第40話:梵字
※文章内に環境依存文字を使用しています。上手く表記されてなかったら申し訳ありません!!
「これはまた、随分と大きいモノが迷い込んできたものじゃのう」
乱雑に薙ぎ倒された樹々。
踏み荒らされて捲れ上がった大地。
煙を上げて燃える草花。
それらの中央に堂々と屹立する『それ』があった。
「――――」
左右の腕は解体業に使われるショベルカーのアタッチメント・『ハサミ』よりも重みのある金属の塊。
身体は扁平な楕円形が前のめりになり、地面に対して斜めになったフォルム。その身体からはアイスピックのように鋭い先端を持つ脚が八本伸び、地面に突き刺すことで重い重心を支えている。
表面には白銀色のメッキで塗装され、高度が技術によって支えられていることを物語っている。
「『機械世界』のモンスターか。命名法則に則るなら、『Type―Crab』と言ったところかのう?」
モンスターの正体は、全身が金属の塊となった巨大なカニだった。
元々あった肉体に機械が埋め込まれて改造されたのではなく、脚から頭まで100%が合金。あくまで既存の生き物の姿に似ていることから、稲葉山に即席で命名された。
特質することと言えば、一対の目が付いているはずの部分が360度見渡すことができる、巨大な監視カメラのような物体に置き換わっていることか。
「――――」
さすがに高度な科学技術だ。カショカショという機械関節が擦れるような音を一切立てることなく、黒いドームの中を泳ぐ赤い点だけで稲葉山を捉える。
『標的を排除します』
ゴツい見た目とは裏腹に透き通った女性の声でそう告げると、こちらに向けて巨大な鋏を構える。
「なるほど。|自律型致死兵器システム《LAWS》というわけかの」
|自律型致死兵器システム《LAWS》とは、予め人工知能に味方の顔を学習させ、それ以外の人間を見つけ次第、片っ端から殺害するようにプログラムを組み込んだ、無人型の殺人兵器のことである。
2017年に初めて開催された政府専門家会合において議題として挙がり、数回の会合の結果、日本は開発を行わないことを宣言した。
兵器の暴走か、誰かが遠隔で操縦しているのか、それとも、この世界の住民を皆殺しにするようにプログラミングされて野に放たれたのかは分からないが、機械音声で放たれた女声が敵か味方かを一言で表している。
「生き物を殺めるのには少々抵抗があるが、相手が木偶人形というのなら話は別じゃ。本気を出させて――」
老人の言葉を律儀に待ってはくれなかった。力を抜いた人間の手のように自然と開かれた右手の鋏からレーザー光線が射出され、稲葉山へと直撃する。
『――――』
カメラに内蔵されたサーモグラフィが煙の中に立つ人間を感知したということは、あの一撃を食らって耐えたということか。『Type―Crab』は晴れた視界の先に立つ老人に目線を固定する。
「やれやれ。ワシのスキルでは摩利支天や不動明王みたいな強力な厄除けの力は使えないんじゃから、もう少し手加減して欲しいものじゃ」
稲葉山の全身を黄色いオーラが包み、その正面には「3-1」のような形をした不可思議な一文字が浮かぶ。
「अ」。
サンスクリット語で使用される文字であり・梵字の一字だ。
「あれは何だ?ルーン文字ではないようだが……。それとも、この世界には魔法がないのに独特の魔法文字があるとでも言うのか?」
「私もまだまだ勉強不足だから、コウゾウに教えられたことをオウム返しで説明するわ」
魔方陣から映し出された映像に驚愕するホブゴブリンにセレイフは返す。
「あれは梵字と言って、古い時代にこの世界で使われていた文字だそうよ。文字の一字一字には意味が含まれていて、その一字が神様を表すんですって」
「なるほど。ワタシたちの世界で例えるならば『テュールのルーン』や『人間のルーン』に近いか?」
例えば古代ゲルマン人が使っていたルーン文字に、『テュールのルーン』というものがある。
その一文字には北欧神話の神・軍神テュールの力が宿るとされており、古くは剣に刻むことで戦勝祈願の願掛けとして用いられた。
しかし、梵字は違う。
その一文字に神仏の力が宿っているのではなく、文字そのものが神仏を表現しているのだ。
「अ」が持つ意味は、この世の全てが地・水・火・風・空の五つのエレメントから構成されるという古代インドの思想・五大思想においての「地」。色は「黄」。仏尊は阿修羅・大日如来をはじめとした様々な者を表す。
「では何だ?あの男は様々な神の力を使い熟すことができるというのか?」
