第30話:銀光吉の奮闘
伝説に記される銘刀の中には、一振りで石灯籠を両断したものや兜を被った人間をそのまま斬ったものなどが存在するようだが、撫霧が持つ日本刀は、そんなめでたいエピソードなど持ち合わせていない、現代に作られた普通の刀である。どんな硬いものでもすっぱり斬れるような切れ味はなく、斬れるものは斬れるし、斬れないものは斬れないのだ。
「どうするよこれどうするよお!!」
人間がランニングくらいの速度で走った時の平均時速が8km程度。
対して、諸説あるがティラノサウルスの推定の平均速度が20~40km程度。
公道を走る車並みの速度を出すモンスターに対し、人間はどうやって逃げ切ればいいというのか。
「作戦変更!力業で行くよっ!!」
月桂樹の冠を被った女性が獅子を嗜めているイラストが描かれたカードが光の粒となって小雪の指から消える。
大アルカナ11番。
『力』。
約15分の間、筋力が上がる能力だ。
「ぐるあぁあああぁぁぁぁあぁああああ!!!」
「削穢さん!唯さんたちの護衛をお願い!!」
パーティから走って抜け出すと、瞳をギラギラと輝かせながら追い駆けて来る。
「ぐあぁああるる!!」
人間を縦に丸のみできてしまうほどの大きな口を開けると、小雪を喰い殺すべく迫る。
「嫌だなこういう思いをするの!!パニック映画じゃないんだからさ!!」
紙一重の所で避けると、ガチンっ!!空気を噛む音が間近で響く。
ワニは約3,000kgの咬合力を持つが、その欠点として口を開く力は弱く、ダクトテープを2~3周巻かれると一切開くことができなくなるという。
ならば『力』で強化された筋力を使えば口を抑え込めるのでは?と思ったが、口を閉じた状態の顔の大きさでも縦に1m程度はあるし、仮に物理的に上から抑えた所で撫霧に決定打がないため誰も斃すことができない。
「せりゃっ!!」
鼻の部分を一発殴りつけて隙を作ると姿勢を低くして足元を走り抜ける。
このまま伏せられたらトン単位の質量に潰されて即死だが、『力』によってそれなりの威力が出たのか、幸いにも怯んでいる時間は長めだ。
「ちょっと強引だけどゴメンね!!」
狙うのは尻尾。
先端の細くなった部分を腋を締めて握るとゆっくりとその場で回り始める。
最初はゆっくりだったがその速度は次第に早くなり、6tのモンスターが遠心力に抗えずに四肢を投げ出し、半径10mの死のトルネードを形成する。
ジャイアントスイング。
1960年代に初めてプロレス界で生まれた、遠心力によって相手の平衡感覚を奪う技だ。
しかし、小雪の目的は平衡感覚を奪うことではない。
「いよいしょおおぉおおおぉぉぉぉっっっっっ!!!!!」
力強い一声と共に手を離すと、遠心力によって恐竜が吹き飛んだ。
「ぎゃうんん!!」
洞窟の壁に強く打ち付けられた恐竜は口から力なく空気を吐き出すと、その場に崩れ落ちる。
「どうだろ?これ?斃せたのかな?」
「……退いてください。……複野さん。……兜無視を使って確実に仕留めますので」
「カブトムシ……?」
撫霧流奥義は撫霧家に伝わっていた奥義を彼女が独自に命名・改名したものなのだが、どうにも彼女には独特のネーミングセンスがあるらしく、奥義の名前を出されてもイマイチ恰好が付かない。
「……鎧を着ている相手に対して、鎧を無視して斬ることができる奥義です。……元来は兜を被った者の頭を叩き切るために使われました」
「最初から使えばいいじゃん!どうして使わなかったのさ!!」
「……強力な奥義を使えば使うほど、刀にかかる負荷が大きくなるのと、高度な技術が必要になりますからね。……市販の刀であれば、二・三回程度使うと刀が折れてしまうでしょう」
洞窟には外へと通じる大きな竪穴が空いているため内部は非常に明るい。少女の握った刀が白銀の光を帯びる。
「……撫霧流奥義・兜無視!!」
頭上から下に向けて一閃。
スイカ割でもするかのように刀を振り下ろし、恐竜を叩く。
素人目からすれば特に変わったことなどなく、ただ力任せに刃で叩いただけに見えるのだが、
「ぐおああぁぁぁあぁぁぁああああああぁぁぁあああああぁぁぁぁぁあああああっっっ!!!」
鱗の破片と肉片、そして血飛沫を飛ばしながら半ばで真っ二つに割れ、断末魔と共に絶命する。
