第36話:マイニー
「久しぶりね♡。あなたたち」
青く艶のある太腿を惜しげもなく晒しながら少女は鷹揚に歩く。その手には三叉槍が握られ、先端からは赤黒い液体が滴り落ちている。
「……恐竜たちはどうしたの?」
「ん?これを見ても分からないかしら?」
少女が背後を振り向くと、赤い雫が洞窟の外へと向かって一本の線を形成していた。
「死んだわよ全員。ビビって敵前逃亡するような雑魚、この世界には必要ないもの♡」
三叉槍を軽く振ると、赤い水滴が光を帯びながら空を舞う。
「……誰ですか?あなた?」
「あなたとは初めましてだったわね。ま、この娘たちと会うのも二回目なのだけど♡」
艶めかしく緑青色の舌を覗かせる。
「アタシの名前はマイニー。あの脳筋野郎と同じ自己紹介になっちゃうのは癪だけど、この12番世界を統治する古代神よ。よろしくね♡」
身体の動きに合わせて小さなお尻から生えた黒い尻尾が揺れる。
「神様ですか?もしかして那羅延天様のお知り合いでしょうか?」
「ナラエンテン?だあれ?それ?……そんなことよりも、アタシはあなたに興味があるわあ。『ひしかわ開拓』の中では、あなたが一番強いのでしょう?」
大人っぽい口調とは裏腹に、背丈や体格は12歳くらいの少女くらいだ。ぺたぺたと歩くと龍ヶ崎を下から見上げる。
「入口の雑魚敵相手にスキルを使わなかったということは、スキルを隠していたか温存していたってことよね?あなたが『ひしかわ開拓』のディーラーで間違いないのかしら?」
「何言ってるの?『ひしかわ開拓』のディーラーは、こ――」
「……バレてしまいましたか。さすが神様。何でもお見通しってことですね」
「当然よ。四六時中というわけではないけど、あなたたちのことはよく観察しているもの♡」
四方山に口を押さえられて「むぐ!むぐぐ!!」と呻く夜暗森をBGMに話は進む。
「あなたとはいずれ戦ってみたいのだけれど、アタシと戦うにはまだまだ弱すぎるわあ。ほら、栽培漁業だっけ?あなたたちの世界でやっている、魚の稚魚を人工飼育で育ててから放流して、立派に成長した後に捕って食べるってやつ。弱いまま斃したってただのイジメになっちゃうから、あなたたちが強く成長するまで待ってあげる。五人全員が立派に成長したら、またアタシと一緒に遊びましょ♡」
「……そうですか。なら、あなたは一つ間違いを犯しています」
「何かしら?」
「それは、今でも私は十分強いってことですよ!!」
右の拳に力を凝縮すると足のバネを使って一気に駆ける。
「おりゃあぁっ!!」
15mの恐竜すら吹き飛ばすことができたのだ。小柄な少女にまともに当たれば確実に斃せる。
流星のような速さで一撃を叩き込むも、少女の姿が一瞬で目前から消える。
「言ったでしょう?あなたたちと戦うつもりはまだないって」
ぎりりっ。
次に少女が現われたのは視界のやや左斜め下だった。三叉槍の切っ先が顎の下に置かれ、鋭い棘が首と紙一重に突き付けられる。
「『英雄』になって日が浅いのか分からないけど、あなたはまだまだ能力を引き出せていないわ。そんな力任せの戦いをしているようじゃ、アタシを楽しませることなんて到底できないわよ?」
上目遣いでかわいらしい口調で言っているが、その言葉の一つ一つには殺気が籠っている。いつでもこちらを殺れるだけの自信があるという余裕の表れか。
「それじゃあまた♡。あなたたちがもっと成長したら戦ってあげるから、それまでウデを磨いて待ってなさい。くれぐれも死なないでね♡」
ぺた。ぺた。
踵を返すと黒幕を名乗る一人が洞窟の外へと歩いていくが、誰もその後を追うことはできない。
大胆に開かれた背中と小さなお尻を目で追い駆けるだけだった。
☆★☆★☆
