第33話:魂の形
「ふぉぉぉおおおおぉぉぉおおおおおぉぉぉおおおおおおんんんんんんん!!!!!」
四本の腕を持つ象頭の巨人は怒りを表すかのように鼻息を強く鳴らした。
「ガネーシャか。こんな所に何の用だ?」
ガネーシャはシヴァとその妻・パールバティの間に生まれたモンスターである。
顔は象、身体は恰幅のいい人間の姿をしており、四本の腕を持つ。
「わわっ!早く斃しちゃってくださいよ!!」
「生き物を次の道へと転生させるのには強い力が必要でな。生憎だが、ここでカミサマパワーを使うわけにはいかぬのだ。儂にはどうすることもできぬ」
那羅延天は肩を竦める。
「それにしても、かなり怒っている様子だな。シヴァのやつに大事にしまっていたおやつでも食われたのか?」
巨人と表現したが全長は3m程度。
それほど大きいサイズではないため、股下や脇を通り抜けるのは逆に難しそうだ。
「下がっていてください」
無駄だと分かりつつも一縷の望みを拳銃に込めながら、龍ヶ崎は拳銃のグリップを握る。
「こいつは私が斃します。那羅延天さんはそこで見守っていてください!!」
「君が代わりに戦ってくれるのか?その何も特別な力もない、たった一丁の拳銃で?」
「嫌なんです」
相手は異形の化け物だ。
死後の世界で死んでしまうか否かは分からないが、鍛え上げられた腕に叩き潰されれば一撃でミンチになってしまうし、死角から鼻で叩きつけられれば脳震盪を起こすだろう。
怖い。
怖い。
だが。
「もう守られてばかりでは嫌なんです!私だって誰かを守る存在になりたい!!」
生前の行動を思い出してみる。
警察官としての訓練を受けているため、柔術や護身術・射撃の訓練を行っていたにもかかわらず、一度も披露することなくこそこそと小雪たちの背中に隠れ、挙句には何もできないまま恐竜に嚙み殺されて死んだ。
その拳銃は何のために持っているのか。
その警棒は何のために差しているのか。
自分のことすら守れなくてどうするのか。
自分のことを守れなくて他人のことなど守れるものか。
持っているのは何の変哲もないただの拳銃。
できることは暴漢を鎮圧できる程度の体術だけ。
それでも。
「誰かを助ける英雄になりたいんです!!」
銃口を異形の怪物へと向け、肩幅に足を開いて立つ。
と、
「ふおぉおん?!!」
突如として龍ヶ崎の胸元から光が溢れた。
光は球形を成したかと思うとふよふよと空中に浮かぶ。
「何ですか……?これ…………?」
「その光の玉を手に取れ」
背後から静観していた男の声が聞こえる。
龍ヶ崎は一度だけ振り向くと静かに頷き、拳銃をホルスターに戻した後に手中に収まるほどの大きさの珠を右手で包み込むように握る。
「それは君の魂の姿だ。誰かを助けたい、という強い思いに反応し、君の心の内奥にあった魂が真の形を成したのだ。――それ即ち『スキル』なり」
握った右の拳から零れ落ちた光は一層強さを増すと、女性の全身を包み込んだ。
「お、おぉおぉ……」
光に包まれた瞬間、全身に力が漲り、生気が迸る。
これがスキル。
これが『英雄』になるということなのか。
【タロットカード】のようなオールラウンダーか。
【鉄心石腸】のような圧倒的な防御力を手に入れるか。
【はじめちゃんのネ申ライブ!!】のような味方を助ける力か。
【シャンパンタワー】のような縁の下の力持ちとなるか。
全身が浮遊するかのような心地の良さに包まれた後に拳を握る。
……と、手には白い手袋が嵌まっていた。無論、今まで手袋など嵌めたことはない。
「ん……?」
身体が軽くなった感覚を確かめるべく身体を揺らす。
……と、ズボンスタイルだった警察官の制服は消え、代わりに青を基調に白のワンポイントが入った、ひらひらのスカートに代わっていた。
「んん???」
何が起こったのか分からないまま頭の上に手を置く。
……と、かわいらしい星形のアクセサリーが付いた小さな帽子が頭の上に乗っている。
「何、ですか、これ……?」
普段の姿とは全く違う姿に変身してしまっていた。
しかも、日曜日の朝に放送されている、プリティでキュアな女の子たちが戦うアニメ風に、である。
「何ですかこれぇえええぇぇええぇぇぇえ??!!!!」
「話は後だ。今は目の前の敵を斃すことに集中しろ」