「……それなりに安い物を買ったので、そろそろ寿命でしょうか?」
刀の表面を空中に翳す。
根からの侍である彼女のことなので、刀のメンテナンスは日頃から十全に行っているのだろうが、それでも刃の一部が欠け、刀身には細かい亀裂が入っている。それだけ撫霧流奥義が威力が高い反面、刀や使用者に深刻なダメージを負わせる諸刃の剣であることを物語っている。
「……よく頑張りました。……銀光吉」
「そんな名前だったんだね。その刀……」
「……昔の刀だと刀鍛冶の名前が付いたりしますが、市販のごく普通の、何の伝説もない武器ですからね。……可哀そうなので私が名付けました」
したり顔で語るが、果たして自慢できるようなネーミングセンスか否か。本人が満足そうなので温かい顔で見守って流すことにした。
「しっかしあれだな!あたしたちでも苦労する洞窟を、こいつらはどうやってここまで来たんだろうな!!」
「単純に洞窟と外が繋がっていただけではありませんかね?」
光が差し込む竪穴に目線を向けると、洞窟の外には背の高い樹木や草花が生い茂り、大自然が顔を覗かせていた。
「洞窟を入る前に見た原生林がこの森なのではないでしょうか?」
「じゃあはじめちゃんたちは、ジャングルの中を突き進めば辿り着けた場所にわざわざ洞窟の中からアクセスしたってこと?とんだ無駄足じゃん!!」
「洞窟の中を進んだからこそ、ここまで安全に来られた、って考えるべきじゃねぇか?あんなのと視界が悪いジャングルの中でなんて戦いたくねぇよ」
「……それで思い出しちゃったことがあるので、一つ言ってもいいでしょうか?」
顔を白くしながら龍ヶ崎が弱々しく手を挙げる。
「皆さんって、ティラノサウルスがどのような方法で狩りをしていたのかを知ってますか?」
「あん?あんだけデカくて足が速いんだから、目に付いた獲物を片っ端から喰い殺せばいいだろ?こう、ワイルドにさ!!」
先述の通りティラノサウルスの最高時速は20~40kmくらいと言われいる。
この速度は恐竜界の中でもトップクラスの速さであり、逃げ回る草食恐竜に難なく追い着くことができたという。そのため、出逢った恐竜たちを場当たり的に襲撃して餌にしていたという説がある一方で、こんが説もある。
「あくまで一説なので正しいかどうか分からないですが、家族単位や仲間単位で集団で狩りをしていたという説があるんですよ」
同じ発掘現場から別個体のティラノサウルスの化石が大量に発掘されている点や、その中に脚の骨を負傷しているものがある点などから、負傷した仲間を看病するために、他の個体が餌を運ぶなどして面倒を見ていたという説である。
つまり、単独による場当たり的な狩りではなく、家族間・同族間で生活共同体を作って生活していた、非常に社会レベルの高い生き物ということになる。
「……来ます」
宵闇とも暁闇とも取れる不可思議な色をした空により、昼・夜という概念が存在せず、太陽の光がないにもかかわらず青空の下にいるかのように明るい、不可思議に歪んだ空間。
不気味な色をした空と背の高い植物を背景に、猛獣たちの猛々しい咆哮が轟く。
「ぐぁるるるるるるる!!!!」
あるいは、仲間が死んだことを悲しむための哀歌か。
あるいは、仲間を殺されたことによる怒りの諧謔曲か。
全長15mのティラノサウルスを先頭に、全長7m以上の巨躯を持つ恐竜が5体姿を現す。
「なろう」にてブックマークが1件増えました!ブックマークしてくださった方ありがとうございます!!
この前の日曜日、家の車庫付近にてデカめのカマキリを発見しました。
先日庭に細めのヘビが迷い込んできたこともあって、別段珍しいことでもなかったので、「自然に何処か行くだろう」と家族一同放っておいたら、翌日、家の壁にタマゴを産んでいきました。
両親に聞いてみたところ、カマキリはタマゴを草地に産むパターンと民家の壁などに産むパターンがあるそうで、今回はがっつり家の壁に産むパターンだそうです。
「カマキリのタマゴ見たことないの?」と言われましたが、そういえば小さい頃、田舎に住む祖父母の家の壁に産みつけてあるのを1~2回ほどみたことがあったような、程度の記憶。普段あまり見掛けるものではありませんよねー。
ではまた!これからもよろしくお願いします!!
次回は「ポケモンスリープ」の不満点についてです。