洞窟の外へと出てみると、7mクラスの恐竜四体が鉄錆臭い液体を流しながら地面に転がっていた。マイニーはほんの一瞬のうちに四体を、しかも、断末魔を上げることも許さないほどの速度で手早く処理したということか。
恐竜たちの死体を確認した後、洞窟内へと引き返して焚火を囲む。恐竜たちの死体が転がっている場所は嫌だったので、この広間に入って来た時に着いた高台へと移動した。
「なるほど。響もあのおっさんからスキルをもらったのか」
「やっぱり皆さんお知り合いだったんですか?」
「私だけじゃなくて、スキルをもらった『英雄』は全員会っているみたいだよ」
RPG世界のように、ボスを斃したら入口までワープできる転移魔方陣なんてものは存在しないため、ここからまた一日以上掛けて戻らなければならないのだ。情報の整理もしておきたいし、少しくらいはゆっくりしてもいいだろう。
「しかしあれだな、響は持っていたスキルを隠していたんじゃなくて、スキルを手に入れたってわけか」
「そうなんです。今までスキルは持ってなかったんですが、一回死んだ後に那羅延天から授かりまして。そのまま『英雄』になっちゃったんですよ」
恥ずかしそうに頬を掻く。周囲に敵がいる気配がなかったので、服装はいつもの警官服に戻っていた。
「私たちは何となく勘付いていたけど、マイニーは気づいてなかったみたいだね」
「それだけ、私たちのスキルは秘匿性が高いってことなんですかね?えっと、那羅延天様に教えてもらったんですけど、そのカミサマTV?を使ってもマイニーが覗けないなんて」
『ひしかわ開拓』の行動は全て監視していると言っていたが、龍ヶ崎が那羅延天からスキルをもらったことを知らなかったし、もらった瞬間を見ていないようだ。となると、那羅延天がいたあの石造りの建物の中はカミサマTVで閲覧できないということか。
「それにしてもさ、そのスキルをくれたオジサンはさ、どうしてはじめちゃんたちにスキルを与えてるんだろーね?」
持ち込んでいたスナック菓子をばりばりと食べていた夜暗森が素朴な疑問を投げ掛ける。
「多分なんだけどさ、「そのスキルを使ってモンスターたちと戦え」ってはじめちゃんたちに言いたいんだろうけどさ、そんなのは神様たちがやるべきことなんじゃないの?はじめちゃんたち何だか雑用されてない?銃の使い方だけ教えられて、「戦え」って戦争に投げ出される雑兵みたいじゃない?」
「確かに、ヴィシュヌ神はヒンドゥー教では世界を維持する神様ですからね。それはお前がやれよ、って話ですよね」
ヒンドゥー教ではブラフマーが創造神・ヴィシュヌが維持神・シヴァが破壊神であり、この三柱の神が世界を運営しているとされている。
ヒンドゥー教の考え方に則るのであれば、維持神であるヴィシュヌがモンスターを処理できていないからモンスターが跋扈しているのではないか。そう解釈することも可能である。
「……単純に人手が足りないのではないでしょうか?」
撫霧は兵糧丸|(味噌玉)を溶かして作った即席の味噌汁を啜って喉を潤す。
「……神様は一人しかいないのに対し、この地上に溢れ出たモンスターは何体もいます。……私たちに雑兵を処分させることで、少しでも雑務を減らそうとしているのかもしれません。……それか、」
お椀の水面を漂う味噌の濃淡を見ながら続ける。
「……力無き者たちが何人も駆逐・淘汰されることまでが那羅延天の行う『維持』なのか。……いずれにせよ、私たちには知り得ない、分かり得ないことが多いですね」
「もしそうだとしたら嫌だな。私たちがもっと強くならないと、もっと早く一連の事件を終わらせないと、このままじゃ『英雄』やモンスターがさらに増えちゃうってことでしょ?」
龍ヶ崎がスキルに目覚めたから勝てたものの、それがなければ今回は確実に負けていた。
もっと技術を磨かなければ。
