第38話:バーナードの瞳に映るもの
「えっ?!ひびきちゃんは一緒に来ないの?!」
「はい。そうですが?」
温泉に入った後にズワイガニなどを食べて一泊。
これから愛知県へと片道4時間近くかけて車で帰ろうと荷支度を整えていた朝、龍ヶ崎に今後の予定を聞いた答えがこれであった。
「いやほらあれじゃん!何も力を持たなかった普通の女の子が一度死の絶望から立ち上がって復活!新たな力を手に入れて強敵を斃したっていうのに仲間にならないなんて、これ如何に!とはじめちゃんは思うのですが?!!ヒーローものだったら絶対仲間になる展開じゃん!!」
「私にも家族とか仕事の都合とかがありますので、『英雄』になったから即・『開拓屋』というわけにはいかないんですよ」
苦笑いで返す。
「でもさ、一週間くらい有給が取れてるんでしょ?!だったらさ、その間に準備とかできるじゃん!!一緒にやろうぜい『開拓屋』!!」
「あんまり無理言って困らせるんじゃねぇよ。子供じゃねぇんだからさ」
四方山が軽く頭を抑えつける。
「言うだけなら簡単だけど、福井から愛知までだって相当の距離があるんだぜ?こっちに来ることになるんだったら一人暮らしになるわけだし、昨日の今日で準備できることじゃねぇだろ?」
「ぶーぶー。だったらはじめちゃんは、今日限りで子供になりまーす!ひびきちゃんがパーティに加わらないんだったら、はじめちゃんはずっと子供のままでいいでーす!」
「『英雄』でも『英雄』じゃなくても、私がやることは変わりません」
彼女の意志の表れか館内着の襟を強く握る。
「このスキルを使って困っている人を守り、モンスターを斃す。それだけです」
「そっか」
荷物が入ったリュックを軽く叩く。
「私だって無理にとは言わないよ。また福井で人手が足りなくなるようだったら行くし、何ならそっちから来てくれてもいいし」
「福井県警ですからねえ。さすがに愛知県に首を突っ込むのは無理ですね」
「気軽に言ってくれるけどな、片道で4時間近くかかるんだぜ?そして、車を運転するのはあたしだし。こいつが運転してくれねぇからな」
「な、なななななな何をっ?!!はじめちゃんは未成年かもしれないから、車の運転はできないんだゾっ?!!」
「免許持ってるよなあ?お前?お土産買う時に財布の中から見えたぜ?」
「人の財布を除くとは卑怯な!はじめちゃんの個人情報は金よりも重いんだぞっ?!!」
撫霧が静かに茶を啜る中、爽やかな朝の空気を彩るかのような穏やかな笑いが起こる。
「……おっと、ここで長い時間漫談しているようじゃ、早く起きた意味がねぇな。よしみんな、そろそろ愛知に帰るぞ」
スマートフォンの時計を確認しながら四方山が静かに腰を浮かせる。
「じゃあな響。あんたも『英雄』になったんだから、また何処かで会うこともあるかもしれねぇな」
「いいんですか?四方山さん?次に会った時は『開拓屋』業界の商敵になっているかもしれませんよ?」
「はははっ!面白い!!その時はあたしたちが真っ向から勝負してやんよ!!な!小雪!!」
「私はそういうのはちょっとな……。斃すのはあくまでモンスターだし、モンスターだけの方がいいし」
脳裡を過ったのは五体のティラノサウルスを一瞬で撃退した女神・マイニーだった。
街に現れたモンスターやダンジョンを攻略するに至ってはモンスターたちとの戦いだけで事は済んでいたが、いずれはバーナード・マイニーの二人の神と戦い、そして勝たなければならない。今のままでは実力不足だ。
「それでは皆さん!また何処かで会いましょう!!新作動画が公開されたら、真っ先に見ますからね!!」
身支度を整えて車へと乗り込むと、龍ヶ崎がびしりと綺麗な敬礼をする。
「気を付けていってらっしゃいませ!!」
「響さんも気を付けて。福井の未来は響さんの活躍にかかっているかもしれないよ?」
「もしかして私、福井県の英雄になっちゃいました?!でへへ、何だか照れますね」
車がゆっくりと動き出す。
福井から旅立ち、愛知へと向かうために。
「また遊びに来てくださいねえ!!」