はっとして正面を向くと、怯みから立ち直ったガネーシャがこちらを睨んでいた。その拳は硬く握られ、打ち損ねた殴打を溜めている。
「たっ!斃すって言ってもどうやってえ!!」
わたわたしている間も相手は待ってくれない。岩すらも粉砕できてしまうような超質量の拳が殺到する。
とりあえず避けなくては。
横に捻ると驚くほどにスムーズに身体が動き、拳が切った風で前髪が戦ぐ。
(身体が軽い)
羽根になってしまったのかと疑うほどに身体が軽い。かわいらしい模様があしらわれた靴で煉瓦の床を踏み締め、相手の懐まで駆ける。
そして、
「せいやっ!」
巨体の顎に目掛けて下から突き上げるように一撃。
「ふおぉおんん!!!」
あれほどの質量を持っていたガネーシャが後ろへと大きく吹き飛び、背中から地面に倒れる。
「え……?めっちゃ強い?」
「自身の力を強化するタイプのスキルだな」
女児向け戦隊モノっぽいコスチュームに一切ツッコみを入れることなく那羅延天は続ける。
「変身は一定時間、自身の膂力が凄まじく上がると言ったところか」
「これが私のスキル……?」
「来るぞ」
血走った眼をしたガネーシャが起き上がると、長い鼻から大量の空気を吸い込んでいるところだった。
「わわわっ!ヤバそうな攻撃がっ!!」
「正面に手を翳してみろ」
言われた通りに片手を前に出してみると、正面に透明な壁が出現する。
「うおおっ!こういうバリア系の魔法っぽいのも使えちゃうんですか?!!」
ぶおおぉお!!と強く鼻息が吹かれるが、バリアにあたった強風は四方へと散り、涼風となって消える。
「腕を振り上げてみろ」
言われるがままに拳を握って腕を振り上げてみると、
「ふおおぉぉぉぉおおおんんんん?!!」
火山が噴火するかのように地面が爆発。ガネーシャが再び床を転がる。
「凄いですねこれ!超能力的な奴ですか?!!」
「君が生前話していた『ビッグファイブ』が能力の根底にあるようだな」
気絶してしまったのか、ガネーシャは斃れたまま動かない。
「ガンマ線バーストのように敵を探知することができて、地殻変動のように地面を噴火させることができ、海水温を低下させるように冷気を起こす。ふむ。なかなかに興味深い。この能力を『絶滅戦姫♡ビッグファイブ!』と名付けようか」
「ディザスターブルーとかエクスティンクションレッドとかいそうな名前ですね……」
さてはこいつ、カミサマパワーを使ったカミサマTVを使って、毎週リアルタイムで視聴してやがるな?スキルの名前は自分で決定できるそうなので、右から左へと雑に受け流しておく。
「さて、これから来世へ向かうための扉を開ける……と、言いたいところだが、偶然とはいえ能力を手に入れてしまった君を手放すのは何だか口惜しくなったな。こっそりこのまま生き返らせてしまおうかな……?」
「さっき自分で言ってましたよね?!生き返らせることはできないって!!」
神様というものはどうしてこうもマイペースで自分勝手なのか。顎に手を宛てて少しだけ考えるような仕草をした後にこう呟いた。
「ふむ……。死んだ人間を生き返らせることはできぬが、死ぬ予定にある人間を死ななかったことにすることはできる。平行世界を使えばな」
直近の土曜日~日曜日の間、日曜日~月曜日の間だけで、悪夢を三回見ました。
一回目は、何故か全裸になっていた藤井が、肌色のぶよぶよした塊にベットの上で横向きに押し潰される夢。
二回目は、ミニゲームに三回勝った方が勝者になるルールのデスゲームに強制参加させられて母親と一対一で戦うことになり、藤井の運が悪すぎて「藤井を生かしたい」という母の思いが全て裏目となり、藤井が敗北寸前まで追い詰められる夢。
三回目は、自転車で違反をしたから、という理由で通り掛かった一般人をリンチして殺害した警察官二人組が、ちょうど犯行現場が藤井の家の目の前で、藤井が現場を目撃していたことを理由に家へと強盗に入る夢です。
しかも、一回目と二回目の夢は同じ夜に見ました。
いつか取ろうと取ろうとは思っていたけど、ずるずると長期休暇を取らないままだったので、今週は一週間お休みしております。時には休むことも大事ですよね。
ではまた!これからもよろしくお願いします!!