もっと強力な力を手に入れなければ。
小雪は心中で己の不甲斐なさを噛み締める。
「……私も同じ考えです」
態度が表に出ていたのだろうか。味噌汁の入ったお椀を大切そうに抱えながら和装にポニーテールの少女は隣に座る。
「……奥義の中でも強力な技を使うことができましたが、それでは刀が保ちません。……もっと強い刀を手に入れなければ、これから現れる敵から皆さんを守れない。……そう感じました」
「このままってのはあたしも嫌だぜ」
四方山がスナック菓子の袋に手を突っ込む。
「あたしや萌のスキルってパッシブ型だから、その場にいれば発動するんだけど、仲間が苦しんでいるのをただ見ているだけってのは、やっぱり性に合わねえ!剣でも槍でも盾でも矛でも銃でもいいからさ、あたしたちも一緒に戦いてぇよ!!」
「でもさゆいちゃん。はじめちゃんは剣術や武術の類なんてやったことがないから、武器を持ったところでかえって邪魔になるんじゃないかな?拳銃みたいな、比較的素人でも扱いやすい武器とかにした方がいいかも?」
「そこはあれだ!筋肉を鍛えればいいんだ筋肉を!!愛知県に戻ったら基礎体力を付けるところから始めようぜっ!!」
「えぇーっ。はじめちゃん、スマホより重い物は持てないんですけどー?」
「残念だったな!じゃあそのリュックの中に入っている「森羅万象チョコ」のボックスは、あたしが全部もらってやるよ!弟がカードを集めてるからな!!」
「ああん?ダンジョンの中で一箱開封したらバズるかなと思って持ってきたのに、洞窟の中じゃ電波状況が悪すぎて生配信ができないんじゃあ!!はじめちゃんは、マヒロのえっちな水着のアナザーを当てるんじゃあ!!」
これが夜暗森の話者としてのテクニックなのか否かは分からないが、戦いが終わった後の緊張感や疲労感が、いつの間にか何処かに吹き飛んでいた。洞窟の中を笑声が反響する。
しばしの休憩の後にジャングルの中を探索してみるも、恐竜たちの鳴き声などは一切聞こえず、生き生きとした大自然とは裏腹に支配者たる巨大生物たちの声は消えてしまった。
巨大化したトンボのような生物などを時折見掛けたが、人間たちに対して危害を加えてくるような様子はなかったし、古生物に詳しい龍ヶ崎がいるとは言えども、実質素人である小雪たちの判断では殺した方がいいのか否かも分からないし、それらを全員殺すとなると手間と時間は甚大だ。攻略後のダンジョンの清掃やメンテナンスを受け持つ組織・『スターライザー』やモンスター対策庁・古代生物に詳しい専門家などに一度報連相した方がいいかもしれない。
「なろう」にてブックマークが1件増えました!ブックマークしてくださった方ありがとうございます!!
実は藤井、「神羅万象チョコ」の大ファンです。
第6弾の「ゼクスファクター編」から購入を始め、第14弾の「魔怒暴威都市編」まで全シリーズを購入してきました。
コンビニ配布のプロモは把握している限りでは全て入手しましたし、ミスドコラボ・次世代限定配布のアーク&アルカナ・一億個突破記念・コロコロ懸賞版の赤アナザーアーク・図鑑・一番くじで出た設定資料。全てリアルタイムに自力で手に入れました。
ただ、コロコロの応募者全員サービスの「絵本を読む少女」(コロコロアニキver)を期限内に応募できず、入手できなかったのが心残りです。後者はちょうど仕事を辞めて無職になり、家族と揉めていたタイミングだったので完全に忘れておりました。
ちなみに、作中で会話の中に登場した「氷輪のマヒロ」のアナザー。発売から数年後にオークションで出ていたので6,000円で購入しました。
現在メルカリで相場を見てみたら、大体4,000円~6,000円くらい。当時とあまり変わってませんね。
ではまた!これからもよろしくお願いします!!




