によって利益を出す民間企業だ。公務員とは違って収入は増減するため安定しない。
「やっぱり一番稼げるのはスパチャかな。動画の長さにもよるけど再生回数だけだと大体一回当たり0.5円くらいだから、実はそんなに稼げないんだよねー」
「なるほどスパチャね。結構投げられたりするの?」
「今日も入ったよ赤スパ!!ほらほら!!」
「嘘?!3万5000円?!!この一瞬で3万5000円入ったってこと?!!」
「3万5000円がまるっとはじめちゃんのものなのだー!!はじめちゃんへの愛を3万5000円で伝えてくれた熱烈なファンがいるのだー!!」
えっへん、と自称アイドルのITuberが控えめな胸を張る。
「……ITubeってそんなに儲かるのか?弟たちがよくハイカキンってITuberの動画を観てたりするけど、実は萌もそれくらい稼いでるとか?」
「ああいう人たちはトップ・オブ・ザ・トップ!はじめちゃんでは手が届かない神みたいな存在ですよ!!ま、はじめちゃんもいずれ大バズリさせてトップアイドルを目指すんですけどねっ!!!」
あれほど動画配信には否定的だった四方山まで話に巻き込まれてしまっている。ケーキを食べ終わってホットな緑茶を静かに啜る撫霧を見ると、
「……スパチャを投げるって、お捻りを投げることだったんですね」
三人の会話を呑気に眺めながら呟く。
「……私はてっきり、スーパー茶釜のことだと思っていました。……「分副茶釜」で茶釜に変身して大道芸をやる狸のように、いろいろなことをして人々を楽しませてくれる茶釜のことではなかったのですね。……また一つ賢くなった気分です」
「茶釜を投げられたら痛いよね……」
ダンジョン攻略が終わった後の昼下がりは緩やかに過ぎ去っていく。