第34話:セカンドライフ
「平行世界、ですか……?」
「君が死んだことによって、この世界は二つの世界へと分岐した。君が生きている世界と君が死んだ世界だ」
ガネーシャが再び起き上がっては厄介だ。玉座の間へと一回引き返すと、那羅延天は傲岸不遜に玉座に腰を鎮めたまま続ける。
「つまりは、世界が分岐する前に時間を巻き戻し、その世界で君が生存することができれば、君はそのまま生き続けることができる。儂がカミサマパワーを使って世界が分岐する前の時空に一度だけ時間を巻き戻してやるから、恐竜どもを殲滅して生き残れ」
ちなみに、カミサマパワーというのは神様が持つ霊的な力の総称らしい。パチンと指を鳴らすとテレビが静かに点く。
「いいか?君は背後から迫る二体の恐竜に頭を噛み砕かれて一撃で絶命する。仲間に報せてもいい。スキルを使って自分で斃してもいい。仲間たちと協力して恐竜を斃すのだ」
「このスキルを使ってどれくらい戦えるんでしょうか?変身したけど実は全然ダメ!なんていうオチは嫌ですよ?」
「ガネーシャを一撃で倒せるほどの力があるのだぞ?小さいトカゲの一匹や二匹、造作もないだろう。何なら怯ませるだけで仲間が気づくきっかけになるはずだから、それ以降は彼女たちに頼ってもいいがな」
那羅延天が手を翳すと龍ヶ崎の身体が淡い光に包まれる。
「失敗してもう一度ここに来ても、今度は生き返らせてやらぬぞ?しくじるなよ?」
「私、龍ヶ崎響、一生懸命頑張って参ります!!」
びしり、と綺麗に敬礼を決めると、女性警察官は光の粒子となって消えた。
『やれやれ。最初から生き返らせる気なのなら、こんなに間怠っこいことをしなくてもいいのではないか?』
ぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎり、と。
閉じていたはずの扉が開かれ、中から頭を押さえながらガネーシャが姿を現す。
「ふふふ。こうやって一芝居打った方が彼女の背中を押すことになるだろう?それに、ただスキルを与えるだけでもつまらんではないか。毎回汚れ役を任せてしまって申し訳ないな。ガネーシャ」
ガネーシャはシヴァとパールバティの間に生まれたモンスター――ではなく、歴とした神だ。
インドなどでは日本における恵比寿社や稲荷社のように商売の神として崇拝され、新しい事業や商売を始める時に縁起がいいとされる神である。
『それにしても、どうして彼女を選んだのですか?これと言って突出した感じのない、ごく普通の女性ですが?』
「面白そうだからだ」
くつくつと笑う。
「何の取柄もないごく普通の女性が、モンスターたちに仇なす最強の『英雄』として成長し、君臨する。……さて、儂らはその成長の様子を見守るとしようではないか」
☆★☆★☆
「ねえ削穢さん……。兜無視を使って何処まで斃せそう?」
「……小さいモノを2~3匹程度でしょうか?……そこまで斃したところで刀が折れてしまいますね」
小雪と撫霧の会話が耳に入り、浅い眠りから覚めるかのように気を取り戻す。
「何か超必殺技みたいな奥義はないの?」
「……ありますが、衝撃でこのまま生き埋めになるでしょうね」
(戻ってきた……?)
視界に入ってくる情報で現状を整理する。
目の前にはこちらを睨みつける全長7m超えの五体のティラノサウルス。
ティラノサウルスはしきりに咆哮し、『ひしかわ開拓』の面々は注意深く出方を窺いながら作戦会議中。
その途中に幼体の恐竜が二体接近し、私を喰い殺すのだ。
「……」
勘付かれないように背後を一瞥する。
壁に四角く切り取られた石の扉がゆっくりと開き、二体の恐竜がこちらの様子を窺っている。親が牽制のために鳴いた声で足音を掻き消し、獲物との距離を安全に詰めるためだ。
「じゃあさ、削穢さんが私の風の剣を使うってのはどう?能力だから何回でも出せるけど?」
「……複野さんの【タロットカード】で生成した武器は、複野さん以外は触ることができませんよね?」
「そうだったね……」
「ぐごおおおぉぉぉぉおおおおぉぉぉぉおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉおおおおおおおっっっっっ!!!!!」
一際大きく鳴くと、これを好機と見た二体の恐竜が一気にこちらに詰めてくる。
(今だっ!!)
スキルを発動するならこのタイミング。
ここで確実に撃退しなければ二の舞を演じてしまう。二の足を踏んでいる場合ではないのだが、変身後の姿は20歳を過ぎた自分が着るにはあまりにも度胸と覚悟がいる姿だ。
こちらに接近するまであと20m。
10m。
5m!