画面に対して背中を向けているためホブゴブリンたちにはその姿が分からないが、稲葉山の背後には胡坐を掻いて座った神が浮かんでいる。
右の手は他者に手を差し伸べるかのように掌を見せながら四本の指を下方へと向けた与願印を結び・左の手は服の裾を握っていることから、厄除けとしての力を持つ宝幢如来だ。
「いいえ。使うことのできる文字は5種類しかないそうよ。……何だったかしら?「キャカラバア」とか言っていたかしら?」
「ルーン文字で言う「FUThARK」のことか?」
「そうじゃなかった気がするんだけど、何だったかしらね……?」
「A」から始まって「B」へと続くアルファベットが「アルファベータ」から転訛したように、『財産のルーン』の「F」・『野牛のルーン』の「U」・『巨人のルーン』の「Th」・『神のルーン』の「A」・『騎馬のルーン』の「R」・『船のルーン』の「K」を繋ぎ合わせて「FUThARK」と語呂合わせで呼ばれることがあるが、「キャカラバア」はアルファベットやフサルクとは少し異なる。
「そちらが先に手を出してきたからには手加減はせぬぞ?覚悟するがよい」
稲葉山が次の行動へと移るらしい。この場にいる全員でモニターへと視線を集中させると、老人が纏うオーラが赤へと変化し、背後に浮かんだ神の姿も変わっていた。
浮かんだ文字は「र」。
意味は「火」。
色は「赤」。
背後に纏う神は胸の前で軽く右手を挙げ、「あなたの敵ではない。恐れるな」の意味を持つ施無畏印を結んだ赤い炎を纏いし老仙・火天。
仏教において天部に住む仏神・十二天の一柱で、身体に纏った知恵の炎で煩悩を焼いて衆生を救うとされる神だ。
「お主らのような精密な機械は廃熱が苦手じゃろう?」
老人が軽く手を翳す。
と、掌から極太の火炎放射が伸び、自身よりも遥かに大きい機械生物を一瞬で包み込んだ。
「カニの丸焼きの完成じゃ。……まあ、こんなカニを食べたくないがのう」
5mくらいの大きさはある巨大兵器だったが、その身体は一瞬で火だるまとなり、有害な化学物質を含んだ黒い煙を上げる。
一方で、
『異常な熱を検知。これより鎮火作業に移ります』
『Type―Crab』に搭載された機械音声は冷静だった。自身の現状を冷静に分析した後に、カメラの下側部分から粘液性の高い白い泡を噴き出す。
「……ほう。こうなることは織り込み済みということか。さすが、『機械世界』で造られた最新鋭の|自律型致死兵器システム《LAWS》じゃのう」
白い泡の正体は消火器に使われる消火剤のようで、身体全体を泡で覆うことで炎が酸素を取り込むのを遮断し、身体そのものを冷却して延焼を防ぐ。
消火器を使う際は普通火災・油火災・電気火災の三種類の火災に応じて消火器や消火剤を使い分けなければならないのだが、そこは『機械世界』で生まれた兵器。あらゆる火災に順応できるように様々な種類の消火剤を搭載しているのか、それとも大型機械の鎮火を想定して開発された独自の消火剤を使っているかまでは分からないが、炎の勢いが一瞬にして衰退していく。
『敵対象の生存を確認。攻撃を次のフェーズへと移します』
カニ型ロボットが左のハサミを構えると、今度は左手から吹雪の如く散弾が射出される。
「「अ」。毘盧遮那如来よ。法力でワシを守ってくれ」
無論、黙って蜂の巣にされるわけにはいかない。同じ「अ」でも宝幢如来ではなく、現世における衆生の平穏と安寧を守護する神・毘盧遮那如来を呼び出してバリアを展開。正面から弾を受け止める。
ダダダダダダガガガガガガンっっっ!!!
左手から放たれる弾雨をバリアで受け止める攻防が続くが、展開はそう長くもしないうちに動いた。
『残弾数・ゼロ。次の攻撃へと移ります』
残弾数が切れたらしい。力なくハサミを降ろす。
「弾を使い切ったか?それじゃあ、後はワシが――」
言い掛けて言葉が止まる。
何故なら、
『対象を危険人物と感知。確実に殺害します』
構造上卵を抱えるために折れ曲がった腹の部分がぱかり、と開き、そこから卵に見立てた白くて細いミサイルが何本も出現したからだ。
「なろう」にてブックマークが1件減りました……。
先日ネット記事を見ていたら、「一問一答クイズ!「快勝」の対義語は何でしょう?」というクイズがありました。
「快勝」の対義語?「快勝」って「あっさり勝つこと」みたいな意味だったはずだから、「苦戦して勝つこと」って意味の「辛勝」だろうなあ、と思って答えを開いてみたら、正解は「惨敗」でした。藤井の感性がおかしすぎるっ!!
ではまた!これからもよろしくお願いします!!