大声でぶんぶんと手を振る女性警察官を跡にしながら、一行を乗せた車は日本海を背に走り始めた。
☆★☆★☆
「あなたって真面目よね」
15,832,137番世界の某所にある工場で、ジジジジジジ……。と火花を散らしながら溶接をする音にマイニーの溜息交じりの声が反響する。
「『ひしかわ開拓』と戦うためだけに、こんなものを造っちゃうなんて」
ぺたり、と水々しい質感を持った小さなお尻が『こんなもの』の上に着地する。
「バトルフィールドなんて適当に開けている広い場所なら何処でもいいじゃない?」
「そういうわけにはいかんだろうが!」
溶接用のフェイスシールドを外しながらバーナードは叫ぶ。
「彼奴らはオレと戦うために腕と技術を磨いているのだぞ?!だったらオレも彼奴らとの戦いに備え、最高のバトルフィールドを造るのが礼儀というものだろうが!」
「そういうものかしらね」
目尻に涙を浮かべながら欠伸を嚙み殺す。
マイニーが座っているのは巨大な飛行船の上だった。
ガス袋と呼ばれる楕円形の本体の頂点にはサッカーコート一面分よりもやや広いくらいの扁平な板が取り付けられている。
ドタバタと暴れるのには十分な大きさだが、手摺りも壁もない扁平なままで終わるようでは『バトルフィールド』と呼ぶにはあまりにも物寂しい光景だ。
「このままで終わりってわけではないんでしょ?これからどうやって組み上げていくつもりなのかしら?」
どうせ暇だから話相手にでもなってやろう。端でぶらぶらと脚を宙に投げ出しながら質問する。
「形状はまだ決めておらんが、彼奴らの世界にあるコロッセオという建物を真似てみるのも面白いだろうな!石の壁で囲まれた円形空間で、どちらかが事果てるまで戦う!実に燃えるではないか!!」
「ふぅん。コロッセオねえ。コロッセオを真似るということは、客を入れて盛大な見世物にでもするのかしら?」
「いいや、部外者は誰一人として入れぬ!!これほどの激しい戦いとなると、甚大な破壊の渦が巻き起こるはずだし、オレとて力を制御せずに全力で戦いたいからな!」
確固たる強い意志が瞳の奥に宿る。
「この世界の住民を誰一人巻き込ませないし、誰一人死なせん!!絶対にな!!」
「……そうだったわね。ただ強さのみを求めるアタシとは違って、あなたにはもっと崇高な理由があったのだったわね。あの娘たちがいる世界を侵略してでも為さなければいけない、大きな理由が」
声は野太くてデカいし、実直過ぎて大事なことまで敵に話してしまいそうになるし、終いにはたった一回相手と戦うためだけに、こんなものまで作ってしまう。はっきり言ってしまえば正真正銘のバカだ。
しかし、それでもマイニーがバーナードを嫌いになれないのは、全ての『英雄』を敵に回してでも達成しなければいけない理由があり、「それを達成したい」という強い思いが初志貫徹しているからだ。
「オレがこの世界を守ってみせる」
大きく開かれた搬出入口から外を見る。
完全に陽が落ちた夜であるにもかかわらず、街は様々な光に溢れ、その光すらもバーナードの目に正常に届くことなく光化学スモッグによってぼんやりと霞む。
所謂『工場夜景』と呼ばれる景色だが、言い換えれば『闇』という課題を『光』によって克服したことで、陽が落ちた後でも人間が働くことができるようになったという『闇』の一面を照らす景色だ。
「絶対に変えてみせる!この狂っちまった世界をな!!」
握った工具には強い力が宿る。
『ひしかわ開拓』と機械神バーナード。
二つの勢力が相見えるのは、この巨大な飛行船が完成した直後となるだろう。
先日何となく正社員の求人を見ていたら、「沖縄・宮古島のリゾートホテルで一緒に働きませんか?」という凄まじい求人を発見しました。
一応チェックしてみたんですが、「勤務地・沖縄県宮古島。ホテルの一室に住み込みで働いていただきます。カバン一つで転勤OK!。アクセスは東京から2時間40分」と書かれていました。マジで沖縄じゃねぇか……。藤井は愛知県に住んでいるのですが、こういう求人もあるんですね。
ではまた!これからもよろしくお願いします!!