「なるようになれええぇぇぇええええぇぇぇぇぇぇぇえええええっっっっっ!!!!」
天高く右腕を突き上げると、不思議な力により全身が青っぽい光に包まれる。
「ひびきちゃん?!!」
「何が起きたの?!!」
仲間たちの戸惑う声と恐竜たちのポカーンとした表情に見守られながら、姿をそのままに力だけを強くしてくれればいいものの、光に包まれた身体が無駄に凝った衣装へと姿を変えていく。
頭には機能性よりもファッション性を重視した、パトランプのような形で星形のアクセサリーが付いた小さな帽子。
胸には手錠の端と端を噛ませることで「∞」の字のような形にした、大きなリボン代わりのアクセサリー。
腰にはパステルカラーになった拳銃と警棒。
手には何のために装着しているのか分からない白い手袋。
脚には膝までしっかり隠れるのに絶対領域は強調する白の二―ハイソックス。
足には歩きやすさを重視した青いブーツ。
身体全体は青を基調とした清楚感のある白のワンポイントが入った、スカート丈の短いワンピースのようなコスチューム。
『絶滅戦姫♡ビッグファイブ!』|(仮)のリーダー|(この先メンバーが加わる予定なし)が福井-016番ダンジョンの地に降り立つ。
「響……、さん…………?」
「ほわああぁぁぁあっっっっ!!!!!」
全員が唖然とする中、真っ先に食い付いたのが夜暗森だった。
「何これ?!!ニチアサのあれ?!「女の子だって暴れたい」をテーマにした、今年で20周年のあれなの?!!」
「話は後です。とりあえず雑兵を潰しますよ!」
急にアニメチックな姿になった女性の声に後ろを向くと、幼体の恐竜二体が「はっ!しまった!!」と言いたげな表情で慌てている。
「……いつの間に増援が来ていたのですか?」
「親が出す声で子供たちの声を掻き消していたんだね。なかなか賢いな。……響さん。お言葉に甘えていい?」
「お任せを!」
こちらに向かってくる恐竜を見据える。
大きさは全長3m程度。
全長10m以上のサイズとなると、顎下から地面までの高さでさえ3mを優に超えるが、この程度の小ぶりなサイズであれば頭の高さは自分たちよりも低く、体重も軽そうだ。
(もう迷わない!)
小雪たちが初めて恐竜を殺した時、何故罪もない恐竜たちを殺すのかと憤った。
可哀そうなことをするなと涙ながらに訴えかけた。
しかし、
(やらなければ、こちらがやられる)
自分は一度、彼らに殺されているのだ。彼らにとっては自分のことが餌にしか見えておらず、慈悲といった感情などは持ち合わせていないし、自分を守ることを最優先にしなければ、この場は生き残れない。
ならば、
「私が自分自身を、そしてみんなを守るんだああぁぁぁぁあああ!!!!」
拳を硬く握り、力強く天へと振り上げる。
直後、その動きに連動するかのように地面が爆発し、足元にいた二体の恐竜が吹き飛んだ。
「一気に決めます!」
この好機を絶対に逃さない。
胸の前で両手を合わせると、『ビッグファイブ』の四番目・パンゲア大陸の地殻変動を原因として発生した大規模な火山噴火とマグマの流出を表現するかのような赤いエネルギー弾を作り出す。
「はあーっ!!」
見様見真似で何とかなるものだ。
赤いエネルギー弾は恐竜にヒットすると炎の塊へと変化し、二体の恐竜を焼く。体勢を崩した状態であれほどの烈火に包まれたとなると、焼死したと見てもいいだろう。
「と、特撮でも観てるのかな……?」
「次へ行くよ!!」
先ほどまで普通の女性警察官だった女性がコスプレチックな姿に変身し、魔法っぽい力を卒なく使い熟している。
その状況に狼狽する小雪たちを置き去りにして、龍ヶ崎は五体のティラノサウルスと相対する。
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十日間の長い休みから帰って参りました!なので、折角ならお休み中のお話でもしましょうかね!!
休暇中に大須商店街に行ってきたのですが、ほぼ毎回立ち寄っていた三洋堂が潰れて別の店になっていました。
『世界の魔剣美少女化辞典』的なシリーズの辞典類は品揃えは今まで見てきた本屋の中ではトップでしたし、ライトノベル作家向けのシナリオを書くための参考書といった、普通の本屋ではあまり売っていないような本も販売していました。
最近でアニメ化したような漫画やライトノベルも普通に置いてましたし、えっちな本も新作であれば無難なタイトルが揃っていたりと、行く度に発見のある面白い本屋でした。
公式ホームページを見てみると約40年の歴史があったそうで、3階建ての、これほどの規模と人気のある本屋が無くなってしまうというのは非常に残念です。
ではまた!これからもよろしくお願いします!!